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ー38ー

 呼ばれたからちょっと行ってくるねと、二人に断りを入れ、そっと部屋を抜け出した。白石さんに連れて行かれた個室には、小夜と関根さん、その向かい側には佐藤くんと木村さんが座っていた。


「瑞稀ちゃん、お疲れさま。こっち座って。何飲む?」


 関根さんが席を一つずれ、手前の椅子を空けて私に座るよう促した。


「あんた、なんでこっち寄ってくるのよ? 戻りなさいよ!」

「まあまあいいじゃないの。瑞稀ちゃん、早く座って!」


 小夜にぴったりと寄り添うように座る関根さんに、にこにこと椅子を勧められ、小夜と関根さんの間に座りますと言えるわけもなく、促されるまま腰を下ろした。


「みんな、何飲んでるの?」

「ハイボールだよ。瑞稀ちゃんもそれでいい?」

「うん。ありがとう」


 関根さんが手際よくお酒を作っている隣で、小夜はこっちに寄ってくるなハゲと言いながら、肩で関根さんを何度も押し返している。


 関根さんのとりあえず乾杯しようかの声に、各自グラスを持ち、お疲れ様でしたと言いながら、カチンカチンと音を立ててグラスを合わせた。


「白石さん、お客さんなのに手伝わせちゃってほんとにごめんねー。すっごく助かったよ」


 いいえそんな……と白石さんがちょっと照れたように顔を赤くした。


「ほんと、すっごい騒ぎでしたねー。こんなにたくさん集まるとは思わなかった」

「うん。クリスマスイブだっていうのにね。みんな、ひ・ま!」


 人のことは言えないけどねえと言いながら、あははと一斉に笑う。


「でも、本田さんには断られましたよ? メールでじゃなくて、直接お誘いしたんですけど、クリスマスイブくらい早く家に帰らないと、奥さんに離婚されちゃうって泣き真似されました」

「離婚? それはさすがに大げさだけど、一年間小遣い抜きくらいだったら絶対ありそうだ」


 関根さんが頷きながら言った。


「そんなのどうせ口実! ふつー帰りたいに決まってんじゃない? 可愛い奥さんが待ってるんだもん。もっとも、あんたはどうせ奥さんより飲み会を取るわよね」


 空になったグラスを関根さんに向けて差し出し、顎でお代わりを要求しながら、蔑むような目線で関根さんを見ている。


「俺は、奥さんが一番ですよー、もちろん」


 関根さんは戯けた様子で小夜の肩を肩で小突いてグラスを受け取り、ささっとお酒を作って小夜の目の前に置いた。


「そういえば、酒井さん……」

「あのハゲ? あんなの呼んでるわけないじゃない!」


 私が言い終わる前に木村さんが忌々しげにたたみかけた。


「ははは。嫌われたもんだなあ、酒井も」

「関根さんも河原さんも、名前言うの止めてください。耳が穢れます」

「そうですよー。あんな人の名前なんて聞きたくないです」

「いっそ会社辞めてくれれば清々するのに」

「そのうち、クビになるんじゃないの? 問題ばっかり起こしてるんだから」

「ほんと、性格悪いし、人に迷惑ばっかりかけて、今なんてもうすっかり浮いてて誰にも相手にされてないのに、なんであんな人が会社にいるんだろう?」


 木村さんの言葉に、白石さんが大きく頷く。この二人は、今では名前すら耳にしたくないほど、酒井さんを完全に忌み嫌っているのだ。


「まあまあ、二人とも、そう言いなさんなって。何しろ……会社だからねえ。問題起こした確たる証拠があるわけでもなし、色々都合もあるしさ。まあ、大人の事情ってやつだな。それに、あいつだってそれなりに仕事はできるんだからさ。暫くは今のままだろうな」


 関根さんのその言葉に二人が同時にムッとした顔をして唇を噛んだ。


「ほらほら、そこ、嫌な話はしないっ! 楽しい話しようよ! そうだ、木村さん、どうだった?」


 小夜が身を乗り出し、二人の目の前で手をヒラヒラさせて話題を変えた。


「そうそう、ウチの連中と楽しそうにやってたじゃない?」


 思わせぶりに目配せをして笑ってみせると、二人の顔にも笑顔が戻った。


「皆さんと連絡先交換しました」


 木村さんが得意そうにテーブルに置いてあった携帯を手に取り振ってみせると、白石さんが不満そうな顔をする。


「えー? 木村さんだけずるーい!」

「ずるくないって。大丈夫。白石さんのも、ちゃんと教えてあるから。後で教えるね! 電話番号」

「わあ! やった!」

「喜んでるところ水差すようだけど、本当にいいの? ウチの連中って顔はまあまあだけど、中身はやっぱり……」

「大丈夫です! 私たちだってこの業界の女ですから。覚悟はできてます」

「そうそう。私も、今日のことでよくわかりましたから。これからは現実路線で行きます」


 二人は今にもガッツポーズでもしそうな勢いで、声を合わせた。その様子が可笑しくて、飲みかけたお酒を吹きそうになった。


「ははは。どうしたの二人とも?」

「どうしたも何も、河原さんのせいですよ?」

「私のせいって、何が?」

「だって……あんな松本さん見ちゃったら、夢と現実は違うんだなあって思っちゃって。ねえ、白石さん」

「うん。私も思った。今日のは直接見てないから知らないけど、河原さんに怒ってた松本さん、すごく怖くてびっくりしたもん。私、あんな松本さん見たの初めてだった。それ以外にも色々あって、なんか、イメージと違うなあって」

「そうよね。それに関根さんだって、違う」

「えっ? そこで俺?」

「だって……」


 関根さん本人に面と向かって問われ、白石さんが言いにくそうにしているところへ、小夜が割って入ってきた。


「それは、あんたがハゲだからでしょー!」


 そう言いながら、ニット帽をかぶった関根さんの頭をバシッと叩いた。


「小夜ちゃんさあ、何回言ったらわかるの? 俺のは天然じゃなくて人工だって。それにもう……」

「もう? もう何よ?」

「だからさ、それもこないだ言ったでしょ? もうスキンヘッド止めるからって」


 この二人はいったいなんの話を始めたのだろうか。関根さんと小夜の会話の内容がよくわからない。


「それって何の話?」

「こいつ、髪伸ばすんだってさ! ばっかだよねー」


 小夜がバカだバカだと嘲笑しながら、関根さんの頭をバシバシと叩き続けている。それにしても髪を伸ばそうとは、いったいどんな心境の変化があったのだろう。


 関根さんは防戦しながらも、どこか嬉しそうだ。この二人は、顔を合わせればいつでもこんな調子。しかし、今日は二人を見ていて、なぜか違和感のようなものを感じモヤモヤする。


 木村さんと白石さんは、初めて見る二人の様子に目を丸くしている。確かに、これが会社中の女子の憧れ『御三家』の正体。知らない方が幸せだったのかもしれないが、人はいつか必ず、夢から覚めるものだ。


 そういえば、佐藤くんもいたのだった。彼は木村さんの隣の窓際で、壁に寄りかかり頬づえをつき、トロトロと眠そうな目をして私たちの話を聞いている。あまりに静かなのでつい存在を忘れがちだが、佐藤くんはいつでも必ず私たちと一緒。何を思っているのかはわからないけれど、断らないのは、彼なりに楽しんでいるからなのかもしれない。


「何だ、おまえたち、こんなところにいたのか。そろそろお開きにするぞ」

「おっ? もうそんな時間?」


 しまった。ちょっとと言って亮を放り出したまま、すっかり話し込んでしまっていた。関根さんがチラッと腕時計を確認し、立ち上がった。私たちも一斉に立ち上がる。

 

 個室を出ると、みんながぞろぞろと外へ出始めていた。私たちも一旦宴会の行われていた部屋に戻り、コートと荷物を持って外へ出た。店の前で屯ろしている彼らは、二次会はカラオケへ行くぞと盛り上がっている。明日も仕事だというのに、元気な人たちだ。


 彼らをぼーっと眺めていると、突然、腕を掴まれ、河原さんも一緒に二次会行こうよ、と、引っ張られた。隣にいた亮が私の肩をグッと抱き寄せ、こいつは俺が送って行くからと、彼の手を解く。亮に睨まれた彼は、他の二人に両側から腕を抱えられて、みんなの方へ引きずられて行った。


「まったく……あいつらときたら……」

「ほんと、元気よねえ」


 私たち二人の後ろにいた小夜が、呆れ顔でため息をついた。


 酔っ払いの集団は、お疲れ様でした、おやすみなさいと口々に叫び手を振りながら、フラフラとした足取りで歩き出す。行き先は、駅前のカラオケ屋だ。


 木村さんと白石さんは僕がちゃんと送り届けます、と、胸を張る佐藤くんは、酔いが回って眠そうだ。頼りになるのかならないのか、いったい誰が誰を送って行くのやら。


「青木、送ってくよ」

「あ、私はいい。片付け手伝ってからハゲに送ってもらうから」


 小夜が居残ると聞いたからか、関根さんがちょっと嬉しそうに笑った。


「それじゃ、俺はこれで。瑞稀、明日は頼むよ」

「了解!」


 挨拶を交わし、啓はちょうど来たタクシーを捕まえ、一人で乗り込む。


「俺たちも帰るか」

「うん。そうだね」

「関根、青木さん、ちゃんと送っていけよ」

「何だよそれ? おまえに言われたかねーよ……」


 ちょっと挙動不審な笑いを醸し、関根さんは口を尖らせた。小夜も苦笑いしているように見える。


 じゃあね、おやすみ、また明日と、少しだけ物足りなさを残しながらも、並んで立つ二人に見送られて、店を後にした。


「どうする? 少し歩くか?」

「うん」


 すっかり葉が落ちて枝だけになった街路樹を眺めながら、ゆっくりと表通りに面した歩道を二人で歩く。吐く息が白い。冷たい空気が酔い覚ましにちょうどいい感じだ。


 私はちょっと冷たい指先を亮の指に絡めた。彼は、温度を確かめるように絡めた指を少し撫で、私の手をコートのポケットへ入れた。ポケットの中で握られた手が彼の温もりで温められていく。


「あ!」


 小さく叫んで足を止めると、彼も足を止め、驚いた顔で私を覗き込む。


「どうしたの?」


 違和感の正体がわかり、思わず笑みが溢れる。


「春だね」


 亮は、突然何を言い出すのかと、不思議そうに私を見つめた。


「冬はまだこれからだぞ?」


 違うよ。冬にだって春は来るんだよ、と、私は心の中で呟いた。




 完了

お読みくださり、ありがとうございました。

本編は、これにて完了となります。が、まだ少しだけおまけが続きます。

お付き合いどうぞよろしくお願いいたします。

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