17話 葛藤と真意 (魔)
凍土の国スノウスンを襲撃した魔王ルシフェウス。
そこで人間達に力の差を見せつけた後、仲間の魔族を焼き殺して見せた。
恐怖を受け立ち尽くす人間達を横目に、ルシフェウスは高笑いをしながら炎の中へと姿を消す。
〜 深淵の魔王城 決闘場 〜
月明かりが照らす暗黒の世界。
激戦の後に修理された石畳の決闘場。
闘う魔物ではなく救護された魔物達が力なくうなだれている。
銀色の髪で褐色の肌の女剣士ルーナとローブをまとった背の低い魔導師グーシオン、その他の従者の魔族は、複転移の魔法により飛ばされてきた魔物達の手当や、衣服のを与えていた。
「おぉ!魔王様が戻られた!」
魔物達の小さな歓声に迎えられ、禍々しい黒い光と共に魔王ルシフェウスと、隠密諜報部隊のローブをまとったアンドラが現れた。
「皆、よく余に協力してくれた。
苦悶と悲鳴。
余を恐怖の魔王に仕立てるには十分な働きだ。感謝する。
アンドラも危険な中、潜入と情報収集ご苦労であった。
魔王城にてしばし休息をとると良い。
手当や支援をした者達も、急ですまぬな。
よくやってくれた。」
ルシフェウスは場にいた全員の労を労った。
場にいる全員が深々と頭を下げる。
凍土の国スノウスンの魔族収容所で、ルシフェウスは収容された魔物達に、炎で焼かれているような演技をするように頼んでいた。
「魔王様!
この者達の怪我や衰弱は人間達の仕業なのですか!」
怒りを抑えきれない様子で、魔将のルーナはルシフェウスに尋ねる。
「その通りだ。
足の早い者は移動の手段として使われ、
体毛のあるものは常に刈り取られ、
雌型であるものは恥辱を受ける。
誠に嘆かわしい有様だ。」
ルシフェウスは悲しげな表情を浮かべた。
ルーナは怒りで剣を抜き、硬い石畳をもろともせず地に刺した。
場の魔物達は突然の事に驚いている。
慌てた様子で魔導師グーシオンはルーナを諌める。
「こ…こら!ルーナお前はまた魔王様の御前で!」
「グーシオン様はこの有様を見て怒りは無いのですか!
私達の仲間が!
人間達の手によって尊厳を踏みにじられているこの状況に!!」
ルーナの気迫にグーシオンは圧倒された。
ルーナは怒り、目には薄っすらと涙が滲んでいる。
そのまま、ルシフェウスに話し続ける。
「魔王様…
こんな酷い事をする人間と、本当に和解などできるのでしょうか。
私にはどうしても、想像ができません…」
ルーナは悔しそうに石畳に刺さった剣を握り締める。
ルシフェウスは一呼吸置いて話し出した。
「いつの世も、戦いの状態から和解する事は難しい。
どちらが敗北し、戦えなくなるまで終わる事は無い。
誰かを殺され、殺した相手を憎み、その相手を殺し、殺された相手の親しい者がまた憎み…その負の連鎖の繰り返しだ。
どこかでその流れは断ち切らねばならぬ。」
「和解の為に、今は同族が傷ついているのを黙って許せとおっしゃるのですか!」
ルーナは泣き出してしまった。
グーシオンは言葉が出ずに黙っている。
静まり返る中、ルシフェウスが口を開く。
「そうは言っておらぬ。
今回、残虐な人間達には余も手を下した。
これは人間のみならず、魔族に共通する事であるが、他者を傷つけた者は裁かれるべきであるという極通常の倫理に基づく行動である。
人間には人間の法があり、魔族には魔族の法がある。
しかし、人間と魔族の間に法は無い。
故に、まだ平和的な解決はできない。
故に、このような手段を取らずにはいられなかった。
無ければ作るしかないのだが、それは和解した後の話だ。
そこに至る為には、人間と魔族は対等であるという概念の形成が不可欠なのだ。
どちらかに力が偏れば、今回のように一方が虐げられる結果になってしまう。
ルーナよ。黙って許す必要など無い。
お前は魔族が人間から家畜同然に扱われるなら、それを非難しながら救うのだ。
殺すのではない、気づかせるのだ。
''人間よお前が逆の立場だったらどう思う?
自分の肉親同然の仲間が他者から虐げられているのを黙って見ていられるのか?''
とな。
お前が人間を力で人間をねじ伏せたい気持ちは、よく分かる。
だが、真に対等な立場となる日まで、ただ救い続けるのだ。
そしてその日は、もうまもなく訪れる。
力で押さえつけるのは恐怖の象徴となるであろう、余が行う。
全ての怨恨、全ての憤怒は余が引き受ける。
そうしなければ余の計画は破綻する。
だがな…そうは言ってもだ…
お前の仲間の為に憤ることのできる心は素晴らしいものだ。
いつまでもその心は大事にしておけ。」
ルーナは悔しそうに黙って頷く。
ルシフェウスは彼女の肩を励ますように軽く叩き、魔王城に向けて歩き出した。
「すまぬがここはお前達に任せる。
余は少し考え事がある。」
ルシフェウスは救護している魔物達に仕事を任せた。
ルシフェウスの後を、グーシオンとアンドラがついて行った。
〜 魔王城 玉座の間 〜
見慣れた風景の玉座の間。
玉座へ座り、足を組み、小さくため息をつくルシフェウス。
心配そうな顔をしたグーシオンはルシフェウスに尋ねた。
「お疲れの様ですね…
先程はルーナが勝手な事ばかりを投げかけてしまい失礼いたしました。
後ほどあやつを叱っておきますゆえ。」
「よいのだグーシオン。
仲間を思って出た言葉なのだから彼女に非はない。
正直、あの様に言ったものの、それが正解かどうかは余もわからぬのだ。
ルーナには魔将として勤めてもらってはいるが、支配領地を与えておらぬ。
それに加えて、他の魔将には悪将として振る舞うこととしながら、ルーナには人間を殺すなと言ってしまっている…
それでは、ルーナの不満も溜まるだろう。」
ルシフェウスは自分の裁量で決めたルーナの特別扱いに悩んでいた。
「しかし魔王様…
それは同族と殺し合いなどさせたくないという、魔王様があやつのためを思っての事でございましょう?
そんなに、お気になさる必要はありませんぞ?
ダークエルフもとい…あやつは人間なのですから。」
グーシオンは悩むルシフェウスを励ました。
〜 魔王城 魔将ルーナの自室 〜
その部屋は魔の将らしからぬ、小さな部屋だった。
4歩も歩けば部屋の端に着くほどだ。
質素な魔樹の机と椅子。
全てルーナの希望により作られた。
棚には人間では読めない字で書かれた魔道書がズラリとならび、壁には愛剣ライトルーが掲げられている。
ルーナは鎧を脱ぎ、柔らかな黒のネグリジェを纏い、天蓋付きのベッドに横になっていた。
小窓からは沈む事のない月が見える。
「さっきは魔王様に失礼な事を言ってしまった…
謝りに行かないと…
グーシオン様もきっとお説教にくるかな…」
横になりながら自分の褐色の手を挙げ、その手を見つめるルーナ。
ルーナは悩んでいた。
自分だけ魔将としての領地はなく。
ルシフェウスが魔将アーミーとの決闘を行った後、ルーナは悪将として振る舞い、人間達と戦う事を禁じられていた。
それは全て、自分の力不足なのではないか?
最初は魔王ルシフェウスの専属魔剣士として扱われているようで、悪い気はしなかった。
しかし、日が経つにつれ、肩書きを与えられただけで、能力を認められてはいないのではないかと疑問を抱いていた。
人間達に怒り、報復しようにも救うばかりで戦えない。
まだ、鍛え方が足りないのか。
だとすれば、他の魔将と違うところは何なのだろうか。
様々な考えがルーナの頭を巡る。
答えの出ぬまま、ルーナは挙げていた手を握りしめる。
「ひとまず、魔王様が仰ったことは守ろう…!
力不足なら鍛えればいいんだ!
…でも、謝るのは明日にしよう…」
ルーナは眠りに落ちた。
〜 魔王城 玉座の間 〜
グーシオンに励まされ、ルシフェウスは頭を抱えながら考え込んでいたが、しばらくすると目を閉じながら笑みを浮かべた。
「フフフッ…なぁグーシオンよ。
ルーナを連れてきた時の事を覚えているか?」
ルシフェウスは思い出し笑いをしながら、グーシオンに尋ねた。
「はい。
忘れもしない魔王様の父上、バアルーク様が神の啓示を受けた時です。
怒りで勇者に挑んだ魔王様が重症でお戻りになられた時に、一緒に連れてきた赤子があやつでしたな。」
グーシオンは思い出しながら懐かしそうに話した。
「余は返り討ちにされた後、道に捨てられているルーナを発見した。
親のいない未来が待つ人間の赤子と、親を失う運命の自分を無意識に重ねたのであろうな…情が湧いたのだ。
連れて帰ってきた時は…大変だったな…」
ルシフェウスは苦笑いした。
「そうですなぁ…
人間を拾ってきてしまった…と、魔王様からこっそり言われた時はどうしようかと思いましたぞ…
それからダークエルフの子供という事で通してこっそり育てながら、
成長が早く寿命も短いので、時間を遅らせる禁忌魔法を使い、遅行の鎧をこしらえたり…
歴代魔王様を最初に召喚した時に、心を読める8代目魔王ベイリアル様に見抜かれて怒られたり…
いろいろありましたなぁ…」
グーシオンもルシフェウスと同じく苦笑いをした。
「…しかし、強くなったな。ルーナは。
魔族らしい、まっすぐな性格のまま育ってくれた。」
「魔王様が直々に戦い方を教え込んだのです。
おそらく、その戦圧を受け続けて、人の限界をいつの間にやら超えたのでしょう。
3代目魔王バラン様の恐ろしい…ゴホンッ…
特徴的なお顔を見ても臆せず話すほどの胆力も付いておりますしね。」
ルシフェウスとグーシオンは揃って、その場に居ないルーナを褒めた。
そして笑った。
「あの実直さは失わせてはならぬ。
余と道連れになるには、あまりにも惜しい娘よ。
願わくば、魔族と人間を繋ぐ架け橋になってくれる事を余は望む。」
ルシフェウスは自分の思いを伝えた。
「あやつならきっと成し遂げる事でしょう。
教育係の私の言うことを何も聞きやしないですが、それでも自分で考えて行動したり、確固たる意思がありますしな!」
グーシオンは同意したように頷く。
「うむ。
おそらくルーナは自分だけ特別扱いされていることに悩んでいるであろう。
しばらく余が同行し、魔の者達を救いに行くとしよう。」
ルシフェウスはルーナの気持ちを考え、決断した。
すると、玉座の間をノックする音が聞こえる。
隠密諜報部隊のアンドラだった。
「魔王様、お疲れのところ申し訳ありません。
しばしよろしいでしょうか?」
ドアを開け、丁寧にお辞儀をするアンドラ。
「どうしたアンドラよ。」
「はい。
実は先ほどバアン砂漠地帯の仲間から連絡があり、魔の者達が捕まっているとの情報がありました。
救援を要請しているようなので、明日現地へ向かおうかと…」
アンドラはルシフェウスに報告した。
ルシフェウスは少し考えた後、アンドラに言った。
「お前はもう少し休むがよい、明日は余がルーナと共に救いに行く。」
アンドラは驚いた。
「よ…よろしいのですか!?」
「気にするな。
不謹慎だがタイミングが良い。
お前は隊長に状況の報告をしておくが良い。
よし…では明日に備えねばな余は休む。」
ルシフェウスは玉座を立ち上がり、自室へと向かった。
グーシオンとアンドラは揃って頭を下げた。
外には沈まぬ月が変わらず輝いている。




