第三十話 日常
陽光が差す麗らかな午後、王城は久方ぶりの平穏が訪れていた。
巨兵の発見報告、イジンへの討伐指令、斥候の派遣、軍隊訓練、等々、いつも騒然としている王城だったが、今日は偶然にも何事もない日だった。
「一体、どういう用件ですか!」
穏やかな王城にドゥメジティの怒声が響いていた。さえずっていた小鳥たちも、その声をきき飛び立っていく。穏やかな王都に嵐が吹き荒ぶ前触れであった。
「どういうも何も、こいつを仲間にしたいって言ってるだけなんだが……」
ルインキョにて見つけたファーテチカを保護したことを報告した途端、この有様である。
王城の広い廊下、ドゥメジティを発見したレンが声をかけてすぐの出来事で宗二、ファル、ドッドそれに、ファーテチカの6人が揃っていた。
ドゥメジティの大声にその辺を歩いていた侍女や兵士から視線を集めることになる。
「ゴホン。失礼、つい大声を出してしまいました」
失敗したとばかりにドゥメジティは仕切り直しをしたつもりであったが、それも早々に無駄になってしまう。
「おや、白髪とは珍しい。綺麗な御仁だね。ドゥメジティも大声出してどうしたのかな?」
ドゥメジティの大きな声を聞いて面白いものが見られると確信したキシリエが姿を現す。さらに人が増えたことで周囲の視線を集めてしまった。
普段の冷静なドゥメジティであればすぐに会議室などに移動することを選ぶだろうが、今回は冷静を欠いていた。
「だ、大体、何ですか? この女性……まるで子供じゃないですか! ふざけてるんですか?」
「お兄ちゃん、この人五月蝿い、嫌い……」
大声を張り上げるドゥメジティにファーテチカは怯えるように宗二の後ろに隠れてしまう。それは本当に幼子のようで、大抵の人は保護欲を抱くだろう。
だが、ドゥメジティは違う。
「私は女性と子供が嫌……」
言葉を切りドゥメジティは少し考える。言ってはいけないことを口にしようとしていると本能が訴えかけてきての行為だった。
「何でもありません。とにかく、出自が知れない者を巨兵対策部隊に編入させる事を慎重になっているだけです」
「そうか……女性が嫌いなのは意外ですね」
「女子供が嫌いかよ……もしかして、男色か?」
「私、ドゥメジティさんにそう思われてたんだ……」
ノリのいいキシリエ、レン、ファルがドゥメジティの揚げ足を取っていく。いつも冷静でボロを出す事がない人を弄ると面白いみたいな心理なのだろう。
「こんなに、可愛いのにな。ほら、飴をあげよう」
「キャンディー! キャンディーだわ! ありがとう、金髪の人!」
「ふふふ、私のことはキシリエと呼んでください」
「ありがとう、キャンディーの人!」
ロリポップを渡したキシリエの顔が若干引きつる。飴をあげることでアドバンテージをとったつもりでいたが、その逆でただの飴の人となってしまった。幼子からから言われるのなら、ダメージは少ないが、ファーテチカの容姿は美しい女性である。
いつも女性身に対して気取っているキシリエには、名前を呼ばれない事は辛いことであった。
「どうするんだ? こいつ、ルインキョにても返してくるのか?」
「そこまでするつもりはありません。王都ではなく、他の都市に任せるつもりです」
「その都市でなら、暴れまわってもいいと?」
ドッドは意外と的確にドゥメジティの痛いところを突いてくる。
ドゥメジティの言動が面白くて騒いでいた一行だが、そろそろ本題に入るべきだと思い始めていた。
「そうですね。それについてどう思いますか? 私もドッドの意見は尤もだと思います」
「確かにそうですね。こちらで守護者を運用できるようになれば、楽になる。ただ、何かの罠という可能性があるとすれば、簡単に結論を出す訳には……」
「僕に任せてもらえませんか?」
宗二から意外な提案があった。ファーテチカを王都に呼んだ責任もあっただろうが、純粋に彼女を助けたいという気持ちが大きかった。
「任せるとは? 具体的はどうするつもりで?」
「普段は世話をしますし、巨兵と戦うときには僕も付き添います。彼女が裏切っても止められますし、信じていますので、そもそもそんなことは起こらないと思います」
この世界に召喚されてからいつも皆に助けられた経験を持つ宗二らしい考えだった。1人しかいない相手は助けてあげたいという気持ちが強かったのだろう。
「ここは男を見せるとこだろ? 大臣殿?」
「1人のレディーを悲しませては王国の名折れではないかい?」
「個人的感情で動いてしまう男の人って……」
ノリのいい3人がドゥメジティを説得(?)する。彼らも宗二と同じく助けられるのなら助けるべきと思うところがあった。ただ、レンだけは手元に置いておいて、変な真似をしたら斬るとか思っているが。
「わかりました。わーかーりーまーしーたー 許可しますので、あとはよろしくお願いします」
許可というより、嫌々降参といわんばかりに投げやりな言葉を口にする。だが、それに付け加えるように。
「彼女を野放しにしないように」
釘を打っておいてドゥメジティはその場から逃げるように去っていった。本気で女子供が苦手のようだ。
「やったわ! 素敵ね! こんな大きなお城で暮らせるなんて! 夢のよう!」
ドゥメジティに怯えていたファーテチカは開放されたと言わんばかりに大声で話し始めた。王城という場所に止め処ない感情の高ぶりがあったようである。
「よかったね。ファーテチカちゃん、お友達が増えたよ!」
「その言い方は止めろ」
ファルとドッドは喜んでいるようだったが、レンとキシリエも喜びはしているものの、複雑な顔をしていた。
その内心は察せられる。この女性が本当に敵なのならば、自分達がどうにかしなくてはならない。相手は守護霊迅だ、戦えば無事では済まない。巨兵を操れるという能力もその不安を強めていた。
「まぁ、でもそうなったらそうなった時に考えましょうか。ほら、ファーテチカちゃん、もう一つ飴をあげよう」
「そうだな、その時は斬るだけだ」
ファーテチカを皆が囲む。それは彼女にとって初めて受け入れられたことであり、幸せでもあった。だから、つい笑顔がこぼれてしまう。
「うれしいわ! 本当にうれしいわ! みんなと一緒にいられるのは素敵なことよ! ありがとうございますわ」
廊下で一行はさらに大きな声で騒いでいたので、流石に近衛兵から注意を受けてしまった。
こうして、ファーテチカと守護霊迅ザインズ・サイレスが正式に仲間となった。