70話 心の隙間を抉じ開けて
――時間は少々遡る
トール達が地球で二日目の朝を迎えた頃、異世界では……
「うーっ……よく寝たのである! ……むっ?」
海上都市サッティンバーグの宿屋にて、ドラムがムクリと起き上がると、隣で寝ているオルガに視線を向けた。
オルガは目を充血させながらカッと見開き、天井の一点を見つめている。
その様子にドラムの背には悪寒が走り、思わず絶叫する。
「うぎゃぁぁぁぁ!!」
「ん、ドラムよ……起きたか」
だが、オルガはドラムの絶叫を何処吹く風と受け流し、ゆっくりとドラムへ顔を向けた。
「なっ、なんという顔をしているのであるか!?」
「ああ、驚かせてすまん。今日は、その……ニャイと上で待ち合わせをしていてな。一睡も出来なかった……」
オルガは天井を指差しながら、恥ずかしそうに俯いた。
その様子にドラムは口元を緩ませながら、オルガの肩をポンと叩く。
「ほほぅ、初デートであるか! 素早い行動はオルガらしくなくて良い! よし、ならば早速支度をして出発するのである!」
「ま、待てドラムよ。まだ待ち合わせの時間までかなりあるぞ!」
身支度を整え今にも部屋を飛び出そうとするドラムを、オルガは額に薄っすらと汗を浮かべながら静止させた。
だが、ドラムは鋭い目つきでオルガへ指を差すと、ドヤ顔で語り始める。
「カーッ! 何を悠長な事を言っている! こういうのは事前の準備が大事なのである! 普段通りの格好で出向いては、その程度の扱いなのかとニャイの心は冷めてしまうのである!!」
「そ、そういうものなのか?」
「うむ! オルガはこの重要性を全くわかっていない! そこでだっ! 準備は我輩に任せて貰おう! 大丈夫! 我輩に掛かれば最高のデートを味わわせてやるのである!!」
「おっ、おう。そこまで言うのなら、ドラムよ。よろしく頼む……」
ドラムの力説に飲まれ、オルガは勢いに任せ渋々と頷いた。
するとドラムは満足そうに鼻息を荒くする。
こうして二人は身支度を整え宿屋を後にした。
※ ※ ※
二人は城下町の商店が立ち並ぶ通りを歩いていた。
トールが異世界と呼ぶこの星では「人間」と「獣人」を総じて“人”と指し、あらゆる種族の人々が生活を営んでいる。
その光景は多種多様であり、翼を持つ者、巨大な体躯を有する者、美しい毛並みを纏う者など様々だ。
魔王フェスタ・サッティンバーグが管理するこの土地では、主に獣人達が店を切り盛りしている。
客達も大半が獣人で、様々な種族の獣人に合うように店舗側の配慮も施されている。
そんな通りにある、とある服屋の店頭でドラムが足を止めた。
「よし! まずは服装を整えるのである!」
「お、おい。本当にこの店に入るのか?……」
ドラムが選んだ店は、礼服などを扱う衣料品店だ。
店頭のショーケースには高級な服が数多く展示されている。
「いらっしゃいませ。御用件をお伺いします」
「うむ。コイツの礼服を作ってもらいたいのである!」
二人が入店すると、獣人の店員が出迎えた。
小さめの耳と細かな動き、灰色の髪などからネズミ系の獣人である事が窺える。
店内には様々なサイズの礼服が用意され、如何なる獣人のオーダーにも対応できるようになっているようだ。
ドラムはオルガを店員へ紹介すると、衣装を1セット注文した。
「畏まりました。では、サイズを測らせていただきます」
「ああ、よろしく頼む……」
店員は素早く採寸を行うと、店内に掛けられている様々な服の中から一着を手に取り、オルガに手渡した。
「では、こちらは如何でしょうか?」
「ああ。ありがとう」
オルガは店員からスーツやスラックスのような黒い衣装を受け取ると、店内の隅に簡易的に布で仕切られた試着室の中へ入り、渡された服に着替えた。
「お客様、着心地や尻尾の加減はよろしいですか?」
「いや、尻尾が擦れて気持ちが悪い……少し上着の丈が長い気がするな」
この世界の礼服も地球の“スーツ”や“スラックス”と外観は大差無いが、最も大きな違いは獣人向けの衣服には尻尾を通す穴が開けられている事だろう。
普段着は各々が好きに着こなすが、礼服には一つマナーがある。
それは尻尾の付け根を上着で隠さなければならないという事だ。
その為、上着の丈は地球のスーツよりもやや長く作られる事が多い。
このルールは上流階級の者達に浸透しているのだが、一人で旅を続けてきたオルガにそのような事を知る由はなく……
店員は首をやや傾げると、別の服をオルガへ渡す。
「おや、左様ですか。ではこちらで如何でしょう?」
「ああ。これなら着心地が良い。これを貰おう」
オルガは尻尾の付け根を軽く触ると、満足気に頷いた。
その様子にドラムも腕を組みながら首肯している。
「では、本日のお代は金貨二枚となります」
「き、金貨二枚……だと!?」
直後、満足そうにしていたオルガの表情が凍りつく。
「ええ。金貨二枚でございます」
驚愕するオルガを余所に、店員は淡々と金額を復唱した。
世界を旅してきたオルガにとって、金貨二枚は大金だった。
これまでの価値観では服に大金を使うなど、考えられなかったのだ。
オルガは咄嗟にドラムへ視線を向けると思念通話を飛ばす。
《お、おい……服に金貨二枚は高すぎないか!?》
《何を言っている! 今こそ奮発しなければ、使う時など無いではないか! ニャイの為に、ここは大きく出るのである!!》
以前獲得した大量の金貨はトールの体内に保管されている。
だが、生活に不自由のない程度の金銭は仲間達の各々が持ち歩いていた。
それは二人も例外ではなく、一般人よりも金銭的な余裕はあるのだ。
《そ、そうか。そうだな! オレが間違っていた。金貨二枚は妥当な額だ!》
《うむ。ではさっさと支払って次に行くのである!》
オルガは頷くと懐から金貨二枚を取り出し、店員へ手渡した。
店員は思念通話の事など知る訳もなく、突然頷いたオルガを、やや怪訝に思いながら会計を済ませる。
「金貨二枚、確かに頂きました。お買い上げありがとうございます」
オルガは礼服を着たまま店を出た。
「不思議なお客様だ。突然頷いたかと思えば、丈の短い服を買われるとは。しかし、あのままで良かったのだろうか? まあ、問題があれば取り替えれば良いだろう……」
二人が退店した後に店員は小声で呟いたが、彼等がその言葉に気付く事は無い。
こうしてオルガは不恰好な衣装を纏いながら、次の目的地へ向け歩を進めるのだった。
※ ※ ※
続いて二人がやってきたのは理髪店だ。
店頭には鬘が展示され販売もされている。
「よし、次は髪を整えるのだ! ここはひとつ、ビシッと決めた姿でニャイの前に立つのである!!」
ドラムがドヤ顔で言い放つと、勢いよく理髪店の扉を開ける。
「いらっしゃいませ。今日はどういった御用件ですかな?」
「コイツにカッチリと合う髪を用意して欲しいのである!」
ドラム達を出迎えた店員は、恰幅の良い体格に円らな瞳、おっとりとした動きで頭には立派な二本の角を拵えている。
おそらく牛系の獣人だろう。
「かしこまりました。では、こちらに……」
「よろしく頼む……」
店員に促され、オルガは理容椅子へ着席した。
「えー、では……カッチリとした髪を作りますので、楽な姿勢で居てくださいな。少し頭を触りますな」
「あ、ああ……」
ゆっくりと頭を揉んでいく店員に、オルガは訝りながらも大人しく施術を受けていく。
やがて一通りオルガの頭を触り終えると、店員の手が止まった。
「なるほど、わかりました。では、このまま暫くお待ちくださいな」
「このまま……だと?」
店員は納得した様子で店の奥へと進んでいく。
一方、礼服のまま漠然と座らされるオルガは、訳もわからず眼前の鏡で自身の姿を眺める事しか出来なかった……
暫くすると、黒い塊を持った店員がオルガの元へ戻ってきた。
「お待たせしました。付け心地はいかがですかな?」
「こ、これは……」
店員が持ってきたものはカツラだった。
オルガは黒色の髪を被せられ、顔を引攣らせる。
《ドラムよ、これは一体どういう事だ!?……》
《どうもこうも無い! 文字通りカッチリと決めた髪で臨もうというのである! 良いではないか、似合っているぞ!》
オルガは再び鏡へ視線を向けると、自身に付けられたカツラに違和感を覚えた。
彼の鈍い感性を持ってしても異常だと感じていたのだ。
だが、自信満々に段取りをこなすドラムに対し、異論を唱えることは出来なかった。
硬直したオルガの様子に困惑する店員を察したドラムが咄嗟に合いの手を入れる。
「うむ! 素晴らしい髪である! しかし……もっと、こう、メリハリが足りない気がするのである!」
「なるほど、メリハリ……ですな。では、これでどうですかな?」
ドラムの言葉に、店員はオルガの頭へ何かの液体を振り掛けると、ワシャワシャと揉み解し、形を整えていく。
そして出来上がったのは、オールバックにセンター分けを施した髪型だった。
オルガは自身の頭上で起きている事態に頭の処理が追いつかず、ただ呆然と鏡と向き合っている。
「こちらで、如何ですかな?」
「うむ! 素晴らしい髪になったのである!」
「では、この髪型で微調整をし、完了でよろしいですかな?」
「よろしいのである!」
オルガの心境を代弁するのならば、よろしくない! と叫んでいた事だろう。
だが、今のオルガにそこまでの思考力は無い。
ドラムと店員は大きく頷くと、オルガはされるがままに施術を受ける他無かった……
「ありがとうございました!」
無事? に施術を終え、オルガは代金の金貨3枚を支払うと二人は理髪店を後にした。
二人の表情は見事に対極で、ドラムは満足気に、オルガは死んだ魚のような目をしている。
「うむ。完璧だ! これで思う存分ニャイのココロのスキマを埋めてやるのである!!」
「おっ、おう…………」
こうして凄まじい変貌を遂げたオルガを送り届ける為に、ドラムは勢いよく翼を広げ、オルガは力無くドラムの足にぶら下がると、二人は天空都市スカイラインを目指し飛び発つのだった。
※ ※ ※
天空都市スカイラインは文字通り空に浮かぶ島国だ。
この広大な浮島には凡そ300万人もの人々が住まう。
「よし! 着いたのである!」
「…………あ、ああ」
二人は天空都市スカイラインのワイバーンタクシー乗り場へ到着した。
音速を超える飛翔が可能となったドラムだが、ここまでの数秒はオルガにとって何十倍にも長く感じられた事だろう。
それ程までにオルガの精神は酷く疲弊していた。
ワイバーンタクシー乗り場は、移動手段の他に待ち合わせ場所としても頻繁に利用されている。
その為に日中は人通りが多く、二人は様々な獣人達とすれ違う。
そんな人混みの中、ドラムの目はニャイの姿を捉えていた。
「ほれ、もう既にニャイが来ているのだ! 早く行ってあげるのである!」
「お……う……」
オルガはニャイの許へゆっくりと力無く歩いていくが、ニャイは下を向き未だオルガの存在に気付いていない。
「すまない……待たせてしまったな……」
「ううん。全然待って……ニャーーーー!?」
ニャイはオルガの声に気付くとゆっくりと顔を上げた。
初めてのデートは、さぞ期待に胸を膨らませていた事だろう。
だが、現実は非情なものだった。
オルガの変わり果てた姿に、ニャイは小声で心境を吐露してしまう。
丈の短い礼服を纏い……
「尻尾が丸出しだニ……」
カッチリと固めたセンター分けのオールバックを決め……
「ダサいニ……」
死んだ魚のような目をしながら近付いて来るオルガ……
「怖いニ……」
思わずニャイはオルガから距離を取ろうと後退ってしまう。
「ど、どうしたニャイ……オレは何かまずい事をしてしまったか?……」
ニャイの気まずそうな空気を察したオルガは、顔を引攣らせながら立ち止まる。
だが、ニャイは咄嗟に叫んだ。
「こ……こっちに来ないでほしいニ!!」
ドーン!
とオルガの後頭部に衝撃が走る。
普段のオルガならば辛うじて耐えられただろう。
だが、心が疲弊している現状では、ニャイの一言は余りにも重過ぎた。
オルガの顔は絶望一色となり、真顔で立ち尽くす。
しかし、少しでもニャイを喜ばせたいという想いが無意識にオルガの口元を無理矢理笑顔に変えた。
「ニ、ニャイぃぃぃぃ!」
「ニャぁぁぁぁ!!!!」
真顔に笑顔で近付くオルガの頰へ向け、ニャイは強烈な平手打ちをする。
周囲にはパシッと甲高い音が木霊し、周囲の人々の視線が集まった。
「なんだなんだ!?」
「破局か!?」
「あの容姿じゃ無理もないわね……」
「悪徳せぇるすまんかよ!」
野次馬達は思い思いに言いたい事を口にすると、やがて見飽きたのか立ち去っていった……
一方ドラムは一連の流れを驚愕の表情で凝視している。
「あわわわわ! 大変な事になったのである……」
だが、ニャイはオルガに一発浴びせた事により正気を取り戻した。
「ニャッ!? オ、オルガさん……ごめんニ! つ、つい、うっかり、叩いてしまったニ! ウチ、あの、その……」
「ニャイ……やはり、オレは、ダメなのか!?……」
完全にココロが折れたオルガは、歪な笑顔のまま大粒の涙を流し始めた。
しかし、ニャイはオルガの頬をそっと撫で、目を細めながら呟く。
「そんな事ないニ! ウチは、いつも通りのオルガさんが好きなんだニ! 無理して着飾るよりも、いつもの優しいオルガさんで居て欲しいニ……」
「ニャイ……すまない、オレが間違っていた! ドラムに唆され、このような姿になってしまったが、やはりオレはありのままでニャイと向き合いたい! 改めて、今日は楽しもう!」
オルガはそっとニャイの肩に手を置くと、目を合わせ謝罪した。
ニャイはその想いを受け入れ、強く頷く。
「オルガさん……」
「ニャイ……」
二人は引き合うように強く抱きしめ合い、互いの気持ちを確かめるのだった。
その様子を見て、ドラムは掌を返したように満足気に頷く。
「うんうん。何はともあれ丸く収まって良かったのである!」
だが、オルガはニャイを抱きしめたまま、ドラムへ怒りの思念通話を飛ばす。
《ドラムよ、もう、二度と、お前の、助言は、聞かん!!》
《うっ! す、すまぬのである……》
ドラムは全身から汗を流しながら、力無く謝罪したのだった。
《あと、これは、お前に返す!》
そしてオルガは自らの頭を鷲掴みにし、カツラを剥ぎ取ると、ドラムを冷めた目で睨みつけた。
ドラムはあたふたとオルガからカツラを受け取り、ニャイはその様子を目を丸くしながら見ていた……
「わ、我輩は先に戻ろう! 後は二人で楽しんで来るのである! 終わったら迎えに来よう! ではっ!」
ドラムは逃げる様に二人から離れると、オルガのカツラを握り締めながら手を振り、ワイバーンタクシー乗り場から飛び降りるのだった。
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