第三十一話 異変
ここ作戦会議室は今までに会議を頻繁に繰り返してきた。
中央には10人以上が囲む事が出来る大きなテーブル、地図や盤上で使う駒などが収められている収納が壁に並び、会議する際に必要な道具が揃っている。
そんな会議室に呼ばれたのは宗二、ファル、ドッド、ファーテチカの最近セットでよく見かける顔ぶれだった。
彼らを呼び出したのは、作戦立案を主に担当するドゥメジティである。最近は大臣としての職務は勿論、作戦会議、兵士への指示だし、イジン達の動向と巨兵への派兵と多忙を極めている。それでも、難なくこなしてしまうので、色々と抱えすぎてしまうところがあった。
「もう分かっているだろうが、諸君に集まってもらった理由は巨兵討伐だ。ただ、今回は慎重にならざるを得ない」
ドゥメジティはいつもはっきりとした自分の指針を持っており、言いよどむことは殆どない。だが、今は自分の判断に迷いがあり歯切れが悪い。
それは、ファーテチカの存在である。
正体不明な彼女を信頼していいのか、守護者として採用して戦力に加えていいか、そもそも、全てが演技なのではないか。
成人女性の体に幼子の心を持つという特異な彼女を信じる事が出来ないでいた。
「最近、巨兵の発見報告が多くなり、レンとキシリエはほぼ王都にいない。巨兵の討伐から別の巨兵の討伐と休む時間がない。彼らの消耗は激しく少しでも休む時間が必要になってきた」
ドゥメジティの言うとおり、巨兵の発見の頻度が増していた。それは最近により顕著に現れている。それだけ、人類は巨兵の脅威にさらされていることを示していた。
「ソージ殿とファーテチカは王都の防衛ということで、王城にて守りを固めてもらっていたが、彼らを休ませる意味でも討伐に参加していただきたい。ソージ殿も巨兵を倒す力がある」
これからが本題とばかりに、ドゥメジティは少しの間をおいた。それを3人も感じたのか、固唾を呑んで待ち構える。ファーテチカは例外で宗二の顔をじっと見てニコニコしていた。
「そこで、3人には巨兵討伐をお願いします。それと、ファティマの処遇についてですが、私が考えた結論としては、ソージ殿と共に行動して欲しい。彼女が暴走、あるいは裏切ったときにどうするか、判断を君に委ねたいと思っています」
宗二も覚悟したのか、ドゥメジティの考えに賛同するかのように頷いた。ファル、ドッドもこうなると思っていたため、特に反発することはない。
ただ、問題はファーテチカその人であった。
「前にも言いましたが、ファーテチカは僕が責任を持ちます。勿論、裏切るようなことにはならないと思っています」
「そうですか、それではお願いします。ですが、ソージ殿は必ず帰還すること。何があっても必ずです。それが守れないのであれば、許可できません」
「大丈夫です。僕は必ず帰還します。ファーテチカと一緒に」
その言葉で安心したのか、ドゥメジティの目は迷いを振り切っていた。これ以上、不断になってはいられないと、気持ちを切り替える。
「ここから南西の山岳地帯に2体のルーク型巨兵が発見されました。同じ箇所に2体揃っていることは珍しいですが、こちらも守護者2体、守護機装と守護霊迅なら対抗できるはずです。お願いでしますね?」
「はい。任せてください。必ず倒します」
宗二はすぐに返事をする。
彼の中ではすでに決まっていたことであり、思い通りに進んでいるとも言える理想的な状況だった。断る理由がない。
その回答を受けたドゥメジティはゆっくりと頷いた。
「では、ソージ殿、ファルラクス、ドレイッド、ファティマの4名へ命令します。南西の山岳地帯へ赴き、巨兵を討伐せよ!」
「はい!」
「会議は以上です。任務についてください」
次の仕事があるのか、ドゥメジティは足早に会議室を後にした。
「今度はファーテチカと一緒に巨兵を倒しに行くよ。大丈夫?」
「うん。平気だわ。巨兵を壊すのはもったいないけど、悪いおもちゃなんでしょ? 私お兄ちゃんと一緒に頑張るわ」
無垢な笑顔を向けるファーテチカに、巨兵討伐をお願いすることに宗二は少し罪の意識を覚えたが、これが最善なのだと自分に言い聞かせた。
「ソージ、俺は馬車の手配をしてくる、さっさと準備してこい」
「今回はソージくんとファーテチカちゃんが一緒だから、前のようにおぶって行けないからね」
今回は前回と違って都市に巨兵が出現したわけではない為、あまり急ぐ必要がない。だが、いつ瞬間移動で都市を襲うか分からないので、早いほうがいい。
4人は各々で巨兵討伐の準備をすることになった。
「準備は大丈夫? ハンカチもった? おやつももった? あ、ちり紙もいるわね」
「むー、黒髪ったら、騒がしいわ。言われなくもおやつは持っているわ」
城門のすぐ外でファルとファーテチカが、母子のようなやり取りをしているのを宗二は眺めていた。見た目だけだと、立場が逆に見えるが、そこは仕方がないと思うしかない。巨兵のことさえなければこんな光景をもっと見られるのだと思い、早くこの世界を救いたいと胸に秘めた。
「おい、お前たち早く乗れ、少しでも時間が惜しい」
ドッドが御者として馬車の外にいるので、他は中に乗り込む。
馬車に乗っていくファーテチカを見ていると、改めて自分が護る側に立つ事が出来たのだと実感した。今までは一方的に護られていたが、巨兵と戦えるようになり、今ではファーテチカを護るようになった。
少しだけ、ディーグアに胸を張れるような気がした。
馬車を走らせ、2日程度の道程を経て山岳地帯へ入っていく。姿は見えずともミサイルが爆発する低い音と衝撃が伝わってくる。それは大地の悲鳴にも、怒りにも感じられた。かなり近くにいるのは間違いない。
「ソージ! 少し遠いが、ここから行けるか? 爆風が強い。あまり近づくと馬車が吹き飛ばされるかもしれん」
「分かった! ファーテチカも大丈夫?」
「うう……ちょっと怖いけど、大丈夫よ。お兄ちゃんが一緒でしょ?」
「終わったらすぐに迎えに行くからね。無理したら駄目だから」
宗二はファーテチカを抱きかかえようと思ったが、成人女性で身長が高いために逆に抱きかかえられているように見えた。最終的には2人はファルに抱きかかえられることになる。
ドッドはその辺りに馬車と停泊させると、自分も参加するように追いついてきた。
「大丈夫か? 少しでもヤバイと感じたら、すぐに守護機装を呼べよ」
「なるべく近くまで送っていくから、安心して」
「うん。頼りにしてる」
宗二はドッドに、ファーテチカはファルに抱かれるようにして先へ進む。
一歩進むごとに振動が激しくなっていく。ここまでくると、まるで地震だった。立っているもの全てを倒壊させんとするエネルギーを感じていた。
「ここから先は無理そうだな……おい、守護機装を出せ」
「ここまでみたい、後はお願いね」
解放された宗二とファーテチカはお互いにカードを取り出す。
汚れも傷も一切無い純白のカード、全ての光を吸収するかのように真っ黒に塗りつぶされたカード。2つのカードはまるで対の存在であるかのごとく、輝き始めた。
「守護起動 守護機装 アディバイスッ!」
「お願い、力を貸して! 私のお人形さん! 守護霊迅 ザインズ・サイレス!」
宗二は白く輝く光に飲み込まれ、ファーテチカは深淵の暗闇に包まれた。
そこには2体の守護者が立っていた。




