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いつもお読みくださりありがとうございます。
ラストまでもう少しです。
どうぞよろしくお願いします。
「というわけで、頼まれちゃったのよ。打ち上げ」
頬づえをつき、半分ほどになった水のグラスを片手で揺らして遊びながらため息をついた。
「まあいいんじゃないの? でもさ、それって……打ち上げ口実にした合コンだよね?」
小夜はあははと笑いながら、ごま油とガーリックで味付けされた枝豆を口に放り込んだ。
「合コンにしては、男多過ぎだけどね」
「瑞稀ちゃん、お待たせー! カシスソーダねー!」
二人で顔を見合わせて、クスクス笑っているところへ、関根さんが飲み物を運んできた。私の目の前にグラスを置き、関根さんは向かい合って座る小夜の隣に、肩を密着させるように座り込む。
透明なカッティンググラスに映る赤紫色の綺麗なソーダ水に、炭酸の小さな泡がキラキラと揺らめいている。小さなミントの葉と可愛く飾り切りされたレモンがちょこんと飾られていて、見るからに美味しそうだ。
「関根さん、ありがとう」
早速、乾いた喉を潤そうとグラスに伸ばした手首を、隣から伸びてきた亮に掴まれた。
「酒止めたんじゃなかったのか?」
「へ? 私そんなこと言ったっけ?」
ああ、そうだった。ベッドの中で確かに私はそう呟いた。でも、あの時、この人は熟睡していたはず。もしかして、あれは寝たふりだったのだろうか。あれが寝たふりだったとしたら、怖い男だ。次からは気をつけなければ。
「確かに聞いたぞ。もう酒やめようって」
「嘘? 本当に? 夢でも見たんじゃないの?」
「おまえ……」
「あー、でもさ、ほら、これジュースだから」
ヘラヘラとごまかし笑いをする私を睨みつける亮の目が怖い。
「わかった。じゃあさ、これやめて、ビールにする! ビールならいいでしょ?」
「……ビールも酒だろうが」
「ええ? そーなの?! 知らなかった! ビールってお酒だったの?」
小夜がブハッと飲みかけのレモンサワーを吹き出した。慌てた関根さんが手渡したおしぼりで、手だけで口元とテーブルを拭きながら、涙を流しそうな勢いで笑っている。
「無理無理。瑞稀が飲まなかったら、もう瑞稀じゃないから」
「えーひどい。何その言いよう」
「だって本当のことじゃない?」
「小夜ー!」
おしぼりを掴んで小夜に投げつけた。
「まあまあ、いいから。どんどん飲んで食べて飲んで。それで? 打ち上げの話はどうなってるの?」
「打ち上げねえ……どうしたらいいんだろう? もうすぐ今年も終わりだし、今から予定するとなると、新年会?」
「年またいじゃうのってどうなのかなあ? でも、今年中ってのも今更だしねえ」
小夜の小皿に料理を取り分けながら、関根さんが口を挟んできた。
「何人くらいの宴会?」
「んー……うちが六人? 七人? あっちは、十人ちょっとかな? でも、どうせ全員は来ないでしょう? ウチは飲み会しょっちゅうだから、声かけて予定が合えばみんな出てくるだろうけど、あっちは、そういうことしない会社らしいから。でしょ? 亮」
「ああ、そうだな。ウチには、今はそういう習慣はない」
「俺がいた頃は、結構みんなで飲み歩いたんだけどねー。最近の若い子はそういうの嫌がるでしょ? だから、だんだんやんなくなったのよ」
「ふーん。ウチの連中はそんなことないけど。会社によるのかなあ?」
「小夜ちゃんとこは、みんな若いじゃない? ウチは、親父と若者に二分されてるからねえ。話しが合わないのよ」
「なるほどー」
「飲み会で上司の説教聞いたって、何にも面白いことないしさ」
「まあ、そうよね」
「で、どうすんの? 新年会で決定?」
「うーん。どうだろう? その頃ってこの辺りのお店、どこもいっぱいよね。こんなに遅くなって予約取れるかな?」
「それはどうだろう? 会費次第かなあ?」
「じゃあさ、いっそ、新年会やめて、クリスマスパーティにしちゃえば?」
「えー? クリスマスなんてもうすぐだよ? 宴会の予約なんて取れるわけないじゃない」
私と小夜が相談していたはずなのに、なぜか、小夜と関根さんの二人だけで、話が進められていく。私は、二人の話を聞きながら、カシスサワーをちびちび飲み、亮が取り分けてくれた料理をつついていた。
「いっそ、ここでやれば?」
「ここ? あんたの店? できるの?」
「うちの店ってクリスマスディナーって感じじゃないからさ。忘年会シーズンは忙しいけど、クリスマスの頃って割と暇なんだよね、もう年末だしさ。だから、二十人程度だったら座敷でもいいし、ここぶち抜きもできるし、なんなら貸切もOKよ」
「へえ、いいんじゃない? 瑞稀、どう思う?」
「うーん……悪くはないと思うけど、クリスマスってもう来週よ? 急過ぎない? それに、クリスマスはさすがに予定のある人も多いだろうしさ、やっぱり難しいんじゃない?」
「そーかなあ? ねえ、ハゲ。クリスマス、あんたなんか予定ある?」
「俺? 別にないよ? 小夜ちゃんは?」
「あるわけないじゃない。瑞稀は?」
「私? 別にないけど……」
「あんたが予定なしなら、松本さんも予定なしだよね。私たち全員、予定なしってことは、他も似たようなもんなんじゃない?」
「そうかもしれない」
「絶対そうだって。だいたいさあ、ウチらの業界、クリスマスに予定がある独り者なんているわけないもん」
「あ、俺、やっぱり予定ある! 小夜ちゃんとデート」
「はあ? ばっかじゃないの? 誰があんたなんかと!」
小夜の肩に頭を乗せた関根さんを避けようと、小夜が仰け反った。
「ちょっと、ちょっと! そこ、揉めない! デートはだめ! 御三家は出席必須だから」
「御三家? 何それ?」
「えっとね、あの会社の女の子たちの間で、亮と本田さんと関根さんは、格好良いトップスリー『御三家』って呼ばれてるの」
「このハゲが格好良いって? その子たち、視力大丈夫?」
「小夜ちゃん……ひどい。俺、泣くよ?」
「もう、いいから! とにかく、彼女たちの目的を考えたら、この三人は絶対に外せないの」
「あ、でも、本田さんは無理だよ。クリスマスはさすがに奥さんのところに帰してあげないと、来年一年間、小遣い無しになっちゃう」
「本田さんの奥さんって、本当にそんなに怖いの?」
「さあ? 知らないけど、いつも言ってる」
「あはは。きっとそれただの口実よ……」
奥さんの話をする本田さんの、少しお茶目で優しそうな顔を思い浮かべながら、私のいないところで亮は私のことをどんな風に話すのだろうなと思った。
そのまま打ち上げは、なんとなく二十四日、クリスマスイブのパーティに決まり、会場は関根さんに任せ、ウチの会社は小夜がまとめ、あちらは私が白石さんに連絡することとなった。その後は、相も変わらず関根さんと小夜の夫婦漫才のような応酬を楽しみ、お酒も料理も進んだ。
一つ気がかりと言えば、啓のこと。会社に戻った後も、終日、彼の姿を見ることはなかった。あいつは絶対に私を避けている。でも、一緒に仕事をしている以上、今の状態を続けるなんて不可能だ。どこかで、話し合いをしなければならないのだが、そのタイミングが難しい。もちろん、できるだけ早いうちに関係を修復した方が良いに決まっている。今日のようなことがこれからもあったら、やりにくいことこの上ない。思い出すと腹が立ってきた。
「ちょっと電話してくる」
「瑞稀?」
敏感な小夜は既に私が誰と何を話そうとしているかを察して、少し心配そうな顔をしている。
「大丈夫。喧嘩はしないから」
「喧嘩するのもいいんじゃない? あんたも一発くらい殴っといたらいいのよ」
「うん。グーでね」
そう言いながら小夜ににっこりと笑いかけ、亮と目を合わせて頷き、私は席を立った。




