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第十話 異人

 白い騎士の眼前に悠然と佇む黄色の剣士がいた。

 その手にした大きな剣は、先ほど鋼鉄の巨人を切り裂いたばかりだ。

 その業は達人。その巨体とは思えぬ速さで、気付く間もなく切り伏せている。


「これは失礼したかな? 悪いね、あんたの獲物を奪っちまった」


 守護刀剣(ガーディアン)から男性の声が聞こえる。その声は少し不真面目な印象を受けるが、芯の通ったいい声だった。

 その声が聞こえたことに宗二は少なからず動揺していた。

 どうして、向かいの声が聞こえるのだろうか。


「いえ、ありがとうございます。助かりました」

「そいつは良かった」


 こちらの声も相手に伝わっているようだ。

 原理は良く分からないが、通信の一種なのだろう。

 先ずは、直接会って、もう一度お礼を言わなくては礼に欠く。


 乗り物から降りるイメージをする。

 前回、どうやって降りたのか記憶がないので、とりあえずやってみた。

 すると、視界が眩い光に覆われた後、守護機装は消えていた。


 イメージが足りなかったのか、若干地上が遠い。

 急に足場がなくなった感じに、心臓が跳ね上がる。

 このままでは不味い。


「はいっ!」


 地上に落ちることはない。

 ファルが宗二の体を抱き止めていたのだ。それでも、冷や汗が止まらなかったが。


「ありがとう」

「どういたしまして」


 ファルの満開な笑顔を見られて、宗二はほっと胸を撫で下ろした。

 ファルが誇りに思えるような戦いを出来たのだろうか。

 安心した瞬間、酷い疲労を覚えて脱力してしまう。


「あんたがあの守護機装を操るイジンかい? 女に抱きかかえられるなんて羨ましいな」


 ファルもあわてたのか、すぐさま立ち振る舞いを正した。


 目の前にあった黄色の剣士は姿を消していた。

 この声の主が守護刀剣を動かしていたのだろう。

 散切り頭に無精ひげ、ニヒルな笑みを浮かべているが、だらしないイメージは全くない。

 むしろ、質実剛健という言葉が似合う。


「僕が守護機装のパイロット、山本 宗二です。こちらは仲間のファルラクスです」

「ふぁ、ファルラクスといいます」


 宗二が自分の紹介をしている間に、ディーグア達がやってきた。

 守護刀剣のパイロットを見て、ディーグアとドレイッドは瞬時に臨戦態勢へ入った。

 何が起こったのかわからなかったが、のっぴきならない様子だ。


「拙者は事を構えるつもりはない。共に巨兵を討伐する者に会ってみたかっただけだ」

「なら、腰に帯びている剣から手を離してはいかがかな?」


 相手は今気付いたようなそぶりで、剣から手を離す。


「すまん、すまん、いつもの癖だ。そっちもお願いできるか?」

「こちらこそ、早とちりだったようですな」


 ディーグアとドレイッドは剣から手を離す。

 これで、お互いがフェアになったということだ。


「本来なら順序が逆だが、拙者はレン。守護刀剣ゲッセンのイジンをやっている。よろしく」


 レンと名乗る男性は手を差し出してきた。

 このタイミングなら、握手に決まっている。

 その手を取り、握る手に力を込めた。

 その様子を見た3人はようやく、構えるのを止めたようだ。


「いや、失礼しましたな。私はソージ殿の護衛をしているディーグアと申します。こっちは不肖の弟子ドレイッド。こちらそこよろしくお願いしますぞ」


 ディーグアが頭を下げるのを見て、ドレイッドも頭を下げる。


「しかし、凄かったなあの、あの……あの……何だ……あれ……」

「守護機装アディバイスですか?」

「そう、アディバイス! 戦いを見せてもらったが、中々に強力な守護機装だな」


 そんなことはない。

 巨兵を一閃で切り裂いたレンのゲッセンの方が遥かに強い。

 むしろ、あれが守護者(ガーディアン)の本来あるべき姿なのだろう。


「はぁ? あのポンコツがか?」

「あんたの目は節穴だな。あのアディバイスとか言うやつは、馬力が違う。殴り合いで互角に戦うなど、拙者には無理だ」


 レンの言葉に噛み付きそうな勢いで睨みつけるドレイッドだが、襲い掛かることはしなかった。

 そんなことより、宗二はレンの言葉のほうが気になった。

 パワーがある。

 ただの方便ではないだろうか。


「そんな事ありません。あな……」

「そうです。ソージさんの守護機装は強いのです!」


 宗二の言葉を遮って、ファルが誇らしげに胸を張る。

 その姿が宗二には嬉しく思えた。


「ファルラクス、ソージ殿の話の腰を折らないようにしなさい」


 ディーグアはファルを引っ張り引き剥がした。

 その様子にファルはご機嫌斜めだ。


「改めて、僕のアディバイスが強いって本当ですか? 武器もないですし、巨兵には押されていましたし」


 レンは「ふむ」と少し考えると、力強く言葉を発した。


「いや、アディバイスは間違いなく強い。武器がないのは戦闘を目的に作られた訳ではなさそうだ。それでも、素手で押すところもあった。うちのゲッセンでは確実に打ち負ける。それだけ頑丈で馬力があるということだ」


 レンは少し興奮しているのか、さらにアディバイスの良い点を挙げていく。


「それに、あの桃色の光は凄かった。あの攻撃を無力化していた。あれは間違いなく強い。まだ使いきれていない様子だが、使いこなせば巨兵なぞ恐るるに足りん。あんな技、拙者も欲しかったよなぁ」


 宗二は納得がいかなかった。

 あれほどの力を持つゲッセンを持ちながら、何故そんな事を言うのか。


「ん? 不満げな顔だな、宗二殿。あれは、ゲッセンが強いのではない。拙者が強いだけだ。その辺の素人が使えば、巨兵に負けよう」


 やっと理解できた。

 あの圧倒的な強さは、レンの技があってこそ。

 宗二ではその力を引き出すことは出来ない。


「それにな、巨兵が複数いると同じで、守護者も1体じゃない。あんたの目の前にある守護刀剣もその1つだろ? いずれ、拙者らは組を作ることになるだろう。その際、アディバイスは中核になる、間違いあるまい」


 レンはそこまで先のことを見据えていた。

 守護刀剣という存在を知らなかったが、同じ存在が複数あるのなら、力になれるかもしれない。


「そう、ソージさんはやるときはやるんです!」

「ファルラクスは黙っていような」


 今度もディーグアがファルの口を塞ぐ。

 気を使って、二人で話せるようにしてくれているようだ。


「よくよく見れば、あんた日本人だな?」


 いきなり話が脱線した。

 宗二も気付いていた。この世界の人間とは空気が違う。同じ異世界の、日本の人間だと。


「拙者はちょんまげもないし、氏もない。刀まで売っぱらうときたもんだ。あんた、氏は持っている様だからな、何処の武士だ?」

「いえ、僕は少し未来から来たようです。僕の時代に武士はいません」


 レンは驚愕に目を開いた。

 寝耳に水状態のようだ。


「じゃあ、あんた、武士じゃない?」

「はい。学生です」

「えっと、剣術とかは?」

「やってないです」


 その言葉にレンは頭を抱える。

 何か納得できない様子だ。


「武士でなしに、あんな無謀なことをするとは、馬鹿なのか阿呆なのか! 実に面白奴だ」


 きっと褒められているのだろうが、あまりいい気がしない。

 文字のせいだろうか。


「レン、何をしている。無駄話をする時間を与えたわけではない」


 幅広の帽子を被り、黒いマントを身に着けている。

 昔、日本に来たの宣教師に似ている。

 きっと、彼がレンの仲間なのだろう。


「すまん、すまん。ほれ、リフォーシャも挨拶しろ、挨拶」

「僕のことなんてどうでもいいだろ」

「こいつ、リフォーシャ・ヘリムスっていう、拙者を召喚した奴だ。拙者を引き当てる強運を持っているようだぞ」


 リフォーシャはレンに頭を押さえつけられ、嫌々頭を下げていた。

 何だか、仲の良さそうな二人だ。


「リフォーシャ殿、私はディーグア、こちらがファルラクス、弟子のドレイッドと申します」

「ディーグア? どこかで聞いたな……」


 リフォーシャは少し考えたが、すぐに止めたようだ。

 どうやら、何か急いでいるように見える。


「我々はこれで失礼する。やらなくてはならないことがあるからな」

「イジンといるということは、王都へいくのではないですかな? ここは一緒に行きませぬか?」


 ディーグアの提案は尤もなことだ。

 それに、レンとゲッセンがいれば、旅はより安全になる。

 向こうも護衛が増えるのだから断る理由はないはずだ。


「すまないが、断らせていただく。僕は今調査しているんだ。レン、そろそろ行くぞ」

「はい、はい。仰せのままにってね」


 2人はもう出発するようだった。

 最後にもう一度言わなくてはならないことがあった。


「助けていただいて、本当にありがとうございました」


 宗二の礼にレンは笑って答えた。

 そして、すぐに二人の姿は消えていった。


「守護刀剣ですか。これは心強い味方ですな」

「はい。僕ももっと強くなって、隣に立てるようになりたいです」


 宗二は自分のやるべきことと目標を持てた気がした。

 これならもう迷うことはないだろう。


「師匠、早く帰りませんか? 町の人々が俺達を心待ちにしているはずです」

「そうですな。それでは帰りますか」


 急いで帰る必要はない。

 宗二の体はあちこちが痛んでいたが、前のように意識を飛ばしてしまうほどでもない。

 4人これからのことを話しながら、救った町へと足を向ける。

 前回より晴れた気持ちで、堂々と帰路についた。

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