第十一話 敗北
シェックアルを発って十数日、いくつもの町を経て王都を目指していた。
終着点は近いらしく、次の町が最後らしい。
この山を越えれば、ハイフィーグの町に到着するとの事だ。
「一休みするといたしましょう。ファルラクスは周囲の探索を、ドレイッドは火を起こし湯を沸かせ」
「はい! 分かりました!」
「了解」
ファルはすぐに返事をして木へ飛び上がっていく。何度見ても信じられない光景だ。
ドレイッドは手馴れた感じで火をおこし、水が入ったやかんを火にかける。
この世界にもやはり緑茶のように、湯から淹れる飲み物がある。かなり渋みがあって少し苦手だ。
「もうすぐ王都なんですよね」
旅が続いて目的地が近づき少しずつ緊張してきていた。
今まで行くことが目的だったが、その後のことは分からない。
「そうですな。実はもっと早く王都へ行くルートもあったのです」
それは初耳だった。
目的地が王都なら、真っ直ぐ行けばよかったのではないだろうか。
「何が言いたいか分かりますぞ。それを伝えるために話題に出したのですからな」
どうして、今なのか。
何故、話題に出したのか。
「この旅はソージ殿を王都へ届けることが目的。野宿する間隔を短くして体調を崩さないよう町伝いに進んできましてな。こちらの環境に馴れていただくのも旅の一環でありました」
最初からディーグアは召喚した者が不慣れであると理解していた。
だから、町伝いのルートにして、わざと遠回りするようにしていたというのだ。
今だから分かる。
ディーグアの心遣い、その配慮。
いつも宗二を中心に物事を考えてきてくれたのだ。
本当に感謝しかない。
「そうですね。本当にありがとうございます」
「逞しくなられた。ニホンジンだと知ったときは、冷や汗を流しましたぞ。この旅はどうなってしまうかと」
今なら笑い話で済む。
もう旅に馴れ、長期間の野宿も耐えられる。
ムカデごときでは動じなくなったし、ゴムのような干し肉も美味しく頂けるようになった。
ずいぶんと変わってきたと実感できる。
「ディーグア様!」
談笑していると、頭上からファルの声が響いてくる。
間もなくファルが木から落ちてきた。
その様子を見ると大変なことが起こったに違いない。
「何が起こった?」
「ハイフィーグの方角から、煙が上がっています! 間違いなく巨兵です」
一行に緊張が走った。
ありえないことではないが、このところ順調だったため失念していた。
ドレイッドはすぐに火へ土をかぶせてやかんも捨てた。
火急のこと、荷物を持っていく余裕はないと判断したのだ。
「よし、最短ルートでハイフィーグへ向かう! ドレイッドは最低限の食料を、ファルラクスはソージ殿を」
ファルはすぐに腰を落として、背負いやすいようにする。
宗二が抱きつこうとすると、それを制止した。
すると、体のあちこちの匂いを嗅ぐ。
「よし、臭わない。大丈夫」
ファルが独り言を口にした。
やはり、女の子、そういうところに敏感だ。
「じゃあ、お世話になります」
わざわざ言葉にすると宗二は恥ずかしさを感じてしまう。
同様にファルも恥ずかしくなったようだ。
「は、早くして!」
顔を真っ赤にしたファルの背中に抱きつく。
こうして自分から背負われるのは2回目だが、安心して任せられる。
走り出すまではすぐだった。
走り出せばまさに風。
山の木々を潜り抜け一切の迷いがない。
平地を走る自動車よりも速いのかも知れない。
ハイフィーグに到着するには、もう一度野宿の必要があると聞いていたのだが、あっという間に山を下っていた。
間もないうちに、燃える町へと到着する。
ハイフィーグは地獄の様相だった。
最初に召喚された町より酷い。
建物は燃え、黒煙を上げる。
巨兵に家を破壊された人々は逃げ惑い、破壊された壁から入り込んだゲッシュトラッシュの餌食になる。
地響きと悲鳴、その他に耳障りな甲高い金属音が聞こえる。
その音があまりにうるさく耳を塞ぎたいくらいだった。
「ソージ殿! ファルラクスと共に巨兵へ! 我々は住民の避難だ、行くぞドレイッド!」
ディーグアとドレイッドはすぐに散開し行動を開始する。
ここから見える巨兵は今までと明らかに違う。
その手に剣を持っていた。
その剣が建物に当たるたびに火花が飛び、空気を裂くようなドリル音が聞こえる。
巨兵は人型、少し考えれば武器を持つことも考えられただろう。
「ソージさん! 気を受けて!」
言うが早く、目の前のゲッシュトラッシュを蹴り飛ばす。
その脚力の強さゆえ、獣の体は真っ二つになって吹き飛んでいく。
冗談のような強さだ。ディーグア達はさらに強いのだから、想像力が追いつかない。
「さあ、早く逃げてください」
ゲッシュトラッシュにより、巨兵から逃げ遅れた人が思っていたより数多くいた。
その中にはまだ母恋しいだろう子供の姿もあった。
はぐれたのか、母親の姿を探してきょろきょろしている。
(早く何とかしないと)
住民から距離を取った宗二は、白いカードを取り出す。
これが宗二の力、巨兵を倒せる唯一の力。
カードを高く掲げ、その名を叫ぶ。
「守護起動 守護機装 アディバイスッ!」
もうお決まりとなった白く輝く光。
その中から白い騎士が姿を現す。
だがその装甲は燃える町に照らされ赤く反射している。
アディバイスに気付いた巨兵は手に持つ剣をそちらに向ける。
明らかな敵意をもってアディバイスに向かってくる。
まだ避難していない人がいる、武器を持つ相手だとしても立ち向かうしかない。
巨兵の動きは緩慢で雑、武器を持っているといってもそれは変わらないだろう。
大きく振りかぶった剣の攻撃は、アディバイスを狙いきれていない。
バリアが使えれば防げる筈だ。
右手を突き出し、イメージする。
強固な盾、絶対に砕けない最硬の壁。
右手からピンク色の光が発生する。思ったとおりのバリアが顕現した。
(出来た、制御できた)
前回とは違う。
近づく剣をバリアで受けることが出来た。
だが、巨兵の剣はただの剣ではない。
剣とバリアの接触面に激しい衝突があり、バリアが揺らぐ。
(この剣、やっぱりチェーンソーになっている! バリアで正解だ)
バリアで防いでいる間に本体を攻撃する。
が、やはりそんなに簡単な話ではなかった。
右手で剣を受けている、まともに左手を振るえる道理はない。
力が入らない。
これでは意味がない。
宗二は苛立ちを覚え、歯噛みする。
剣を受ける右手も無傷というわけではなさそうだ。
イメージを固めたまま手を上げている、それだけでかなりの負荷がかかる。
守ってばかりでは駄目だ。
みんなを守らないといけない。
バリアを解除すると攻撃を受けるのを覚悟で、拳を振るう。
狙いが定まっていなかったため、肩を掠めただけだが、激痛が走り火花が散る。
肉が削られていく感触は今までの痛みとは段違いだ。
それでも拳を振り上げ巨兵の頭に叩き付けた。
浅い、拳に来る衝撃からも相手へのダメージは少ない。
肩に剣が掠ったのがかなり響いていた。
相手を吹き飛ばそうと腹部を蹴飛ばしたが、逆にこちらのバランスが崩れる。
鋼鉄の塊をそうやすやすと蹴飛ばせる訳がない。
その状態で巨兵から振り下ろされる剣に狙われた。
「ソージさん! 右手で守って!」
ファルの声が聞こえる。
とっさに右手で剣を受けた。
途端、右腕に嫌な痛みが纏わり付く。
切れ味の悪いのこぎりで肉を引き裂かれているようだ。
吐き気を覚える痛みから逃げるために、何とかバリアを張り攻撃を受ける。
嫌な汗に呼吸が荒くなる。
痛みが引いたことで少し安心してしまった宗二へ、再び剣による一撃が繰り出される。
次は左肩。
偶然というべきだろう、装甲の隙間に刃が通ってしまった。
視界が暗転した。痛みを感じる前に意識が耐えられない。
その後に来たのは痛みでなく熱。
赤熱した鉄を押し付けられたと同じだった。
「あぁぁぁぁぁぁぁっ!」
絶叫を上げると、完全に意識を刈り取られた。
―――剣を受けた守護機装が白い光と共に消えてしまう。
そのことに気付いたファルラクスが光の真下へ飛び込み、落ちてくる宗二を受け止める。
完全に意識を失った宗二はファルラクスへ全てを委ねていた。
「ソージさん……」
宗二を抱いたファルラクスは巨兵から逃げるようにハイフィーグの町から遠ざかっていく。




