第八話 不安
バーメンズの町を発って数日。
一行は次の町、シェックアルへと到着していた。
この町はバーメンズより賑やかで、人口が多いようだ。
ここで休息と補給を行うことになった。
「やはり、野宿は辛いですな。今日は宿で体を労わるといたしましょう」
先ずは宿を取り、明日の朝までは自由時間となった。
ディーグアは腰を叩きながら、宿屋へ入っていく。
ドレイッドは何も言わず1人でどこかに行ってしまう。
宗二は護衛としてファルと共に行動することが決められていた。
「さあ、ソージさん、一緒に町を歩きましょう」
ファルは宗二の手を取り、ぐいぐいと引っ張っていく。
宗二は引きずられるようにして、その後を付いて行った。
その先には色とりどりの反物が並ぶ店があった。
「この町の呉服屋は有名で、とても綺麗な生地があるの」
店の中央には見本の服が飾られていた。
見本だけあって、宗二が見るだけで上等だと分かる生地が使われている。
ファルはその服を食い入るように見ている。
赤い生地に首元と裾に白いフリルが飾られた可愛らしいワンピースだった。
ファルの服は所謂冒険服で、機能性を重視されておりデザインは二の次だった。
(そうか、ああいう服が好みなのか、やっぱり女の子だな)
宗二は微笑みながらその様子を眺めていた。
微笑ましいとの同時に可愛そうでもある。
護衛として旅する以上、丈夫で頑丈なものを着るしかない。
もし、護衛の任が無ければああいう服を着ていたのだろうか。
「いつか着れるといいですね」
「うん。そしたらソージさんへ一番に見せてあげます」
そうやって笑うファルはとても自然で、こちらのほうが本来の彼女なのだろう。
宗二はそんな姿をもっと見たいと感じていた。
その後は他愛ない話をしながら、雑貨を見てまわる。
その時は互いに使命を忘れて楽しんだ。
2人が宿に戻ると、ディーグアとドレイッドに出会った。
話を聞くと偶然会ったとの事だった。
「折角、全員揃ったわけですし、一緒に夕飯にいたしましょう」
ティーグアの発案に異議を申し出る者はなく、全員で食べることが決定した。
談笑が飛び交う楽しい食事。
野宿ではなかなか揃うことがないので、宗二も自然と笑顔になっていた。
食事が終わり、満足した各々は部屋へ戻っていった。
――翌朝
喧騒によって宗二は目を覚ました。
この様なことに覚えがある。
急いで硬く閉じられた窓を開けると、町の人々が右往左往していた。
「おい、早くしろ! 巨兵が来るぞ」
「何だってこの町に来るんだい?」
「バーメンズで巨兵が現れたばかりだぞ!」
「そんなことより、逃げるんだよ!」
「逃げるって何処へ?」
「急げ! 奴が来るまで1日もねぇってよ!」
やはり、巨兵だった。
また来るのだ、あの鋼鉄の巨人。
宗二は立ち上がり、部屋から出ようとする。
(待てよ。また『あの巨兵』と戦うっていうのか? あんなに痛く苦しく怖い目に遭うために?)
気付けば手が震えていた。
覚えているのだ、あの痛みを、ただただ全力で鉄の塊を殴ることしか出来ない無力感を。
体の自由が奪われている。恐怖心が全てを塗りつぶしていく感覚。
(どうしたんだよ! 僕は巨兵を倒してみんなを救うんだろ、世界を救うんだろ! 何を甘えているんだ!)
思うだけなら、誰でも出来る。
行動に移さなければ意味はない。志だけでは現状を変えられない。
それでも、意識と体が分裂し統合されていない。
体が別人のようになっていた。
気が付けば涙が出ている。
感情までが乖離していく。
もう、二度と戦いたくない。体がそう訴えているのだ。
戦々恐々その言葉が今は一番似合う。
自分がその程度の人間だと理解した宗二は情けなくてまた泣いた。
――――
「ソージ殿、起きておられるか?」
ディーグアは宗二が借りている部屋のドアをノックする。
反応がないのでもう一度やってみるが、同じことだった。
なんとなしに現状を理解したディーグアは言葉を残していく。
「私達はソージ殿を待っておりますぞ」
廊下を引き返し、ドレイッドとファルラクスがいる場所にたどり着く。
宗二を連れていないことで、2人は理解していた。
「あの阿呆、今度は引きこもりかよ!」
ドレイッドは苛立ちを押さえられない。
前回、巨兵に立ち向かう姿に多少なりとも認めている部分があった。
結局はただ逃げるだけだと認識を変える。
「ファルラクス、ソージ殿をお願いします。歳の近い貴女なら、心を開きやすいでしょう。お願いできますね?」
「はい。任せてください。ソージさんはきっと立ち上がってくれます」
ファルラクスは背を向けると、そのまま宗二の部屋へ歩いて行った。
「あいつ、何してんだよ。やる気になったんじゃないのかよ」
「ドレイッド、貴方は飢えている人のために、火の中にある栗を素手で拾うことは出来ますか?」
ドレイッドはディーグアからの問いの意味が分からなかった。
だが、その答えは決まっていた。
「誰が他人のためにそんな事、しなくちゃならないんだよ」
「そうですね。普通はそうです。本人に取らせるか、諦めるかどちらかでしょう」
当然、やけどをするし、しばらくは手を動かすのも辛いだろう。
特に他人の為なんて言えても、実行は難しい。
飢えた人が取ればいい。
「ですが、ソージ殿はその栗を取ったのです。そして、私達はもう一度栗を拾えと言ってるのです。無責任かつ残酷ななことですね」
ディーグアの言葉を最後に2人は口を開かなくなった。
――宗二は塞ぎこんでいた。
体が言うこと聞かないこともそうだが、どんどん心まで侵食している。
自分の痛みが、他人の助けを超えていた。
そうなると、もう動けない。
再びドアからノックの音が聞こえた。
先ほどのディーグアからだろうか。
いっそ、ドアをぶち破って、強引に部屋から出してくれれば楽になれるのに。
召喚された時のように、誰かに強要されて、仕方なく戦う。
何か理由が欲しいのだ。
「ソージさん、ファルラクスです」
意外な人物に宗二は少し顔を上げた。
「これから、勝手な話をします。本当に身勝手で、自分でも嫌になる話です。聞きたくないならそういって欲しいです」
宗二は何も答えない。
「私はディファーチの町で力仕事をやっていたの。その仕事は大変だったけど、あまり嫌いじゃなかった。何でも自分の力で出来るって思ってた。でも、巨兵から逃げて宮殿へ避難した時、初めてそうじゃないって分かったの。自分に巨兵なんて倒せないから」
そこで、ファルの言葉が詰まった。
話し難いのだろう。
「ソージさんが召喚されて、守護機装を呼べない事は凄くショックだった。どうして、何も出来ないの? 巨兵を倒すことが出来ないの? って、本当に身勝手ですよね」
自嘲気味に言葉を紡ぐファルを止めることなく、聞き続ける。
きっと、宗二自身も知りたいことだったから。
「ですけど、ディーグア様から護衛に選んでもらって、凄く嬉しかったの。あの巨兵を倒せる人と一緒にいられるんだって、一緒にいれば巨兵を倒せる人の1人になれるんだって、勝手にそう思って、舞い上がっちゃって」
次の言葉にはかなりの時間を要した。
決意には覚悟が要る。
「私は巨兵を倒せるソージさんと一緒にいられる事が嬉しかった。本当に自分勝手だけど、そんなソージさんを守ることが出来る自分は、特別な人間なんだって誇らしく思ってた」
宗二は何も語らない。
「最低ですよね…… それでも、私が誇らしいと思えるソージさんでいてくれませんか?」
ファルの声は鼻声になっていた。
きっと、泣いているんだと思った。
自分のことばかりを思っていた事に宗二は気付いた。
今まで一緒にいてくれた3人。
彼らは無償で護衛をしてくれている訳でないのだ。
巨兵を倒して、世界を救ってくれると信じている。
だから、護衛してくれる、良くしてくれる。
彼らが守ってくれるのは信じているから。
なら……
(みんなが信じる自分じゃなくちゃ駄目だろ!)
気付けば、手の震えが止まっていた。
自分の行動は自分の為だけのものじゃない。
自分の行動は守ってくれる3人の為でもある。
宗二は立ち上がり、ドアのノブに手をかけた。