4話 歴代と解放 (魔)
魔王ルシフェウスは魔導師グーシオン、魔剣士ルーナとともに、召喚塔の召喚室へやってきた。
自らの血を代償に、ルシフェウスは歴代の魔王達を召喚魔法で呼び出す。
「この方々が…魔王様のご先祖様…?」
ズラリと椅子に座った禍々しい姿の魔王達に、圧倒されながら、女魔剣士ルーナは呟いた。
「そうじゃ、各時代で魔の王国を納めた魔王様達じゃ。本来、生前と変わらぬ姿でこの場に居たならば、我々はここに居るだけで魔力の強大さに消滅してしまいかねない。
どれ、右端からどんな魔王様だったか教えてやろう。
席順は先代、先代の子供、その子供…という順じゃ。」
魔導師グーシオンは女魔剣士ルーナにこっそり誰が誰なのかを耳打ちした。
2席:魔王パイルモンス
・魔王城から西側にいれば無敵になる。大地の力で勇者達を溶岩に落とす、陽気な魔王様じゃ。
先代の息子じゃ。
「やった〜一番のり〜!あ、西の席は頂いたよ〜」
3席:魔王バラン
・水を使って勇者達を何人も溺れさせた。骸骨の両目に火が灯る恐ろしい顔をしているが、我々魔族には非常に優しい魔王様じゃ。
「現界するのも久しぶりだな…」
4席:魔王プルソーン
・一振りで大陸を割ったことがある、豪腕と怪力の持ち主で、獅子の顔を持つ勇敢な魔王様じゃ。
「ほぅ…これはまた懐かし面々が集合したものだ。」
5席:魔王ザーガン
・魔王様の中で怒ると一番怖い、嵐の力を使う魔王様じゃ。戦場で近くにいると、勇者と一緒に巻き込まれてしまう。
「まだ勇者達は滅んでおらぬのか…」
6席:魔王ベレトール
非常に頭の良い魔王様じゃったが、事故で呪いにかかってしまい石化像になってしまった。
死して呼び出されてもなお、石化像のままだが意思は生きている。
「・・・」
7席:魔王アスモデウルス
多くの勇者を幻術で幻想世界へ引き込み、廃人にした女たらしのカッコいい魔王様じゃ。
「今日も私の愛するベイリアルちゃんは美しいね!」
8席:魔王ベイリアル
唯一の女魔王様じゃ。相手の心を読み、その美貌で勇者達を自滅させた。雷の使った戦いが得意な気品溢れるお方じゃ。
「あら、グーシオン。気の利いた解説ありがとう!」
9席:魔王バアルーク
・太陽の力を使い、挑みに来る勇者達を1人残らず丁寧に灰にした、几帳面な魔王様じゃ。ルシフェウスのお父様じゃ。
「そうか。時が来たか。」
10席:魔王ルシフェウス
我らが魔王様。魔王に必要な闇属性の力は他の魔王様よりも抜きん出ているうえ、剣を使う戦いは獅子の顔の魔王様プルスーン様と互角とまで言われている。
「グーシオン様、一番右の席の先代様がいらっしゃらないようですが?」
ルーナはグーシオンに尋ねた。
グーシオンは空席を見つめながらつぶやく。
「先代は時間に非常にルーズなのじゃ。
ただ、歴代魔王様の中でも全てにおいて実力は最強。
良い機会だからご挨拶しておくと良い。」
ルーナは黙って頷く。
すると、目の前にいる魔王ルシフェウスが口を開いた。
「そろそろ姿を消して頭の上に立つのを、やめていただけませんか?先代…」
「「えっ…?」」
グーシオンとルーナは驚嘆し、ルシフェウスの頭の上を見た。
空間が歪み、小さな白ひげの老齢の男がルシフェウスの頭の上に現れた。
「やれやれ…洒落の効かん奴じゃわい…」
ピョンッとルシフェウスの頭から飛び降り、円卓の上に立った。
非常に小さい。
「お久しぶりです、魔王サタン様」
ルシフェウスは丁寧に、小さな老齢の男にお辞儀をした。
グーシオンはすかさず、ルーナに説明をする。
1席:魔王サタン様
かつて人間達を恐怖に陥れ、世界全土を支配した最強にして最恐の魔王様じゃ。
魔王様達全ての力を使っても、サタン様には及ばない。かつて挑んだ勇者達が哀れになるほどじゃ。
「ルシフェウスよ、お前さんは真面目すぎるんじゃ。もう少しこう…肩の力を抜かんかい。」
「は、はぁ…」
ルシフェウスは困った顔をしながら、魔王サタンの話を聞いている。
その光景を目の当たりにしたルーナは呟いた。
「あのお爺ちゃんがそんなすごい魔王様だなんて…
それに、あんな魔王様の困ってる姿はじめて見た。
なるほど、1人じゃ手に余るって言ってたのはそういう…」
言い終わらないうちに、横にいたグーシオンは持っていた杖で、ルーナの口を塞いだ。
「シーッ!声がデカイ!
魔王ルシフェウス様と先代魔王サタン様は、性格的なタイプが真逆なのじゃ…
苦手なのはよく分かる。」
グーシオンは小声で言った。
一通り説教を終えた魔王サタンは円卓を歩き、自分用の高く作られた席に座った。
それを確認したルシフェウスは自分の席に座り、改めて口を開く。
「実は皆様にご報告があります。
啓示がおりました。
程なくして私は勇者の剣で身体を貫かれ、魔の王国は…滅びます。」
ルシフェウスは真剣な眼差しで報告した。
召喚室の円卓は一瞬静まり返った。
「「仕方ない」」
「えーッ!!」
魔王達一同が揃って発した言葉に、
ルーナは思わず叫んだ。
魔王達が一斉にルーナの方を見る。
「馬鹿もん!声がデカイと言うとるじゃろ!
大変失礼致しました…ご存知の方もおられるとは思いますが、私は魔王ルシフェウス様にお仕えしているグーシオンでございます。
こちらはまだ齢18ほどの魔剣士の小娘でして、どうか無礼をお許しくださいませ!
ほれ、おまえも謝らぬか!」
グーシオンはルーナをたしなめながら、謝罪をした。
ルーナは慌ててグーシオンに続いた。
「あ、も…申し訳ありません!私は魔王ルシフェウス様にお仕えしている魔剣士ルーナと申します!
崇高なこの場に同席しているご無礼をお許しください。」
ルーナは頭を下げた。
「良い、良い。礼儀正しく謝れる娘だ。
せっかくの機会だ。疑問に思う事を訪ねてみよ。」
骸骨頭の心優しい魔王バランが優しく話す。
グーシオンは杖でルーナのお尻を軽く。
「ほれ、バラン様が発言を許可しておる。思った事を話しなさい。」
「えーっと、それでは僭越ながらお聞きいたします。
何故魔王様…ルシフェウス様が勇者に倒され、王国が滅びるのを、仕方ないで割り切る事が出来るのですか?
歴代の魔王の皆様が一生懸命存続させてきた、魔の王国が滅びるのは私は悔しくて、悔しくて今すぐにでも勇者を倒しに行きたいくらいなのに…」
ルーナは少し悲しい顔をしながら下を向く。
「悔しくないはずは無かろう。
我々が命がけで守り抜いてきた国なのだ。
勇者を滅ぼす前に滅んでしまっては、全てが無駄に終わる。」
怒ると怖い嵐の魔王ザーガンは低い声で言った。
すかさず、獅子の顔の魔王プルソーンがそこに付け加える。
「しかし、娘よ。
啓示とは、運命とは、犠牲を伴わなければ逆らえぬのだ。
我々歴代の魔王は全員その啓示に従い、身を滅ぼしている。どんなに強く、どんなに賢くてもだ。
国が滅びる運命が決まっているならば、それに従うしかないのだ。
生半可に抗えばそこの石化像になってしまった魔王のようになる。」
魔王プルソーンは石化像になった魔王ベレトールを指差した。
横で座っている、女たらしの魔王アスモデウルスはベレトールに耳を近づけた。
「うんうん、父上はお恥ずかしい限りですと言ってますよ!
そういう事だお嬢ちゃん。
神の決定には逆らえない。だから仕方ないんだ。
ルシフェウスは自分の子孫を残せない体になっているからね。」
アスモデウルスの最後の言葉に、ルーナは驚いてルシフェウスの方を見た。
「あら?まだ説明していなかったのルシフェウス?
あなたが昔世界の抑止力を受けて生殖機能を失った事を。
我々歴代魔王は、啓示により滅びの運命が決まると、自分の子孫を残して来たるべき時を待つ。
治政の権能は受け継がれ、国の存続を得る。
今までそうしてきたのよ。」
女魔王ベイリアルはルーナに説明した。
ルーナは落ち込んだ。
「どうして…今まで教えてくれなかったのです…ルシフェウス様…」
「それは、私が説明すべきだな。」
口を開いたのは、几帳面な魔王バアルークだった。
「私も同じく勇者に倒される啓示を受けた魔王だ。
我が子、ルシフェウスは世界の抑止力の話をして止める私を振り切り、誕生したばかりの勇者を倒しに向かった。
結果は我が母、魔王ベイリアルが話した通りだ。
私が死ぬ事が、最後まで納得できなかったのだろう。
ルシフェウスは魔王にしては、非情さに欠ける優しすぎる王だからな。
魔剣士ルーナよ。ルシフェウスが其方に話さなかったのは、同じような事をして身の破滅を招かないようにしたかったがため。
私の分析は概ね正解だろ?ルシフェウス。」
几帳面な性格の魔王バアルークは眼鏡をかけ直した。
それまで静聴していた魔王ルシフェウスは口を開いた。
「さすが父上です。
我々、魔王…ないし魔将クラスは寿命で死ぬ事は無い。
死ぬとすれば何者かに殺されるくらいしか無いが、私に子孫を残せぬ事が分かれば、魔の王国の存続の為にルーナは命の限り、私に害をなす者から守ろうとするだろう。
そうなればいずれ抑止を受けなくても、どこかで死ぬ。
それだけは阻止したかったのです。
すべてお見通しですね。」
「フッ…当然だ。お前の親だからな。」
バアルークは眼鏡を人差し指で直しながら、鼻で笑った。
「魔王様…
そんな気を遣ってた頂いてることも知らず…生意気な事を言って本当に申し訳ありません。
歴代の魔王様達も…啓示がそれほどまで強力な呪いと知らず、身勝手な質問をした事をお許しくださいませ。」
「良いのだ。恐れず質問する姿勢こそ大事なのだ娘よ。
ルシフェウスは生殖機能を失ったその日に我々王から酷く激怒されたものだ。
もう禊は済んでいるのだ。
故に我々は仕方ないで済ませている。
わかったかね?」
顔が骸骨のため表情は目に灯る炎で判断するしかないが、魔王バランの口調は優しい。
「はい!ありがとうございます!」
ルーナは元気に答えた。
「ま、俺みたいに西にいれば無敵な魔王じゃないしね!仕方ない、仕方ない!」
陽気な魔王パイルモンスは円卓に足を乗せて、ヘラヘラしながら言った。
「お前は何もしなさすぎて、世界の西以外の4分の3は人間達に制圧されたじゃろうが!
ワシが折角、世界全土を支配したというのに…
負の遺産ばかり残しおって、
この阿呆が!!恥を知れバカ息子が!!」
魔王サタンは息子のパイルモンスを諌めた。
「すいません…生まれてきて、すいません…」
パイルモンスは落ち込んだ。
他の魔王達はその光景を見て笑った。
折を見て、魔王ルシフェウスは話し始めた。
「魔王の皆様。そろそろ私の召喚魔法も時間が切れる頃でございます。
本日は、わざわざご報告の為に呼び出してしまい申し訳ありません。」
「まあ、待ちなさい。実はワシらから贈り物があるのじゃ。」
小さな老齢姿の魔王サタンはにこやかに笑いながら円卓の上を歩き、ルシフェウスの前に立った。
「生真面目なお前の事だ。
どうせタダでは勇者にやられないつもりじゃろう?
ワシらが少し力を貸してやる。」
サタンはルシフェウスの頭に手をかざす。
ルシフェウスは驚きながら席を立ち上がった。
「しかし死者からの力の譲渡は、運命を変える可能性があるため、さらに代償が必要なのでは…!?」
ルシフェウスは取り乱しながらサタンに問う。
サタンは人差し指を振り、ニヤニヤしながら答える。
「だから、お前は真面目すぎるんじゃ。
ワシらはお前の血を使い、現れた存在。
お前の血に刻まれた記憶であり残留する意思。
霊的な魂の出現とは性質が若干異なる。
ワシが今、お前に送るのは歴代の魔王達が血に刻んだ自らの力。
鍵をかけてある状態を解放するだけじゃ。
つまりな?お前は自分自身でリミッターを解除したことに変わりはないのじゃ!」
腕組みをしたサタンは、得意げに言った。
「それは…屁理屈…」
「やかましい!
今リミッターを解除する!!」
サタンがパチンッと指を鳴らした瞬間、ルシフェウスの体が虹色の光に包まれる。
「…!!こ…これは!!」
ルシフェウスは自分の中で湧き上がる力に驚いた。
「フフフッ…貯めていた財産をすべて引き出したも同じ。
我ら魔王すべての力の鍵を解いたのだ…
多少の禁忌のルールを飛び越えても、跳ね返すどころかお釣りがくるわい。
ほれ、早く力を抑えないと後ろの真面目な従者達が蒸発してしまうぞ?」
サタンはニヤニヤしながら、光を放つルシフェウスに言った。
「グッ!!ウゥ…!!」
ルシフェウスは集中力を高め、自分の力を抑え込んだ。
身体から発せられる虹色の光は徐々に収縮し、召喚室は元の静かな薄暗い空間に戻った。
「この力は…少しタイミングが悪ければ私自身でも抑えられませんでしたよ先代…ハァハァ…」
息切れを起こしたルシフェウスは、自分の席に座り込んだ。
「ワシの目利きをなめるでない!
お前はできる子じゃから、力を解放したのじゃ!
まぁ、そんなわけで、全力で戦ってこい!!」
白い歯を見せながら親指を立てた魔王サタンは光となり消えた。
「なんか、ただのバカキャラになっちゃったけど、思いつめないで頑張れよ〜
今のお前は魔王城の西にいれば無敵だからな〜」
机に足を乗せたまま、陽気な魔王パイルモンスは光となった。
「我が水の力、存分に使うと良い。
悔いのない余生を過ごすのだな。さらばだ。」
骸骨の頭の魔王バランは静かに光となった。
「我の力を使えば一騎当千。
地を割り、空を割く事もできるだろう。
臆する事なく戦え。」
獅子の頭の魔王プルスーンはにこやかに笑いながら光となった。
「俺の力は嵐の力。
戦場で狂乱する事のないお前はこの力で味方を巻き込む事もあるまい。
出来るだけ多くの勇者を滅ぼせ!」
怒ると怖い魔王ザーガンは腕組みをしたまま光となった。
「・・・」
「あ、父上の光の力の権能と僕の幻覚の力は渡したから上手く使ってくれ!我が愛娘ベイリアル、先に行くからね〜!んじゃ!」
石化像の魔王ベレトールと、女たらしの魔王アスモデウルスは同時に光になった。
「親離れ出来ない父上だこと。
私の魅了の力も解放したわ。
それと、あのルーナって子…いや、いいわ。
貴方に何か考えがあって側に置いてるのならこれ以上は聞かないでおくわ。頑張りなさい。」
女の魔王ベイリアルは激励しながら光となった。
「我が息子。ルシフェウスよ太陽の権能はたしかに渡したぞ。
…沈まぬ太陽は無い。栄枯盛衰という古い言葉もあるように、形あるものはいつか滅びる。今更だが気にするな。
お前は魔王としては未熟な部分が目立ったが、その…なんだ…父の命を守りたいという意思は、嬉しかったぞ?」
恥ずかしそうに眼鏡を中指で直しながら、几帳面な魔王バアルークは光となった。
召喚室は途端に静まり返った。
ルーナとグーシオンは力が抜けたようにその場に座り込んだ。
「歴代魔王様…父上…本当に感謝致します。」
魔王ルシフェウスは静かに、空席に向かって深々と頭を下げた。