第一話 召喚
とある通学路は登校する学生でにぎわっていた。
この時間帯は生徒が多く、ところどころで挨拶を交わす姿がうかがえた。
その中に一人の生徒が歩いていた。
特徴といえるものはないが、制服である学生服を乱すことなく着こなしている。
そのため、真面目な性格がうかがい知れる。
いつもこの時間、この通りを使って一人で登校している。
「おはよ、宗二くん」
こんな風に声をかけられたこともない。
声の方を向くとそこには一人の女生徒がいた。
流れるような黒い長髪に、浅黒い肌、眩しい笑顔がとても似合っている。
「おはよう」
挨拶を返しながら、宗二は不思議に思っていた。
あのような女性を見た覚えがない。
転校生だろうか。
そう思っていると、宗二を突く生徒がいた。
「おい山本、なんだよ。あんな女子に声かけられてんだ。誰だよ、今度紹介しろよな」
クラスメイトの男子生徒だった。
宗二とはそれだけの関係だが勝手に話しかけてきていた。
普段話すこともないのに、現金な奴だと思いながら会話を合わせた。
登校を終え、自分の席に着く。
それまでずっとあの女生徒のことを考えていた。
思い出そうとしても、あのような女生徒とであった記憶がない。
あの綺麗な長い黒髪、健康的な顔つき、凛とした声。
一度みたら忘れられない美女のはずだ。
現に宗二は今忘れられない。
それでも、鞄から本を出す。
日課となった朝の空き時間を使った読書だ。
大して時間があるわけではないが、有効に使いたいと考えていた。
そして、一日が終わった。
放課後、自分の席で読書を続けていた宗二はようやく本を読み終えた。
彼が読んでいた本はライトノベルと呼ばれている娯楽要素の高い小説である。
その中でも『異世界転生』モノを好んで読んでいた。
自分が異世界で別人となって人生をやり直すといった内容である。
今の人生に特に不満はないが、満足もしていない。
勇者になって魔物を倒して人々の喝采を浴びるなんて人生もある。
宗二という少年は、そんな物語を楽しんでいた。
読み終えた本と閉じる。
気付けば日が沈み、空は夕焼けで燃えるような紅色に染まっている。
もう帰る時間だ。
本を閉じ、鞄に入れようとする。
そうした。
はずだった。
自分の手から本が消えていた。
鞄もどこかへ行っていた。
それどころか、机までない。
不思議に思っていると、焦げ臭い臭いがしてくるのに気付く。
こげ臭いというレベルを超えている。
焦げているのだ。
木が布が肉が。
赤い光を感じる。
そちらを向くと、真っ赤に燃える空が見えた。
岩作りの窓から見える景色は絶望。
鉄の巨人が建物へ拳を叩きつけている。
燃える家屋、逃げ惑う人々、聞こえる叫び声、喉が渇くほどの熱さ。
自分が何処にいるか全く分からない。
何が起きているのか全く分からない。
一つの可能性が考えられた。
ここは異世界なのだと。