7話 黒猫と昔話 (魔)
自分の滅びの運命を、歴代魔王に打ち明けた魔王ルシフェウス。
歴代魔王から、力を解放してもらってから数日が経過した。
沈まない月の下。
深淵の魔王城は不気味に照らされたたずむ。
玉座に座る魔王ルシフェウスは1人ため息をついていた。
「数日前、先代の魔王様達から力を譲り受けたは良いが…
自らの命の終わりが見えている以上、やって来る勇者に盛大に嫌がらせをするくらいしか、今のところ使い道がない…
今後の方針を話し合う為、魔将達を招集したが、到着までもう少しかかるであろう。
はぁ…余もお前のように何度も甦れれば良いのだが…」
ルシフェウスは膝の上で寝ている黒猫の頭を撫でた。
気持ち良さそうに寝ている。
突然、玉座の間の扉を叩く音がした。
黒猫は目を瞑ったりまま耳を立てた。
「魔王様、グーシオンにございます。
申し訳ありません、ルーナめがどうしても面会したいと言うものですから連れて参りました。
お時間はよろしいでしょうか?」
魔導師グーシオンの申し訳なさそうな声が聞こえてくる。
ルシフェウスは鼻で笑いながら、応える。
「フッ…入るが良い。」
大きな扉が開く。
布を被り、杖をついたグーシオンがやはり申し訳なさそうに入ってくる。
後ろから、褐色の肌を見せ、黒い鎧を纏った銀髪の女性ルーナが続く。
「あっ!猫ちゃん!
ハッ!すみません…」
ルーナはルシフェウスの膝の上で寝ている黒猫に目を輝かせたが、魔王ルシフェウスの目の前だということを思い出し、すぐ謝った。
「謝らなくとも良い。
何かを愛でる心は美しいものだ。」
黒猫を撫でながらルシフェウスは言った。
「フェネクスですな。
魔王城に戻ってくるとは、珍しい。
吉兆かもしれませんぞ!」
グーシオンはルシフェウスを見ながらにっこり笑った。
「グーシオン様、フェネクスって??」
ルーナは不思議そうに聞く。
グーシオンは得意げに腕組みをしながら答える。
「知りたいか??仕方ない、教えてやろう。
この黒猫はな、死んでもすぐ新しい身体になって生き返る奇跡の猫じゃ。
誰が名付けたかは知らんが、フェネクスと呼ばれておる。
どこからともなく現れて、何をするわけでもなくウロウロするだけなのじゃが、現れたときはだいたい良いことが起きるのじゃ!
ちなみにワシが会ったのはこれで3回目じゃ。」
グーシオンはルーナに解説した。
すると、膝に乗っていた黒猫フェネクスは起き上がり、ルシフェウスの膝から飛び降りてルーナの足へとすり寄った。
「うわぁ〜可愛い!」
ルーナは嬉しそうに、黒猫フェネクスを抱き抱える。
「なぜ死んでもすぐに再生できるかは知っているか?グーシオン。」
玉座で頬杖をつきながら、ルシフェウスはニヤリとしながらグーシオンにたずねる。
「いえ…私めはそこまでは分かりませぬ…」
困った顔をしながらグーシオンの声が小さくなる。
「うむ、少し昔話をしてやろう。
ルーナよ、以前歴代の魔王様達と会った時1人石化像の魔王様がおられただろう?」
ルシフェウスに質問され、黒猫フェネクスを抱き抱えたまま、ルーナは考える。
「あ!いらっしゃいました!
確か…魔王ベレトール様!!」
魔王アスモデウルスの横に座っていた石化像の魔王ベレトールを思い出し、ルーナは答えた。
「そう、賢魔王ベレトール。
そう呼ばれるほど、彼は非常に学術に長けた魔王だった。
特に彼が興味を持っていたのは、代償を伴う禁忌魔法の研究。
魔族に挑みにくる人間達を捕まえては、実験材料として使っていた。」
ルシフェウスは目を瞑り、思い出すように語り出した。
「禁忌といえば、以前の魔王様達を召喚する時も血を代償に召喚してましたね!」
ルーナも思い出し、反応した。
グーシオンは静かにするように、ルーナのお尻を杖で叩いた。
「左様。ただ、賢魔王ベレトール様はあの比ではない。
我々魔族は、勇者率いる人間達と度々戦争を行なっている。それらは人魔対戦と呼ばれ、両者共に多大な被害を被った。
ベレトール様はその人魔対戦を禁忌魔法の儀式として利用する事を考えた。」
「それは…もしや…」
グーシオンは察したかのように、ルーナの抱える黒猫フェネクスを見た。
フェネクスはあくびをしている。
「さすがグーシオン。察しが良いな。
彼の発動しようとした禁忌魔法は、何度も復活する事ができる永続復活の魔法。
第六人魔対戦期。巨大魔方陣を彫刻した大地で、ベレトール様率いる魔王軍と、勇者率いる人間軍は六度目の戦いを繰り広げる。
両軍共に魔方陣内で戦う中ベレトール様は、遠くでその巨大魔方陣の効果を受け入れるために別の魔方陣を作り、その上で儀式の詠唱を行った。
そんな中事故が起きる。」
ルシフェウスは一息つくと、黒猫フェネクスを指差した。
「その黒猫がベレトール様の立っている儀式魔方陣の中に侵入。
しかし、永続復活の禁忌魔法は発動し、巨大魔方陣内で戦っていた魔族、人間すべては代償として消滅。
受け入れ用の魔方陣に侵入した黒猫がその効果を受け、近くにいたベレトール様は禁忌の呪いを受け、石化してしまった。
以降どんな解除魔法を駆使しても、石化は解けなかった。」
一通り話が終わった後、ルシフェウスはため息をついた。
「賢魔王であり、嫌魔王と呼ばれるわけですな…
まさか、味方の魔族も巻き込んでしまうとは…」
グーシオンは神妙な顔をして呟いた。
「うむ、人間どもの大部分は減らす事には成功したが、同時に味方の魔族の被害が甚大であり、さらに自分の復活しか考えていないという点で、
多くの魔族から嫌われる魔王になってしまった。
石化像は魔王城に飾られ、しばらく糞尿を投げつけられる始末だった。
しかし、指導者が居ないのも都合が悪いので、息子であるアスモデウルス様が父である石化像を破壊して魔王の座を引き継いだというのが、経緯だ。」
「でも…なんでベレトール様はそこまで復活にこだわったのかしら?
賢魔王と呼ばれるくらいですから、そんな暴君だとは思えないのですが…」
ルーナは黒猫フェネクスの首を掻きながら、首を傾げた。
「ベレトール様も今の余と同じく、滅びの啓示を受けていらっしゃった。
その滅びの運命をなんとしても回避したかったという事もあろうが…
余はこう思うのだ。
永久的に、確実に、魔の王国を存続させるには、今、多大な犠牲を払ってでもした禁忌魔法を発動しなければならない。
すべてはこの王国のため、魔族のためにと、彼なりに考えた最善の方法だったのだ…と。
でなければ、妻子を持たぬ魔族の戦士を募らぬだろうし、自我を持たぬ獣主体の軍にはしなかっただろう。」
ルーナとグーシオンは頷いた。
黒猫フェネクスはルーナの手を逃れ、スタスタと扉の隙間から出て行ってしまった。
それを見たルシフェウスは玉座から立ち上がった。
「フェネクスは長き時を生きている。これからも生き続けるだろう。
一瞬それを羨ましく思ったが…
余はこうも思う。
滅び無き者は、常に愛する者や、愛する仲間を看取り続けなければならない。
余はそのような地獄に…
耐え続ける自信は無い。」
玉座の階段を下りながらルシフェウスは語った。
ルーナとグーシオンは自分に置き換えて考えてしまい、黙り込んだ。
その目の前でルシフェウスは立ち止まった。
「話が長くなったな。
つまるところ、余は其方らと過ごす残りの時間を大事にしたいのだ。」
ルーナは顔を上げる。
「私も魔王様と過ごす今を大事に生きます!」
「グーシオンも同じにございます!」
ルーナの後にグーシオンも続いた。
ルシフェウスはニコリと笑う。
「さて、ルーナよ。
どうしても面会したい事があったのだな。
要件を話すがよい。」
ルシフェウスの言葉を受け、ルーナは思い出した。
「そうでした!!
魔将の皆様がもう全員集まっております!!
集会室へご同行いただきたいので…イタッ!!」
ルーナの頭をグーシオンは叩いた。
「バカもん!報告の順序がおかしいじゃろ!
まず側近のワシに報告せんか!」
頭を押さえながらルーナは謝った。
ルシフェウスはその状況をなだめた。
「まぁ落ち着くが良い。
時間に関しては守らぬものが多い魔将達が、ちゃんと集まったのだ。
やはりフェネクスは幸運を呼ぶようだな。
さぁ、集会室へ行くぞ。」
「ハッ!!」
ルシフェウスとルーナ、グーシオンは玉座の間をあとにした。