第二話 敗走
山本 宗二は周囲の変化についていけず、ただ周りを見渡すことしかできない。
どうやら、石造りの建物の中にいるらしい、間違いなく教室ではない。
嫌な臭いが鼻につく。
酷く焦げ臭く、息苦しいほどだ。
遠くから激しい地鳴りのようなものが聞こえる。
それに含まれるように、人の悲鳴、叫び声まで聞こえた。
岩作りの窓から差す光は赤。
燃える家屋、こげる人、何かの動物が人を襲う。
最も目立つのは、巨大な鉄の兵士。
巨人は今も建物を殴り、蹴り、破壊を繰り返している。
ここは地獄だろうか。
あまりにも世界が違いすぎる。
世界の悪意が固まった光景にしか見えない。
(なんだ、何が起こっている? ここは? 何処なんだ? 自分は正気か?)
あふれ出す疑問の答えを見つけるために、宗二はさらに周りを見渡す。
最初は気付けなかったが、人がいた。
数がはっきりと分からない。
10人くらいだろうか。
「市長、成功です」
「やった……やったぞ!」
「これで都市は助かるんだ!」
「巨兵をやっつけてくれる!」
「ありがたや、ありがたや」
「は、早く何とかしてくれ!」
宗二には自分の立場が分からない。
ただただ一方的に声を浴びされている。
何のことを言っているのか分からない。
(どういうことだ? どうして誰もが僕に向かってしゃべっている? この人たちは誰なんだ? 誰か教えてくれよ)
だが、唯一分かるのは、誰もが宗二に何かを求めていた。
とある人物が手を上げる。
すると、あたりはあの騒ぎがピタッと止まる。
皆が宗二を注視していた。
「ようこそ、異世界の人」
初めて見る人物。
古代ギリシャの人が着ているようなローブを羽織っている。
歳はかなり取っているようで、顔に皺が目立つ。
男性の老人といったところだろう。
宗二は何か説明をしてもらえると感じた。
「いきなりで申し訳ないが、貴方様にはこの都市を守っていただきたい」
言葉の通り、いきなりだった。
今の状態がわからず、混乱する宗二にとってはさらに混乱する元だった。
「今は分からなくてもよろしい。付いてきてくだされ」
外の騒ぎとは打って変わって皆が冷静になっている。
先ほどまでのように騒がれていたほうがまともだったのではないかと感じてしまう。
前を歩く老人の後に続いて歩き出す。
「あの、すみません」
「今は付いてきてくだされ」
分からない何も分からない。
(何がどうなっているんだ、なんで何も教えてくれない? 他の人も黙ったままだし、訳がわからない)
宗二に出来ることは言われたがままに歩くことだけだった。
石造りの廊下を歩いていくと、広間にたどり着いた。
広間の天井は異常なほどに高い。
つい見上げてしまう。
「イジン殿、こちらをお持ちくだされ」
老人はこちらに向き返り、何かを手渡してきた。
それは、白いカードだった。
名詞でというわけではない。
何も書かれていないただのカードだ。
宗二は言われるままにカードを受け取る。
そのカードはプラスティックのような頼り無さはないが、鉄のように強くもない。
「さあ、守護機装を呼んで下され」
それだけを言われた。
(何を言っている? カードを渡されただけだ。 ガーディアンを呼べ? ガーディアンって何だ? 守護者ってことか?)
周りの人たちも期待をこめた瞳でこちらを見ている。
このカードは何か聞けるような雰囲気ではない。
全て任せればもう大丈夫だと言わんばかりだ。
何も分からない。
何をしたらいい。
どう振舞うべきか。
ガーディアンというものを呼んでみるべきか。
「もしかして、分からないんじゃないか?」
誰かの口から零れた言葉が、周囲を動揺させる。
皆の視線が不信へ変わっていくのが宗二にも伝わった。
(分からない? 何を? 何が分からない? 何を分からなくてはいけない?)
それが、さらに心拍数を上げ思考を乱した。
「イジン殿、何をして見えるのですか? 早く巨兵から救ってくだされ」
老人は焦って見えた。
まるで、何かに失敗したときのようだった。
「ごめんなさい。よく分からないです」
耐えられなくなって、宗二は口を開いた。
途端に、周囲はざわめき出した。
「どういうことだ?」
「イジン様は巨兵を倒してくれるのだろう?」
「もしかして、別人?」
「何でもいい、早く守護機装を呼んでくれ」
「何? どういうことなの?」
数々の言葉が宗二を責め立てる。
意味が分からないままに、加害者にされていた。
自分は何もしていないのに、周りは何か酷いことをされたかのようだった。
「イジン殿っ!」
「は、はい!」
老人の大きな声で意識を急に戻される。
「何も分からないのですか?」
周りが注目している。
視線が全て集まっていた。
「――はい、分かりません」
宗二はそう言うしかなかった。
「おい! どういうことだ!」
「イジンじゃないのかよ!」
「もうおしまいだ」
「ふざけるな! さっさとしろ!」
「やっぱり、失敗だったんだ!」
罵詈雑言が宗二に降りかかる。
何もしていない宗二に直撃する。
(何で僕は皆の怒りを買っている? 何もしていないのに? いや、何もしないから?)
宗二の意識は遠のきつつあった。
何も分からず、罵られ、謗りを受け、今も衆目にさらされている。
「静かになされよ!」
何処からか鋭い声が聞こえてきた。
その一喝で場は静まり、冷静さを取り戻していった。
「イジン殿、逃げなされ」
唐突だった。
「守護機装を呼べぬなら、ここにいても無意味」
ついに宗二は全否定された。
「ディーグア」
「はっ」
白い髪に強い意志を秘めた顔つき、見ただけで只者ではないことが分かる。
学生である宗二にもすぐに分かった。
まるで武人のようであった。
「イジン殿を連れ、王都を目指せ。人員は任せる」
老人は武人の男へ命令する。
そこのことに周りは酷く狼狽しざわめいていた。
「はっ! ドレイッド、ファルラクス。準備をしろ! すぐに出発する!」
武人の声は先ほど周りを静めてくれた声とよく似ていた。
それからの行動は早かった。
まもなく、武人と彼に呼ばれた2人が宗二の隣に付いた。
「イジン殿、早くこちらへ。ディファーチを抜けます故」
先ほど来た廊下とは別の廊を差す。
分からないながらも、宗二はこれから逃げるのだと感じ取っていた。
「ここはどうなるんですか? 僕があれを倒さなければならないのでは?」
「今はその時ではございませぬ。早くこちらへ」
武人とは別の人物が宗二の脇を固める。
そして、連れられるようにその場から去ることになった。
少し走るとそこはもう建物の外だった。
そこからでも分かる。
赤い空、酷い地鳴りのような衝撃、鉄の巨人。
ここまで来て宗二は理解した。
自分達は敗走したのだと。