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閻魔様は引きこもり!

作者: 山口りんか

 


 無職……。この言葉は現代世界では死を意味する。

 知り合い、友達、恋人、全てが自分の元から離れていってそれを実感することが出来るから。



 ◆◇◆◇◆◇



 例えばスマホの連絡先。

 今、僕のスマホに入っているのは母さんと弟の連絡先だけだ。




 しかし、優しい母さんも今や見る影もない。実家に寄生していると常に小言を言われて精神的に参ってしまう。

 ほら、現在もこうやって家を抜け出してホームレス生活を送っているのだ。



「ここはどこだろうな」



 母親の財布から3万円ほど抜き取って、ここまで来た。よく分からない場所だ。

 とりあえず離れたかった。

 自分が知っている建物から、自分に残っている思い出から、そして自分を知っている人物達から。



「はぁはぁ……」



 樹海を彷徨(さまよ)っている男は30代くらいの外見にヒゲを生やしている。

 暗闇の中をゆっくりと進む。その姿はまるで熊のようだ。



「もう無理」



 しかし体力が尽きたようである。男は勢いよく、地面に倒れ込んでしまった。

 死んだように倒れた男が立ち上がることは二度となかった。



【ガサッ】



(もう終わりか……僕の人生は)



 男はそう思いながら走馬灯のように自身のくだらない人生を思い返していた。



(両親の期待に応えきれなかった。医学部に落ち続けて)



 結局、両親の病院は弟が継いでくれたから良かったけど。

 優しい弟にはいつも励まされたっけな。



(はは。これでもう終わりだ)



 男は最期の瞬間(とき)を笑顔で迎える。小さかった頃の楽しい思い出を頭に浮かべながら。




 男の名前は『西園寺(さいおんじ) 健吾(けんご)

 享年、32歳だった。

 餓死という理由で死に至った彼の意識は、闇の中へと落ちていく。



 あぁ死ぬってこんな感じなのか。生まれ変わるなら、草にでもなりたい……。

 いや、【神様】にでもなってみたいな。そうすれば楽に過ごす事が出来る気がする。



 暗闇の中で男はニヤついた。

 しかし、その願いは聞き入れられないのだ。意識の暗闇の中で西園寺の耳に若い男のような声が響く。



「……ま……さ……ま」



 死んだはずなのに音が聞こえるなんて事はありえないはずだ。

 もしかして死に損ねた?

 最悪の状況も考えながら僕はその声に集中した。



(なんだ?……頭の中に響く声は……)




 僕に向かって聞こえているような気がするんだけど。よく聞こえないな。

 でもしつこい。何回も何回も声をかけてくるんだ。



(うるさい……うるさい……)



 うるさすぎて俺の心はイライラしていた。

 そして遂に。



「うるさいぞ!」



 とうとう声を出してしまった。

 いつもは温厚な僕がまさかな。最近イラついていたからしょうがないかも知れないけど。



(ん?)



 男は気づいてしまった。

 声を出せている事に、意識がハッキリとしている事に。



(声出るじゃん。でも死んだんじゃなかったっけ?)



 体の感覚も戻ってるしまぶたも動きそうだ。それに少しまぶたを開けると光が差し込んだ。

 これで分かった。

 この光はこの世のそれではない。暖かくまばゆい光は死後の世界を連想させた。



(ここは天国なのか?)



 と思うほど体は軽く頭も冴えている。

 この感覚は久しぶりだ。

 家に引きこもってからというものの、体はダルくて頭はボーッとして最悪だったからな。

 死ぬ前に樹海を彷徨ってた時の方が頭が冴えてたくらいだ。全くもって笑える。



(でも、ここは本当に天国なのか?)



 僕は怖くてまだ完全には瞳を開けていない。

 もしかしたら病院のベッドの上かもしれないし、実家のベッドの上かもしれない。

 まだ生きているのか死んでいるのか確信できないのだ。

 また、あの生活が続く。そう考えるだけで現実を確かめるのが怖くなる。



(ずっと目をつぶっていたい)



 そう思った瞬間だ。頭に衝撃が走った。



「早く起きんかい! もうとっくに意識はあるはずやぞ!」

「痛っ……」



 ハリセンのような物で頭を叩かれたらしい。

 頭頂部がジンジンとして頭がクラクラする。



(何なんだよ一体……てか、なんで頭頂部が痛くなってるんだ?)



 そこで僕は気づいたんだ。僕は今ベッドの上にいないと。

 寝ていたら頭に痛みを感じないからな。枕に包まれているはずだ。



(寝ていないという事は……)



 怖いという感情よりも、確かめたい、という感情が勝ってしまった。

 僕は目を勢いよく開けたんだ。



「え?」



 するとどうだろう。

 目の前にいるのは、猫耳や尻尾が生えた人間や、他の体の一部が獣となっている人間が数十人、膝をつけてこちらを見ていた。



(なんだこれ?……コスプレ大会でもやっているのかな)



 僕は状況を飲み込めなかった。

 広い屋内に、目の前にいる獣人達……。

 ひょっとして、ここは夢の中なんじゃないだろうか。最初はそう思った。

 でも、体の感触はハッキリとしているんだ。

 僕は金と銀で作られた椅子に座っていたから、金属の冷たさが手に直接感じる。



 着ている服も生地が良くらしくて触り心地が最高だ。

 もちろん、柄も青と黒のラインが所々入っていてデザイン性も申し分ない。

 だけどこれは王様って言うよりは魔王って雰囲気がした。



 いや気がした……。じゃないな。

 本当に僕は魔王になっちまったんだ。目の前の獣人が僕を見て言ったんだよ。




「閻魔様……復活…したのですね……」



 って。

 復活って何の事だ?

 僕はただの無職のおっさんだぞ。

 見た目もそうだ。自分の手を見たり、体を触って確認しても生前の姿のままだと思う。

 無精髭だし、髪もボサボサだし……。逆に閻魔様っぽいかもしれないけどさ。



 そうやって自分の体を触っている時だ。また、あの衝撃がやってきた。今度は、横側から。



「やっぱり、起きとるやんけ!」



 今ならハッキリと分かる。

 この声の持ち主は女性だ……。

 しかも恐らくヤンキーみたいな見た目なのだろう。

 喋り方が汚いし頭を思いっきり叩いてくる。



 一体、どんな顔してるんだろう。人の頭を思いっきり叩きやがって……。



 僕は頭を抱えながら横を向いた。歯を食いしばりながら怒りを抑えて。

 でも、その視線にいたのはヤンキーじゃなかったんだ。

 むしろその逆。長い黒髪で優しい表情、巫女のような衣装を着てこちらに微笑んでいた。

 まるで天使のようなその姿に、僕は少し見とれてしまったが、すぐにこいつが犯人だと分かった。



(ハリセンを右手に持っている)



 こいつが僕の頭を叩いたのか。

 見た目とのギャップがすごすぎて、僕は声が出なかった。

 代わりにハリセンを持った女がこっちの耳に口を寄せてきたんだ。

 周りに聞こえないように(ささや)くために。



「あの……あんた閻魔さんやんな?……」




 何言ってるんだこの女は。

 本当は声を大にして、違う!、と大声で叫びたかったが潤んだ瞳で見つめられるとそうはいかない。

 僕も、彼女の耳に近づけて(ささや)いた。



「違いますよ。僕、西園寺っていいます」

「嘘やろ、お前だれやねん。わし……復活の呪文、間違えてしもうたんか」

「復活の呪文?」

「あぁ、閻魔様が死んだらしくてな、呪術師のわしが呼ばれたっちゅうわけや」



 ようやく理解した。

 なんで僕が閻魔様になったのか、それは単に間違えただけらしい。

 でもそれだと。失敗した事がバレれば僕もヤバい。

 そこで小さな声でこの女に真偽を尋ねた。



「それで閻魔様を復活させるつもりが、間違えて僕を復活させたと」

「そうらしいな」

「なら早く、元に戻してくださいよ。僕を天国に連れてってから閻魔様を復活させればいいじゃないですか」

「それは無理なんじゃ」



 僕の頭は一気に真っ白になった。



「なんでですか?」

「復活の呪文に必要な、地獄の秘宝を使ってしまったから」

「え」

「そうじゃ。西園寺とやら閻魔様を演じるつもりはないか?」

「嫌ですよ。目の前にいる獣人に事情を説明して、帰らせてもらいます」



 こんな危険な場所はすぐにでも立ち去りたい。

 でもこの女。僕の危惧していたことを言って引き留めようとするんだ。

 椅子から立とうとする僕の腕を掴んで止めようとしている。



「待て待て待て……。そんな事をすれば、お主もわしも、地獄で永遠に苦しむ羽目になるぞ……。あいつら、気が立っているんじゃ」

「はぁ、閻魔様に演じるですか」

「簡単なお仕事じゃよ。椅子に座って偉そうにしとればええんじゃからの」

「……」



 僕は黙り込んだ。

 だってしょうがないだろ。急に閻魔様になってくれって……どうかしてるよ。

 でも待てよ。



(椅子に座ってるだけで良いのか)



 閻魔様っていうのは意外と悪くないかもしれない。

 確か……嘘をついた人達の舌を引っこ抜くだったか……。

 子供の頃は怖かったけど今なら別にどうという事はないな。

 僕はハリセンを持った女に微笑むと、目の前に座っている獣人達に大声をあげて(こた)えた。



「皆! 待たせたな。我は閻魔だ」



 よし言ってやったぞ。

 これで僕は閻魔様になった。

 ハリセンを持った可愛い女の子も、僕に惚れちゃったりしないかな。



「ふふふ」



 なんて期待を抱きながら横を向いたんだ。

 そしたらさその女の子がすごいニヤニヤしてた。

 なぜニヤニヤしてるのか、分からなかったけどすぐ理由が分かったよ。



 そのまま女の子が僕に向かって言ってきたんだ。



「あなたは嘘をつきました! はい! 舌だして」


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