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ー22ー

「ほら、あの人よ。あのメールの」


「よくもまあ会社に顔出せるわよねぇ、恥ずかしくないのかしら?」


「しっ! 聞こえるわよ」


 エレベーターを降りてオフィスへ向う途中の廊下で、早速女の子たちのコソコソ話が聞こえてきた。すでにあのメールの噂が、チーム外にまで広がっている。すれ違う男の人たちは私を見つけても見て見ぬ振り、中には露骨に顔を背ける人もいた。本田さんと亮は、周囲の様子に険しい表情を浮かべている。私は、素知らぬ顔で彼らを観察していた。


 本田さんと別れ、亮と二人でオフィスに入り、お互い顔も見ず無言でそれぞれの席に着いた。一見、彼らは各自仕事に集中し、私たちの入室を気にしていない様子だが、いつもと空気が違うのがわかる。苦虫を噛み潰したような顔でモニターを睨む亮の様子に、みんな問題を起こした私が、何らかの処分を受けると考えているのだろう。私のデスクから離れた場所では、こちらをチラチラ見ながら小声で話しをし、笑っている人たちもいた。


 ただ、私のグループの女の子二人の様子は、他の人たちとはなぜかちょっと違う。二人でコソコソと何か相談をしたかと思うと、私に休憩室へ行くようにと、手で小さな合図をし席を立った。


 彼女たちもメールの真相を確かめたいのだ。今、事実を明かすことはできないが、彼女たちを放置するわけにもいかない。どうせ誤解は明日には解けるだろうと腹をくくり、彼女たちの待つ休憩室へ行った。


「河原さん、こっち!」


 隅の方で、二人が早くおいでと手招きをしている。


「どうしたの?」


 近づいて行くと、何かに興奮して目を輝かせているのがわかった。


「ビッグニュース! ほら、これ見て!」


 白石さんから携帯を受け取り、その画面に目を疑った。そこには、亮が私の腰を抱いて、二人で笑っている写真があった。


「何これ?」


「何って、わかんない? 松本さんよ」


「こんなにくっついちゃって……きっと彼女よね? そうでしょ?」


「絶対に普通の関係じゃないわよね」


 驚き過ぎて言葉が出てこない。この写真の場所は、湖畔の洋風庭園だ。あの日は天気も良くて、周りには人が大勢いたし、カメラを構えて景色や記念写真を撮っている人たちもたくさんいた。でも、まさか自分たちがこんな写真を撮られていたなんて、気づきもしなかった。とにかく、写真の出どころだけは確かめなくては、と、思った。


「この写真、どうしたの?」


「これ? これね、総務の飯田さん、って言っても知らないか。飯田さんって私たちの同期で、仲の良い子なんだけど、ついこないだ十年越しの彼と結婚したばかりでね、すごいでしょ? 十年も付き合ってたなんてさあ。しかも、私たち内緒にされてて、全然知らなかったのよ」


「白石さん、写真の話だってば! 飯田さんの話は今関係ないわよ」


「あ、そっか、ごめん、写真だっけ。えっと、それでね、飯田さんが連休に旦那さんと旅行に行って、偶然松本さんを見かけて、で、こっそり撮った写真を今朝私たちに見せてくれたのよ」


「このこと、今はまだ私たちのグループ内だけだけど、絶対に誰かが流すから、明日には会社で知らない人はいないわよ」


「グループ?」


「あ、そっか、河原さんは外部の人だから知らないわね。実はうちの会社、裏のSNSがあるんだ。みんな、結構使ってるわよ? 社内の噂は全部ここで回ってるって言ってもいいくらい。あ、グループっていうのはね、よく遊びに行く五人で相談とか内緒話に使ってるやつで、その内の一人が飯田さんなの」


「飯田さんね、旅行先で松本さんに遭遇しただけでも驚きなのに、女の人と一緒だったでしょ? だから、びっくりして写真撮ったんだって。でも、さすがにバレると困るから、近くからは撮れなくて、この大きさが精一杯だったって残念がってた」


「うん。残念よねー。小さくて顔よくわかんない。拡大するとボケちゃうし」


「飯田さん、見るだけはしっかり見たって言ってたじゃない。背が高くてすっごく綺麗な人だったって。松本さんの彼女だから、やっぱり普通の人じゃないのね」


「そうよ、松本さんは特別だもん」


 彼女たちの考える亮は、きっと恋人に薔薇の花束を贈り、ロマンチックなデートに誘う王子様なのだろう。まったく、想像の世界と現実との乖離は凄まじいものがある。


「だからね、河原さんは噂なんて気にすることないわよ」


「え?」


「あのメールの話。今はあの噂でもちきりだけど、どうせ明日にはこっちの話に変わっちゃうから」


「そうそう、こっちのニュースの方が絶対大きいもん」


「あなたたちは、あのメールのこと……」


「あれ? あれは絶対誰かの陰謀に決まってる」


「うん。絶対そう。絶対に誰かが河原さんを陥れようとしてるのよ。だってさ、そもそも河原さんがあんなの書く? それにもしよ? もしも書いたとしたって、直接本人に送るでしょ? なんでメーリングリストに流したりするわけ?」


「そうよ。間違えてやっちゃったって言われたところで、河原さんがそんな間抜けなミスするなんて考えられないし」


「そうよね。白石さんだったら、送信ミスしても不思議じゃないけどねー」


「ひっどーい! 私、そこまで間抜けじゃないもん」


「えー? そーだっけ?」


 この二人は、私を慰めるために休憩室へ呼び出し、亮と私の噂話をしてくれていたのだ。


「そうだ、河原さん、さっき松本さんと一緒に戻ってきたでしょ? 何か言われた?」


「え? 何かって……私のメールだからって事情聞かれたけど、それ以外は特に何も」


「そっか。だったら、上はまだ何も決めてはいないんだわ。どうなんだろう? 半信半疑ってとこかしら? それとも他の誰かかもって目星つけてるとか」


「うん。わかんないわよ。うちの上、頭いい人揃ってるから、簡単じゃないわ」


「そうよね。でもさ、誰がやったにしろ、不思議よね。なんであんなことしたのか目的がわかんない」


「そうなのよ。目的さえわかれば、きっと犯人はすぐわかるんだろうけど。どっちにしろ、河原さんを陥れて得をする人が犯人ってことよね」


「ねえ、思い出したんだけど、あの噂だってよく考えてみたらなんか変じゃない?」


「噂? ああ、そっか! そう言われてみればそうよね? でも、あの噂、どこから出てきたんだろう? 木村さん、覚えてる?」


「さあ? 忘れたっていうか、知らないうちにあったみたいな感じ? 白石さんは? どこから出てきたか記憶ある?」


「覚えてたら聞かないってば!」


「あはは、それはそーねー」


「そうそう、話変わるけどさ、酒井さんの噂知ってる?」


「何? またなんかやったの? あのハゲ」


「なんかね、三浦さんと付き合ってるらしいわよ」


「うっそ! 信じられない! 三浦さんってあの綺麗な人よね?」


「そう、うちのプロジェクトのあの三浦さん。びっくりよねー、あの酒井さんのどこが良いんだろう?」


「白石さんて、いつも情報早いわよね。ところでその噂、どこで知ったの?」


「え? SNSよ。木村さん、見てないの? 夜にね、会社の近くを二人で歩いてるの見たって、写真もあったわよ」


「ってことは本当? あのハゲとねえ……」


 目的がわかれば犯人を特定できるとは、さすがに推理ドラマの見過ぎだろうと内心笑ったが、この子たちの言うことにも確かに一理はある。会話を黙って聴きながら、二人のお喋りの中に、何かヒントが隠れているような気がした。



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