第三話 転進
宗二とその護衛3人は森の中を走っていた。
あの、巨人によって無残に蹂躙された町から。
理由もわからないままにあの町から離れるために走っている。
宗二の体力はもう限界だった。
舗装されていない獣道、木の合間を縫って走るのは通常より遥かに体力を消耗する。
学生として体育をやっいたが、そんなものとは次元が違う。
「ここまで離れればもういいでしょう」
宗二の限界を感じた白髪のディーグアと呼ばれた武人が命を出す。
それに伴い、宗二は足を止める。
息が切れて声も出せない。
喉の奥から鉄の味がする。
今まで走れていたのが嘘のように、足が痛んでくる。
「ファルラクス、周囲を確認できるかな」
「はい! 今すぐ」
ファルラクスと呼ばれた短い黒髪の少女が、返事と共に木を登っていく。
いや、登るという表現は正しくない。
飛び上がった。
宗二は呼吸が乱れていることを忘れてその光景に唖然とした。
垂直飛びで5メートルほど飛び上がり、枝を足場にどんどん上へ飛んでいく。
「ドレイッドは火をおこしなさい」
「分かった」
逆立った黄色の髪をした少年は木と木をこすり合わせ始めた。
すると、すぐに煙が立ち火が点いた。
「ここで夜を明かすことにしましょう」
ディーグアの険しかった表情が消え、穏やかなものになった。
それは、気のいいおじいさんといった感じがした。
先ほどと同じ人物にはとても思えない。
ドレイッドが野営の準備をする傍ら、宗二はディーグアと話していた。
「こちらに来て早々、失礼を働き誠に申し訳ありません」
ディーグアは深々と頭を下げた。
その理由が分からない。
とにかく、何か言わないと。
「よく分からないですけど、頭を上げてください」
「説明が不足していました。これから説明させていただきますが、よろしいでしょうか」
その仰々しく扱われることに、宗二は恐縮してしまう。
その様子に気付いたのか、ディーグアは口調を穏やかに語りかけた。
「こちらの話し方のほうがよろしいですかな?」
先ほどまでの丁寧すぎる口調から砕けたものに変わる、
そのことに宗二から緊張がほぐれていく。
「はい。お願いします」
「いや、助かりました。あのような話し方はどうも苦手でしてな」
ディーグアは少し口角を上げて笑って見せた。
存外優しそうな人柄に、安心する。
こういう人がいてよかった。
「貴方に町を襲っていた鉄の巨人を覚えていますかな。本来であればあれを退治して欲しかったのです」
やっぱりそうだ。
あの人たちの反応を見ればある程度は察することができた。
あの光景は忘れられそうに無い。
宗二はポケットにいれた白いカードを取り出す。
「それは、巨兵を倒す力、守護機装を呼ぶ為の物です」
ガーディアン。
前にも出てきた言葉。
それがどんなものなのか、はっきりは分からないが武器のようなものだろう。
「僕がこれを使えなかったから……」
「そんなことはございませぬ」
「いや、違わない! 貴様が守護機装を呼べないから、俺の故郷は捨てられた!」
ディーグアの話から割り込んでドレイッドが怒りを露にする。
「ドレイッド!」
「!」
ディーグアの一喝でドレッドは口を噤む。
(怒りをぶつけられて当然だ。僕は守る為に呼ばれたんだ。役目を果たせなかったということは、そういうことだ)
ドレイッドの言葉は尤もだと受け入れるしかなかった。
つまり、『町を救う為に呼んだ勇者はただの無能だった』という話だ。
そんなことに怒りを覚えるのは当然だ。
「身内が失礼した。どうもこいつはまだ未熟でして、許しては貰えませぬか」
「いえ、怒るのは当然だと思います」
少し険しくなっていたディーグアの表情は再び穏やかなものに変わった。
それが、宗二には嬉しかった。
「ほら、ドレイッド、謝りなさい」
「チッ 悪かったよ」
ディーグアは不満げだったが、宗二が何も言わなかったので受け入れたようだった
「ディーグア様、周囲に巨兵と群れは確認できませんでした」
木の上からファルラクスという少女が落ちてきた。
降りてきたのではなく、文字通り落ちてきた。
「ちょうど良い。お互い自己紹介がまだでしたな」
ファルラクスを呼び寄せ、宗二の前に3人が揃う。
「先ずは、私から。ディーグア・メルバと申します。貴方の護衛をさせていただきます」
白髪の武人が頭を下げる。
つられて、宗二も頭を下げた。
ディーグアは視線を逆立つ青髪の少年に送った。
「俺は、ドレイッド・ヴィスマだ」
ドレイッドはそれ以上口を噤んで何も言わなかった。
最後に残った、黒い短髪の少女が口を開ける。
「私はファルラクスです。護衛させてもらえることを誇りに思います。よろしくお願いします、イジン様」
ファルラクスの元気な声につられて、元気が出てきた気がする。
このように喜んでくれるのは初めてだったので、宗二は嬉しかった。
「僕は山本 宗二です。よろしくお願いします」
最後に宗二が自己紹介する。
もう少し何か言っても良かった気もするが、ドレイッドの手前あまり余計なことは言わないほうがいいだろう。
「では、ソージ様と呼ばせていただきますが、よろしいですな?」
「いえ、様付けはちょっと……」
何もできなかった手前、様付けで呼ばれるのは心苦しい。
その責任から逃れるように様付けを辞退した。
「では、ソージ殿。これからの話なのですが、森を抜けてバーメンズへと参ります。準備が不十分での出発でした故、補給をしませぬとな」
急のことと理解していた為、特に異論は無かった。
むしろ、説明してくれることを嬉しく思った。
「まだ、この世界のことで知らぬことは多いと思いますが、それは後々にして、食事としましょう」
この世界に来てからそう時間は経っていないような気がしていたがお腹はすいていたようだ。
そして手渡されたのが、一枚の干し肉だった。
見た感じ、ビーフジャーキーと変わりは無く口に含んでみる。
硬い。
とにかく、硬い。
味もしない。
まるでゴムを齧っているようだ。
3人を見ると、美味しそうに齧っている。
それにどうやら食事はこの干し肉のみのようだ。
しかも、宗二のものが一番大きい。
「ソージ殿、どうなされた?」
「いえ、何でもないです」
そして、再び干し肉を齧る。
やはり、硬い。
顎が疲れる。
食べ終わる頃には日が暮れて、辺りは闇に包まれていた。
そんな中、浮かぶように焚き木が燃えていた。
少し肌寒い程度で、炎があると暖かくて気持ちが良いい。
遠くでは獣が鳴くような音が聞こえる。
3人に守られているお陰か安心していられた。
そんな中、宗二の手にもぞもぞと感じた。
その手を見ると、巨大なムカデが這っていた。
その醜悪な姿は万人を嫌悪させるに十分なものだった。
「う。うわぁ! む、む、む」
手を払う宗二を見ながら3人は唖然としていた。
「大丈夫ですよ、ソージさん。ここら辺の虫に毒はありません」
ファルラクスは笑いながら、そんな事を言う。
毒は無くても噛むのではないかと思う。
――ザザザ
何の音かと思うより先に、動くものがあった。
宗二が気付く前にディーグアは腰に帯びた剣で斬り捨てていた。
ザン! という軽い音の後、宗二の前に上半身だけの獣が転がってきた。
その醜悪さは先のムカデを越えていた。
先ほど食べたゴムのような干し肉が胃から這い上がってくる。
手で押さえ、何とか我慢する事ができた。
まだ生きているらしく、ひとしきり苦しんだ後に絶命した。
何が起こっているかわからなかったが、辺りを見回してようやく分かってきた。
「ソージ殿、大丈夫ですかな」
ディーグアの言葉に何とか頷くことができた。
その頃ディーグアは既に剣の血を払い、鞘に収めていた。
獣の下半身が足元に転がっている。
「な、何ですか、コレ?」
色々といいたいことがあったのに、声がうまく出せない。
そんな様子に気付いたのか、ファルラクスが説明をしてくれた。
「人を襲う獣で、私達はゲッシュトラッシュと呼んでいるの」
よく見ると、鋭い牙、爪をしており、その先端は驚くほど鋭い。
まるで、人を殺す為に生まれてきたような殺意の塊。
元の世界には存在しない歪な生き物だった。
「実は巨兵の被害より、こいつの被害が酷いのですよ」
ディーグアはゲッシュトラッシュについて話し始めた。
その話では、巨兵は建物は壊しても、人は襲わないらしい。
だが、ゲッシュトラッシュは違う。
主食が人間なのだ。
「こいつらは巨兵が壁を壊すと何処からともなく現れ、集団となり人々を襲いましてな。普段は1匹で活動しているのですがこういう時ばかり鼻が利く。本当に厄介な奴なのです」
さっきのは1匹だから対処できたという。
「先ほどファルラクスに指示をだして、周辺を調べさせたのはこの為でしてな」
ファルラクスが木に登り、群れていないかを確認していたらしい。
3人いても群れに出会うと自分を守るのは難しいという。
(鉄の巨人に人食いの獣。どうなってるんだよ、この世界は)
この世界は巨兵に並ぶ脅威があることに戦慄するしかなかった。
森で夜を明かし、明日からまたバーメンズを目指すらしい。
今の状況より、安全になることを心の中で祈った。