第五話 決意
バーメンズの町は今までにない騒乱の中にあった。
巨兵が現れた、この町を目指してやってくる。
町自体がパニックになっていた。
人々が右往左往している中をファルと宗二は一直線に走り抜ける。
宗二はファルに手を引かれ、人々の合間を縫って走っていた。
誰かを探している風でもない。一点を目指して駆け抜けていた。
すると、ディーグアとドレイッドの姿が見えてくる。
「ソージ殿! それに、ファルラクスか、丁度良い」
ディーグアとドレイッドも冷静であり、動じた様子は全くない。
周りは大騒動となっているが、この周囲だけはその熱に侵されていなかった。
「さあ、我々も避難をいたしますぞ」
「え?」
その時、宗二は心臓を掴まれる思いをした。
避難ということは、この町から離れるということだ。
どうして、避難しなくてはならないのか。
「どうされた、ソージ殿」
「え? だけど、僕は……」
――僕は?
自分がするべきことが分かっている。
だが、これからすることは、正反対なことではないだろうか。
「馬鹿か? お前みたいな守護機装を呼べない奴が何をするってんだ」
次は心臓を握りつぶされたような気がした。
自分がしなくてはいけないことが、致命的なほどできていない。
分かっていたが故に、分かりたくない事だった。
「ソージ殿、この度はドレイッドの言うことが正しいです」
ディーグアの言葉はその通りだった。
何も間違っていない。
そのはずなのに悔しくて、握る手に力が入ってしまう。
「ソージさん……」
宗二の顔をファルが覗き込んでくる。
このままじゃ駄目だ。
「僕はこの町を助けたいです」
精一杯に頑張った末の言葉だった。
これだけは、譲れない。
宗二は強くそう思っている。
「だから、それが無理なんだよ!」
怒声を上げるドレイッドを制するように、ディーグアが宗二との間を遮る。
その時のディーグアは苦悩に満ちた表情をしていた。
「ソージ殿、そのお気持ちはとても素晴らしいです。ですが、今はその時ではございませぬ」
ディーグアなら肯定してくれると、自分勝手に思っていた。
だが、そうではなかった。
宗二は自分でも気づかないうちに、奥歯を噛み締めていた。
「行きましょう! ソージさんなら、やってくれます」
肯定したのは、ファルだった。
「そうしたいのは山々だが、こんなところで彼に怪我をさせることはできない。守護機装の問題については、王都に着いてからでも遅くはない」
「ですけど!」
ディーグアの言葉に否定の言葉を言おうとしたファルだったが、彼女もまたそれが正しいとわかっていた。
ファルの悔しそうな顔が見えていた。
「お願いします。僕はガーディアンを呼んでみんなを守ります。巨兵を倒して見せます!」
それが、ここにいる意義。
これが無ければ、宗二に価値は無い。
自分自身が最も理解している。
「それに、巨兵は人を狙わないと聞きました。なら、近付いても大丈夫なはずです。だから!」
その声に反応したのは意外な人物だった。
「別にいいんじゃないですかね。巨兵の元へ行って、勝手に死ねば。その方がこの世の為だ」
ドレイッドにとって巨兵はどうでもよく、宗二が憎いそれだけだった。
「なら、賭けてみますかな。ソージ殿が巨兵を倒せる方へ」
「じゃあ、早速行きましょう! ここで待っている時間がもったいないですよ!」
ディーグアの言葉に最も早く反応したのはファルだった。
彼女は信じているのだろう、彼のことを、宗二という人間を。
「ありがとうございます!」
気がつけば、礼を口にしていた。
これでもう一度チャンスができた。
ガーディアンを呼ぶことと、町を守ること。
「巨兵がこの町へ来るのに2日かかるそうです。こちらから向かえば1日で到着できます」
ファルが詳しい情報を教えてくれる。
何故、そんな時間まで知っているのか分からなかったが、巨兵と対峙するのにまだ余裕があるのだと少し安心した。
「では、すぐに準備をいたしませぬと。後、このことは他言せぬよう、町の人々にはこのまま避難を行っていただく」
避難を続けさせる。
つまり、巨兵を倒せなかったことを考えているのだろう。
そんなことにならないよう、やるしかない。
行動が決まってからはすぐだった。
元々、旅の準備をしていただけはあって、そのままバーメンズの町を後にする。
道程は1日、巨兵へ向かって進むだけだった。
巨兵と接敵するまでの時間も短くなり、夜が訪れてきた。
夜の進行は無理と判断したディーグアの指示により、キャンプすることになった。
「ほら、ソージさんも、パンを食べましょう。美味しいですよ」
バーメンズの町で買ったパン。
確かに美味しかった。
緊張で食欲が無かったことを見透かされてのことだろう。
「ソージ殿、我々は貴方を守ります。ですが、巨兵となると確約はできませぬ。引き返すなら今ですぞ」
やはり、ディーグアの表情は曇ったままだ。
当然だ、護衛対象が自ら危険に向かっているのだ。
晴れやかに笑っていられない。
「大丈夫です。僕ならできます」
そう、『やる』、『やらない』ではない、『できる』なのだ。
求められるのは、世界を守ること。
そうしなくては、価値は無い。
「引き返すとか、師匠はいつまでこいつを甘やかすんですか? 勝手に巨兵に挑んで、勝手に死ねばいい」
ドレイッドの言う通りだ。
ディーグアは宗二に対して甘い。
守ります、逃げてもいい、やらなくていい。
やれと言うことはない。
「ドレイッド、私はソージ殿を甘やかしたことはありません。逃げても、止めても、やらなくていい、そう思っています」
ドレイッドは何を言っているのか分からずに、顔を顰めていた。
「ですが、最後には世界を救っていただく。途中で死んだり、責任を放棄したりすることは絶対に許さない。それを許してしまう事こそ、甘やかすということです」
今、初めてディーグアが怖いと感じた。
彼の言葉は、『世界を救うためなら何でもする』ということだ。
誰が犠牲になっても、自分がどうなっても、『世界を救わせる』のだ。
「大丈夫ですよ。ソージさんならやってくれます」
ファルは何の根拠もなくそう言ってくれる。
無条件で信頼してくれる。
その言葉に答えないなら、それは嘘だ。
必ず答えてみせる。
その後はみんながギクシャクして、会話をするでもなく時間だけが経っていく。
バーメンズの町を発ってからちょうど一日。
宗二達は巨兵が目の前に迫る場所へと到着していた。
ガーディアンが巨兵と同じサイズのロボットなら、対面するにはこの位置が丁度よい。
「ソージ殿、これ以降は御自分の力で切り抜けてくだされ」
「ソージさん、いざとなったら私が助けます。だから、安心してください」
ディーグアとファルは自分の想いを宗二に託す。
ドレイッドだけは顔を背け、見ることもしない。
宗二は意を決して白いカードを手に、皆から一歩前に出る。
ここが勝負所だ。
巨兵との勝ち負けではない。
自分に価値があるか、無いかの勝負だ。
「出ろっ! ガーディアン!」
白いカードを掲げてそう叫んだ。
当然、何も起こらない。
声だけが辺りに響く。
「出ろ! 出ろ!」
方法なんて分からない。
今はただ、『呼ぶ』ことに専念する。
「ガーディアン! 来い! 来いよ!」
喉が痛い。
でも、呼ばなくては。
「出ろ! 来い!」
何も起こらない。
「出てくれよ」
みんなの視線が辛い。
失望だろうか、それとも、こうなるとわかっていたのだろうか。
みんなを見ることができない。
(今、ここしかないんだ。ここで逃げたら、もう自分に価値が無いと諦めてしまいそうだ)
懸命に呼びかけを続ける。
(僕にはガーディアンを呼べる筈だ。呼んで世界を救うんだ。ここで終わってはいけないんだ)
とにかく、自分の役目を果たそうとする。
だが、それを嘲笑うかのような残酷がこの世界を覆っている。
(駄目だろ、救わなきゃ。みんなを救うんだろう、その為に僕は呼ばれたんだから)
「ソージさんなら出来ます。みんなを助けてくれます!」
ファルの声が聞こえる。
そうだ、みんなを助けなくてはいけない。
ディーグアはいつも心強く、時に優しく、時に厳しい、常に先頭に立って導いてくれる。
ドレイッドはいるも不機嫌だが、この旅に付いて来てくれる。
ファルは安全と安心を与えるために、いつも笑顔でいてくれる。
(ここにいるみんなは勿論、まだ見ぬ人、バーメンズで怖がっている人、あの、最初の町で何もしてあげられなかった人達を助けなきゃ! そのために、僕がいるんだろっ!)
頭に閃いた気がする。
一つの文章。
これがきっと――
「守護起動 守護機装 アディバイスッ!」
途端、世界は純白の光に包まれた。