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ー37ー


 出がけに掛かって来た客先からの電話とその対応のため、三十分ほど遅刻して関根さんの店へ入った。打ち上げの行われている部屋では、すでに宴会真っ盛りだった。




 何これ。




 入り口で全貌を見渡している時、白石さんが私の横をすり抜けようとしたので、声をかけた。


「白石さん!」

「あー、河原さん! やっと来た」

「どうなってるのこれ?」

「どうもこうもありませんって。クリスマスパーティーってメール流したら、みんな来ちゃったの。テンション高くて、お酒も料理もすごいペースでなくなるしもう大変」

「で、これは?」


 白石さんが重そうに持っている料理の大鉢を指差した。


「あ、これ? なんかね、お店のスタッフが急にお休みしちゃって手が足りないとかで、手伝ってるんだ」


 満面の笑みでそう言うと、エスニック唐揚げサラダお待ちどーさまーと大声で叫び、慣れた様子で料理を運んで行った。


 二社合同、しかも年齢層は二十代前半からおじさんまでとバラバラ。当然、会社ごとにそれぞれ分かれて席に着き、自己紹介とまではいかなくとも名刺を交換したり、上司の挨拶があったりと、ごく一般的な打ち上げ会をイメージしていたが、すでに無礼講と化した宴会の様子は、想像を絶していた。まだ開始から三十分程のはずなのに、なぜここまで両者入り乱れているのだ。


 ウチのスタッフは全員、木村さんを取り囲み、その横には佐藤くんがぴったりと張り付いている。小夜はプロジェクトチームのエンジニア全員に取り囲まれ、酒を勧められていた。みんな楽しそうに笑い声を上げ、亮は啓と二人、ビールを飲みながら何やら話し込んでいる。関根さんの姿はない。スタッフが足りないと言っていたから、きっと忙しいのだろう。


 呆然と立ちすくんでいると突然腕を絡められた。


「河原さん! こっち座って」

「瑞稀! やっと来た! こっちこっち」


 小夜が、私を見つけ、手招きをしている。腕を絡められたまま、引きずられるようにして、小夜たちの輪の中心に連れ込まれた。


「河原さん、とりあえずビールでいい?」

「料理も好きなもの言ってくれれば取るから。ほら、おまえ、早く河原さんの取り皿と箸持ってこいよ!」

「これもう空だよ。あ、こっちにある。これまだ手をつけてないやつ」


 有無を言わさずグラスを持たされ、ビールを注がれた。取り皿と箸が素早く用意され、大皿の料理はテーブルの中央から、私の目の前に寄せられた。


「何がいい? 取ってあげるよ」

「とりあえず乾杯しようよ。河原さんとまだ乾杯してないんだから」


 全員でカチャカチャとグラスを合わせ、飲め飲めと勧められ仕方なくビールを煽ると、すかさずお代わりが継ぎ足される。言葉を発する暇もない。


 一緒に仕事をしている時には、寄り付きもしなかったくせに、このちやほや具合はいったいどうしたことだ。いや、どうしたことでもない、やはり顔か。わかりきってはいるが、毎度毎度、容姿の力はすごいと思い知らされる。


 隣の小夜はといえば、やはり同様に、酒だ料理だと次から次へサービスを受け、可愛い、彼氏はいるのか、この後二次会行こうよ等々、積極的なアプローチを受けている。この手の輩への対応は、小夜にとって赤子の手をひねるようなものだが、ニコニコと愛想笑いを振りまき上手に躱しながらも、内心いい気はしてないだろうなと想像がつく。


 私はもちろん、こういうのは好きではない。素顔を解禁し、さらに酒の席ともなれば、こうなることは必然であるとわかってはいた。だが、小夜のようにうまく対処できるかといえば、そうでもないわけで、一応愛想笑いらしきものを浮かべながら、どうしたものかと思案に暮れていた。


「瑞稀」


 この騒めきの中でひときわ通る声が、私を呼んだ。ピタッと、周囲の喧騒が止み、声の主へと全員の視線が注がれる。


「酒は後だ。こっちへ来て先に食事を済ませなさい」


 注目を浴びながら、亮が言い放つ。その言葉に、この場のすべての人たちが、何事が起きたのかと驚き目を丸くする中、小夜だけが笑いをかみ殺していた。


 満座の中での彼のこの言葉は、とてつもなく恥ずかしいが、内心ホッとしたのも確かだ。私は、これ幸いと手に持っていたグラスをテーブルに置き、すみません、ちょっと失礼しますと言い、かろうじてできたほんの少しの隙間からなんとか席を抜け出し、亮と啓の間に腰を下ろした。


 今がチャンスとばかりに、小夜もちょっと失礼しますね、と言って席を立ち、逃げるように部屋を出て行った。


 亮に箸を持たされ、取り分け済みの料理を食べるよう目で促されたが、すべての視線は、未だ私と亮に注がれたまま。衆人環視の中で、食べ物を口に運ぶなんて芸当は到底無理だ。


 私の様子を察したのか、亮がジロリと周囲を一瞥する。その途端、彼の眼光の鋭さにみんな何かを察したのか、まるで何事もなかったかのように、こちらから視線を逸らし酒を酌み交わし歓談を始め、元の喧騒が蘇った。私の左隣では、啓が顔を歪め面白そうにクツクツと笑っている。一瞬、啓を箸で刺してやろうかと思ったが、とりあえず先に食事をしようと私は箸を持ち直した。


 関根さんのお店の料理はどれも美味しくて好きだ。身内の宴会だからと手を抜くどころか、普段のメニューにない特別な料理もある。元々、この宴会でお酒を飲む気もなかった私は、亮と啓に挟まれた安全圏で、黙々とそれらを味わった。




 宴も酣、お酒も料理もほぼ出尽くした頃、周囲の様子はやっと落ち着きを見せてきた。


 両社の若手たちは、いつの間にか携帯を手に持ち、画面に夢中になっていた。時折、言葉とは思えない呻き声やあーっと叫ぶ声が聞こえる。きっと、ネット対戦ゲームでもしているのだろう。おじさんたちはおじさんたちで、いつのまにか飲み物をビールから焼酎に変え、こそこそと何か話し込んでいる。


 小夜は、あれきり戻ってきた様子がない。気がつけば、木村さんと佐藤くんの姿も見えなくなっていた。どこへ行ったのだろう、トイレかな、と思いながら、何気なく入り口の方に目をやると、部屋の外から少しだけ顔を出した白石さんが、私に向かって手招きをしているのが見えた。



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