1話 誕生と終焉
とある寂れた村。
とある普通の家庭。
ランプの明かりが灯る小さな家で夫婦は初めての第一子を授かった。
「よく頑張ったね、マリア!僕たちの初めての子どもだ!」
「あぁ、クリスト…ついに産んだのね私!なんて可愛いの…!」
夫クリストと妻マリアはお互いの手を握りながら、妻の横で眠る赤子を見つめた。
すると突然、赤子の腹部が眩い光を放ちはじめた。
目が開けられないほどの閃光が、薄暗いランプの光を塗りつぶしていく。
「クリストッ!眩しいわ!なんなのこの光は!この子に何が起こったの!?」
「待ってくれマリア、何かで読んだことがある!」
クリストは棚から分厚い本を取り出して、ページをめくる。そして、ある1ページで手が止まった。
「これだ!歴史書のこの文!
''過去、命運を担う者は全て、産まれて間もなくその腹部が太陽の如く発光したとされる''
マリアもしかすると子、世界を救うかもしれないぞ!」
「本当に!?この魔物に溢れた世界をこの子が救ってくれるかもしれないの!?
でも…そんな事をこの子に任せてしまってはよ可哀想よクリスト…
私は、普通に育って元気で生きてほしいわ!」
真剣な眼差しをするマリアに、クリストは優しく微笑む。
「そうだねマリア。この子の運命はこの子が決める事だ。僕たちは大事に育てる事を考えていこう!
そうだ!名前を決めてきたんだ!
アリシア語で''最上''を意味する言葉から''ラストル''と名付けようと思う!」
「ラストル…ラストル・リーベルト。いい名前ね!産まれてきてくれて、ありがとうラストル。」
いつしか部屋を照らした閃光は消え、いつもと変わらぬ虫の声が聞こえる夜に戻っていた。
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空には欠けた月。
ただの一度も、夜明けが来た事の無い深淵の地。
禍々しい形をした不気味な城の最上階の玉座にそれは鎮座していた。
どこまでも黒い髪。折りたたまれた蝙蝠のような翼。若々しい顔に青く光る瞳。
魔王城の主のこの者は、静かに自らの運命を直感していた。
玉座の間の扉を激しく叩く音が響く。
「魔王様!グーシオンでございます!至急お話したい事がございます!中へ失礼してもよろしいでしょうか?」
慌てた様子で、扉の向こうから嗄れた声が聞こえる。
「入るが良い。」
魔王は静かに低い声で許可した。
ロープを着た背の低い、腰の曲がった老人姿のグーシオンが扉を開けて入ってきた。
「失礼致します!魔王様…実は、非常に申し上げにくいお話なのですが…
先程、予知水晶にて…その…」
「余が勇者に討たれる予知を見たのだろう?」
玉座で頬杖をついた魔王はニヤリと笑いながら、配下のグーシオンに言う。
グーシオンは狼狽えた様子を見せた。
「ご…ご存知でしたか…!何と申し上げれば良いか…」
「グーシオンよ、何年余の下にいる。
言いたい事があるなら遠慮せずハッキリ言うが良い。
今更、余の命が脅かされたぐらいでは、特に驚かぬ。
予知水晶の内容は、余の超直感でも知り得た。」
魔王はゆっくりと玉座から立ち上がった。
玉座の段差を踏みおりる音が響く。
「予知を覆すために、このグーシオン、今から誕生した勇者の元へ向かい、命を奪おうと考えております!」
グーシオンは真剣な眼差しで魔王を見る。
魔王は静かに口を開く。
「やめよ。
産まれたばかりの勇者は世界の加護を受けている。安易に近づけば世界からの抑止力を受ける事になる。運が良くても半身が無くなると考えていた方が良い。
それに、余は優秀な魔導師である其方を失いたくは無いのだ。」
魔王はニコリと笑った。
「グスッ…勿体無きお言葉でございます!私めに出来る事がございましたら、何なりとお申し付けくださいませ魔王様!」
グーシオンは白い布で涙を拭いながら答えた。
「では、グーシオン。ついて来るが良い。
司令塔へ向かう。」
魔王はグーシオンを横切り扉の方へと向かう。
「わかりました魔王様。しかし、司令塔には全ての魔のもの達に伝達できる''蛮声の角笛''があるだけですが、一体何を…?」
魔王の後ろに付いていくグーシオンが不思議そうに尋ねると、魔王は立ち止まり振り返った。
「余の、この魔王ルシフェウスに付き従った世界全土の猛者、盟友、協力者達を、長き労役から解放してやらねばなるまい。」
魔王ルシフェウスは静かに笑った。