8話 病室と決意 (勇)
トローク村の学院を襲った巨人との死闘を終え、少年ラストルはその場で気を失った。
その後彼が目覚めた場所は…
〜山中の街サバラン〜
ふと、目がさめる。
見慣れない天井が見える。
少年ラストルは痛む身体をゆっくり起こした。
辺りを見回すと、明らかに病室だった。
左腕には細い管が繋がっており、管の先には液体の入った袋が見える。
巨人との遭遇の際に折れた右腕は、添え木をされ、包帯で巻かれている。
「ここは…」
ぼんやり辺りを見渡していたところに、横引きのドアが開いて誰かが入ってきた。
「おぉ!!気がついたかね!」
主治医らしき白髪で鼻の大きな白衣の男性は驚いたように叫んだ。
その後、聴診器を当て、脈を測った。
「よし、問題なさそうだ!
自己紹介が遅れたね!私はポロ。医者をやっている。
ここはトローク村から少し離れた街、サバランの病院だ。
回復魔法を受け付けないほど君の体は疲れていてね?仕方がないので、昔ながらのポーションを使った点滴している。しばらく安静にしていてくれ!
しかし…大変だったね…」
主治医ポロの言葉を受け、ラストルは青ざめた。
学院校舎が巨人に破壊され、吹き飛ばされた破片で自分の周りの生徒達が次々と血まみれになる光景を思い出した。
「あぁ…うわあぁぁぁッッ!!!」
ラストルは頭を抱えて錯乱した。
涙が勝手に溢れてくる。
何故自分だけ生きているのか?
一連の事象は夢なのか?現実なのか?
他に生き残った人間は?
多くの感情が入り乱れ、収拾がつかなくなっていた。
「大丈夫かね!?おい!誰か鎮静剤を!」
主治医ポロは焦っている。
走ってきた看護師が鎮静剤をラストルに飲ませた。
しばらくするとラストルは落ち着きを取り戻し、グッタリした。
「落ち着いたかね…?
言葉に出した方が落ち着くなら、ゆっくり話してみなさい。」
慎重に聞くポロの言葉に、ラストルは黙って頷いた。
そしてゆっくり口を開く。
「アレクはクラスのムードメーカーでした…
フレンは勉学が優秀で、テレセアはよく笑うお嬢様で、オビット、クラウス、ニールはいつも3人一緒で…
みんな僕の友達でした…
それが、みんな居なくなったと思ったら、胸に穴が空いたみたいになって…
オリビアは…ッ!!」
ラストルは思い出した。
木の枝に突き刺さり、ラストルの腕の中でグッタリ倒れ込んだオリビアの姿を。
「彼女はデューダ先生の回復魔法で一命をとりとめた。
今は隣の部屋にいるが、しかし…
あ!ラストル君!!」
ラストルはポロの言葉を聞くと、ベッドから飛び降り、隣の病室へ走った。
ポーションを点滴されている注射針が勢いよく抜けたが、痛みを感じなかった。
生きているという情報だけで良かった。
周りの友達が一瞬で居なっても、彼の心にはそれが少なからず救いになった。
ラストルは隣の病室の引き戸を勢いよく開けた。
車椅子に座ったオリビアが、窓の外を眺めていた。
「ラストル!無事だったのね!!」
振り向いたオリビアは嬉しそうに笑う。
「良かった…生きてて良かった…オリビア…」
ラストルは泣き崩れた。
床に手をついた時、注射針が刺さっていた左腕から血が流れた。
「あぁ…泣かないでラストル。
生きていたのだから笑って?
私はあなたが生きていてとても嬉しいのよ?」
ニコリとオリビアは笑った。
涙を拭うラストルの後ろから、医師のポロが現れた。
「コラコラ、ちゃんと治ってから会わせるつもりだったのに…腕から血が出ているじゃないか。
オリビア君は足以外は健康だ!ラストル君も早く病室へ…」
「オリビア、足が動かないのか!?」
ポロの言葉を遮るようにラストルはオリビアに聞いた。
「ええ…命は助かったけど、足を動かす部分が死んじゃったみたい。
死んだ部分は回復魔法も効かないから、しょうがないのよ…」
うつむきながら、諦めた笑みを浮かべたオリビアは語った。
「そんな…」
ラストルはうなだれた。
近くにいるポコは腕組みをしながら、困ってしまった。
「…しかし、雲をつかむような話だが、治せる可能性はある。」
ポロの後ろから声が聞こえ、ラストルとオリビアは声の主の方を見た。
教師デューダだった。
「おぉ!デューダ先生いらしてましたか!」
「ドクターポロ。2人を診てくれてありがとうございます!
ラストル、オリビア、死んだ人間を生き返らせるには、生き返らせる人間以上の数の代償を支払う禁忌魔法しか無いが、
生きている人間の死んだ部分を復活させるのはハードルは少し下がる。」
デューダはラストルの目の前で膝をついた。
「''勇者伝記''を読んだなら分かるはずだ。第六次人魔大戦の原因不明の大量失踪を。」
「はい、戦っていた人間、魔族が一瞬で居なくなったという出来事ですね。」
ラストルは自分の記憶から思い出して答えた。
「後々の調査で大規模な禁忌魔方が使用されたことがわかった。
大地には魔方陣の一部のような規則正しい彫り込みがされており、当時はそれが何かはわからなかったが、今になってそれが、永続復活と呼ばれる永久に生き返ることができる魔法である事も分かった。
もし仮に魔王が永続復活の魔法を発動していたならば、死ぬ事の無い魔王が誕生することになり、我々はもう地球上にいないだろう。
だが、それを発動したにもかかわらず魔王は次の世代、次の世代と変わり続けている。
ということは、別の何者かが人魔対戦を利用し、その効果を受けたという事になる。
そして、その復活し続ける者を探し出し、身体の組織の一部でも身体に取り込む事が出来れば…」
「死んだ部分が復活するって事ですね!」
ラストルはデューダの回答を待たずにラストルは答えた。
オリビアの足をなんとか治したい一心で、話を聞いていた彼の頭は希望で冴え渡っていた。
「あくまで可能性の話だ。
王立図書館にある筆者不明の魔道書の説明には、永続復活で効果を受けた者の身体の一部を取り込めば、身体の欠損した部分を一度だけ復活させられる。
と書いてあったが、そもそも実証したケースもなく、実のところわからない。」
デューダは難しい顔をしていた。
確証のない事は、自信を持って伝えられないからだ。
「僕…それでも探します!オリビアの足を治すために!
僕が今出来る事はそれしかないと思うんです。
…いや、そうしたい!」
ラストルは真剣な目でデューダを見た。
「ラストル…ありがとう。」
オリビアは優しい声で感謝した。
ラストルはオリビアの方を見て頷く。
「その前に!!まずは身体を治してからだ!」
黙って聞いていた医師のポロがラストルをたしなめた。
「その通りだラストル、まずは身体を治せ!
君のご両親には連絡してあるから、もうすぐやって来る。
病室から連れ出したと私が誤解されるから早く戻りたまえ。」
デューダは笑いながら、ラストルを引き起こす。
ラストルは立ち上がり笑顔をみせる。
「さあ、行った行った!
やれやれ…誰かの為なら、後先考えないところがまるで言葉通りの勇者のような少年だな。」
デューダとラストルを送り出したポロは疲れたように、ため息をつきながら呟いた。
「ポロ先生。
私、ラストルの言葉がすごく嬉しかったです。
でも、その為に彼が危険な目に遭わないか心配です…」
オリビアは不安な声で呟く。
「大丈夫だ。オリビア君。
この病院にいる限りは危ない事はさせないよ。
それに、彼は強い。病院を出たあとも多少の事は跳ね返していくだろう。
人間、愛の力があれば強くなれるもんさ!」
医師ポロはニコリと笑ってオリビアに語った。
オリビアは首を傾げていた。
「コホンッ!とにかく!オリビア君もしばらく安静にしていたまえ。
また健診でみに来るからね。」
ポロは病室の扉を静かに閉めた。
病室から立ち去るポロを見ている人影が1人。
その人物はラストルの部屋の前に立っていた。
「…やはり、噂は本当のようだ。
だが…まだ材料が足りない。次の段階へ移行するとしよう…」
小さな声で呟いたあと、コートを纏い、その人物は病院を後にした。