第二十一話 離別
「おい、ファル。これで避難は終わりか?」
「ええ、もうゲッシュトラッシュはいないようだし、もう大丈夫かな」
ドレイッドとファルラクスは巨兵によって追われた住民を城の中へと避難させていた。ゲッシュトラッシュから守りつつ、出来る限りの人を城に招きいれた。
「問題はあいつだな。何があったかおおよそ理解できるが……」
「うん……やっぱり、大丈夫じゃないよね……」
2人が避難を誘導している際に一際大きい叫び声が聞こえてきた。
その元へ駆け寄ると、頭を抱えている宗二と事切れたディーグアを発見したのだ。
叫ぶ宗二を気絶させて自室に寝かせ、ディーグアは遺体として運び出した。
「くそっ! 師匠が……」
「駄目だよ、そんな事を言っちゃ……」
状況証拠でも分かることだった。
宗二のせいでディーグアが死んだのだと。
―――
悪い夢から覚めるように、宗二は目を開いた。
辺りは金細工が施された調度品に囲まれ、寝ているベッドは1人では大きすぎる。
未だに慣れていない自室にいることを宗二は理解した。
ぼんやりとする頭を奮い起こすかのように、頭を振った。
(そうだ、巨兵が来たんだ! みんなは! みんなは無事なのか?)
勢いをつけてベッドから飛び上がり、ドアへと駆け寄る。力いっぱいドアを開けると、宗二は駆け出した。
城の中は広く、当ても無く探し回っては1日掛かるほどだが、人の集まれる場所はそれほど多くは無い。
城の入り口は広い空間がある為、そこに人が集まっていると宗二は判断した。
宗二の予想通り街から避難してきた人々で埋まっていた。
そこに漂う空気は悲壮、沈黙、悲哀、諦めといった負けに打ちひしがれたものだった。
宗二は知り合いがいないか人を掻き分けるように捜し歩いた。
「あ、ソージくん、目が覚めっ」
「ファル!」
ファルが言葉を言い終わる前に宗二が強く抱きしめた。
それはあまりに強い力であったが、体力自慢のファルにとってはさしたることでもなかった。
「よかった! 本当によかった! 無事だったんだ! よかった……」
本気で泣き叫ぶ声が辺り一面に響きまわった。
辺りが沈黙に包まれていたがゆえに、余計に目立っていた。泣き叫ぶのに疲れた人々ばかりだったので、より際立った。
「ちょっと、ソージくん……こんなところで、恥ずかしいよ……」
ファルはそう言いながらもすがり付いてくる宗二の頭を優しく撫でる。宗二の何かに対して許されたという気持ちを受け止めたが故の行動だった。
辺りの視線を独占していたが、ファルは気にしなかった。
ひとしきり泣くと余裕が出てきたのか、宗二は辺りを見回す。
そこにドッドの姿が確認できた。
「ドッド! ドッドも無事だったか!」
ファルを解放した宗二はドッドにも抱きつこうとしたが、華麗に回避された。
「俺がお前より早く死ぬ訳がないだろ」
そのような姿に呆れたのか、ドッドの表情は平静なものとなっていった。
だが、その顔は少し微笑んで見えた。
「そうだ、ディーグアさんを知らないか? 確か、一緒に城を出た筈なんだ」
その一言で2人の表情が強張る。それはまるで見てはいけないものを見てしまったような顔だった。
「おい、何を言っている。師匠は死んだだろ」
次は宗二の顔が固まる番だった。
手は振るえ、瞳はぶれ、視線はどこも見てはいない。呼吸は乱れ、顔色が青くなっていく。
「ははは……ドッド。何を言ってるか分からないな」
ドッドは舌打ちをする。
「逃げるんじゃねーぞ! いいか、よく聞け。師匠は死んだ。獣に背中を抉られてな! 遺体の前で叫んでたのはお前だろうが!」
ドッドの一喝に宗二は頭を抱えてしまう。
ディーグアの死体を前にしたときのように。
「あ……、ああ……」
宗二は思い出す。
(そうだ……あの時……僕は見たんだ。ディーグアさんが死んでいるのを……。見ていたんだ……)
次に宗二は叫びだす。
「そうだ! そうだ! 僕がっ! 僕がっ! 僕がっ! 僕がっ!」
(僕が殺したんだ)
理解が纏まらない。ただ、叫ぶことだけが許されていた。宗二の叫びは先程よりもっと酷く、喉が潰れてもおかしくない叫びが広い城内に広がっていく。
それは、常人の沙汰ではなかった。聞く人は耳を塞ぎ、目を閉じ、関することを拒んだ。
「おい! お前! 何をだ! お前が何をしたんだ!」
一瞬、宗二の視線とドッドの視線が交わった。
その目は怯え、震え、視点を合わせることを避けていた。
「殺したんだ……僕がっ、殺したっ!」
ドッドは宗二の胸元を掴み、無理やり正面を向かせ突き上げた。
「そいつはどういう事だ?」
襟首を持ち上げ、無理やり視線を合わせた。
宗二の視線は変わらず、何処も見ていない。
「ちょっと! ドッド! そんな無理やりしなくても……」
「違う! 今、必要なことだ!」
今まで声をかけるのを躊躇っていファルが言葉を口にしても、ドッドがそれを強引に塞いだ。
「言え、お前が、何をした?」
「僕がディーグアさんを殺したんだ……」
完全に怯え、竦みあがっている宗二にドッドは手を加減しない。
宗二の目を睨み、放さない。
先程まで叫ぶほど錯乱してい宗二だが、今は叫ぶことすら拒んでいるように見えた。
「僕が……あそこで転んだから……だから……あいつにやられて……僕が……」
ドッドは宗二の言葉を待つ。
睨みつけ、拒むことを許さない。
「僕のせいなんだ……僕が……あの時、転ばなければ……」
「そうだな、お前のせいだ。お前が師匠を殺した! いいか、師匠は死んだ。お前のせいで!」
我慢できなくなったファルが強引に宗二を引っぺがした。多少強引だったが、ファルの力をすればさして問題ではない。
興奮しすぎて力の加減を忘れていた。
「ドレイッド! やりすぎだ!」
ファルの叫び声はまるで豹変したようにも見えた。それだけ頭に血が上っている。
その真剣な声にドッドは真摯に向き合った。
「今は肯定が必要だ。逃げさせる事だけが助けじゃない」
ドッドの言葉を無視してファルは宗二を抱えてその場を去った。
宗二に与えられた部屋のベッドへファルがそっと寝かしつける。
ドッドの言葉に宗二は呆然自失とり、じっと天井を見つめていた。
もう声も出ないのか、何も言葉を発しない。
「ソージくんは悪くありま……」
ドッドの言葉がファルの言葉を遮った。
『肯定が必要だ』
ファルはそれを考えていなかった。
このままにしてはいけないと思うのは、ファルも同じことだった。
ここで宗二のした事を否定してしまえば、元に戻ってしまう。ディーグアの死を遠ざける、記憶の奥にしまってしまう。
ファルは宗二に何を言えばいいか分からず、無言で見つめることしかできなかった。
いずれ、見ているのも辛くなり、無言で部屋を出て行った。
―――
巨兵の脅威が去り、王都は恐怖に怯える必要がなくなってきた。
そこで略式ではあるが葬儀が行われた。
剣聖まで上り詰めたディーグアであっても、この非常時に特別扱いされることは無かった。
この葬儀が執り行われてなお、宗二は自失したままだった。
彼にとって身近な人の死というのはそれだけ大きな意味を持っていた。
「ソージくんはあのままで良かったのかな……」
葬儀が終わり、ファルラクスは城の外から宗二の部屋に目をやる。
それとは反対にドレイッドはそちらを向こうとしないし、答えもしなかった。
そのまま、どこかへ向かって歩いていってしまった。
(もう、これで終わりなのかな……)
宗二、ディーグア、ドレイッド、ファルラクスの4人の旅。
それはもう、叶うことは無くなって、4人はバラバラになってしまった。
ファルラクスはそれを惜しみながらその場から去っていった。




