プロローグ 輝く絶望
古びた学校の廊下で、暗殺者がうつ伏せに倒れている。彼は学生服を着ており、その手には拳銃が握られている。しかし、その中には弾丸は込められていない。先程、使い切ってしまったのだ。
暗殺者は、うう、と小さく声を漏らし、そして、恐る恐る、といったようにゆっくり上を見上げた。
目線の先には、今にも魔法を発動させようとしている、魔法青年の姿があった。
金色の長い髪をした、女性の姿をしている。顔はかなり整っているが、顔の左側に銃痕があり、血が流れている。彼女の服装は、黒いショート丈のドレスに、天女の羽衣のような布を纏う姿だ。その周りでは、金色の光の粉が浮いては消え、浮いては消えを繰り返していた。これは、魔法青年が変身をしている際に出るものだ。
そして彼女の身体の前に出された右手は暗殺者の方を向き、直視できないほど眩しく輝いていた。身近なものに例えると、真昼の太陽位だ。
彼女から発せられるその光で、木製の古びた校内が照らされ、涼やかな風が吹いた。彼女の長髪とドレスが揺れた。あまりにも幻想的な風景だった。
しかし暗殺者には、そんなことを思う余裕はない。
頭に過ぎるのは、[感電死]という単語のみ。逃げる、という単語すら頭には過ぎらなかった。
無理もない。拳銃が使い物にならなくなるまでの間に負った傷は、あまりにも多く、重すぎたのだから。
周りには血溜まりができ、右手はありえない方向に曲がっている。左脚には火傷と共に1つ穴が空いている。光弾でやられたような傷跡だ。魔法青年の左脚にも、同じ場所に傷がある。
暗殺者は幸い、首や頭など、負傷すれば即座に死に直結する部位は負傷していなかったが、そもそも立ち上がることすら困難に思える。すぐさま病院へ行かなければ、放っておいても死ぬだろう。
暗殺者は、なにか助かる策はないかと考えていた。
目の前には魔法青年。自分の体はほぼ動かせない。そんな状況だが、まだ希望を持っていた。
そんな時、光弾が1段階大きくなった。そこで暗殺者ははっ、と自分がこうなる前の出来事を思い出した。
『そういえば、ポケットにリボルバーを入れたんだった…』
幸い、彼女は超至近距離にいる。銃弾が余裕で当たる距離だ。しかも、暗殺者の左手はまだ動かせた。
よし、まだいける。大丈夫だ。
暗殺者は彼女にバレないように、左手を動かし、痛む左脚のバックポケットから、なんとかリボルバーを取り出…
無い。
無い。どうして?
どこかに落とした?いや、さっきまではきちんと、ポケットに入っている感覚があった。
それなら何故?
暗殺者はパニックになり、もう動くことが出来なくなっていた。もうどうしようもなかった。逃げることも、反撃することも出来ず、ただ死ぬことを待つのみ。万事休す。目から涙が溢れ、今までの思い出が頭に浮かんだ。楽しかった思い出は全く思い浮かばない。そもそも無いのだから、思い浮かぶはずがない。
思い浮かぶものと言ったら、暗殺訓練のことと、一昨日見た、殺害現場のことだけだ。暗殺者なんて仕事をしているからだ。
何となく上を見上げたら、
あの眩しい光が目の前に迫ってきていた。
「あ…」
その瞬間1つだけ、楽しかったことを思い出した。最近偶然仲良くなった、2人との記憶…目の前の魔法青年と、その友人との記憶だ。
暗殺者が彼女の正体に気づいておらず、
そして暗殺者が、ただの一般人だと思われていた頃に…
共に、本を読んだこと。
初めて、友達と呼べるような存在が出来たこと。
こんな状況なのに、暗殺者は微笑んだ。そんな表情を嘲笑うかのように、冷たい風が吹いた。こんな仕事をしていなければ、「友達」と一緒に、明日も過ごせていたのかもしれない。そんな後悔が暗殺者を襲った。
数秒間の出来事だった。
気づいた時には目も眩むほどの輝きに包まれ、暗殺者はまた意識を失った。
見て下さってありがとうございました。