表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/41

ー11ー

 ベッドに入ってから、小夜の追求は止まることを知らない。彼と再会したところから、酔って記憶をなくしている間に、お付き合いを約束したのだと聞かされたこと、ランチタイムを一緒に過ごしていること、ワンピースは彼の姉のものであり、彼をすっかり誤解していたこと等々をすべて話した。


 自宅を知られないように、毎日片道一時間以上をかけて迂回通勤していたことを白状した時には、大笑いされた。


 彼は真剣に私と付き合っていると小夜に言い、小夜もその言葉を信じ、私のために喜んでくれている。


 ここまでの彼を見る限り、私も、嘘はないのかもしれないと思う。ただ、そうであるならば、なぜ、賭けをしようと言ったのだろうかとの疑問が残るのも本当だ。だから、賭けのことだけは、小夜に話せなかった。


「それで、瑞稀はどう思ってるの?」

「私? うーん、わかんない」

「わかんないって何よそれ? 自分のことでしょ? 好きか、嫌いかのどっちかじゃないの?」

「嫌い……じゃないかな? うん、一緒にいるのは嫌じゃないかも。でも、好きかって聞かれたら、正直、よくわかんない」

「で、これからも付き合いは続けるわけ?」

「うん。暫くはそのつもり。仕事の関係もあるし……」

「あんたはもう! 恋愛と仕事は関係ないでしょうに! 男のことになるとホント、はっきりしないんだから」

「だって……今更男の人とお付き合いするなんて、考えたこともなかったんだもん」

「今更って、年寄りじゃあるまいし! まったく、あんた見てるとイライライするわ」


 小夜はさも苛だたしそうベッドの上をゴロゴロ転がって、薄い掛け布団を皺くちゃにした。


「ちょっと小夜! やめてよー! ぐちゃぐちゃになっちゃう」

「ふん! 潔癖症!」


 体を起こして、小夜から掛け布団をむしり取りバサバサ広げる私を、横になったままエビのように体を丸めて、恨めしそうに見ている。


「私はさ、いいと思うんだけどな」

「何が?」

「この際だからはっきり言うけど、いい加減、もういいんじゃないのかな? 忘れても」

「忘れるって何を? 忘れなきゃいけないことなんてあったっけ?」


 小夜の言いたいことは、わかっている。少しふざけた顔をして、ヘラヘラとごまかし笑いをした。


「昔の男のことに決まってるでしょ? ……ったく、とぼけないでよ」

「なんだ、そんな大昔の話? そんなのとっくに忘れたよ」

「だったらどうして?」


 小夜に邪魔されず掛け布団を隅々まできれいに広げられたことに満足し、するっと中へ潜り込んだ。


「どうしても何もないわよ。別にあの人を未だに好きだとか忘れられないとか、そういうのじゃないもん。ただ、もともと人との関わりであまり良いことってなかったからさ、特に男女の関係はね。だからかな、小夜だってわかるでしょ? 好きとか以前に面倒くさいなって思っちゃう」

「うん。面倒くさいっていうのはわかるわ。確かに、蓋を開ければ女の顔と身体だけが目当ての男っていっぱいいるもん。特にあんたなんて狙われやすいタイプだし」

「あんたも……ん、ねぇ、小夜、聞いてもいい? あんた、前の男とどうして別れたの?」

「前の男? 誰それ?」

「誰って……ほら、前の会社にいた時付き合ってたっていう年上の彼氏」

「ああ、あれ」

「あれって……」


 その男とはよほどの軋轢があったのだろうか。小夜の軽蔑を込めた口調に苦笑いした。


「あれはね、人のこと顎で使うから嫌になったの」

「は?」

「私が横柄な男嫌いなの知ってるでしょ? あいつ、最初は優しかったのよ。でも、付き合ってるうちにだんだん偉そうに亭主ヅラするようになってさ。何なんだろうねー男って……」

「可愛いお嫁さんしてるのも大変なのね。結局、男ってさ、口ではどんなに良いこと言ってても、本音では、女は附属品や飾り物だって思ってるのかな?」

「さあね。みんながそうとは限らないでしょ? 現に、啓司さんはそんなことないし」

「啓? あいつは、横柄を地で行ってるような奴だけど?」

「でも、可愛いじゃない」

「可愛い? どこが? あんたの言ってること、意味わかんない」

「あはは。あんたにはわかんないかもねー。鈍いから」

「何それ? 失礼ね」

「でもさ、松本さんは、そんなんじゃないと思うよ……あんたには、難しいよね」


 ため息をついて目を閉じたかと思ったら、もう寝息を立てている。


 すっかり眠気が覚めてしまった私は、横になったまま天井を眺めていた。枕元の携帯に手を伸ばすと、時刻はもう四時を回っていた。


「もう、五年か……」



 そう、あの人が私の前から姿を消して、もう五年もの月日が経った。


 あの人は、カリフォルニアにいた頃知り合った留学生。私が男の子たちに絡まれている時に、啓と二人で助けてくれたのが出会いだ。告白を受け入れて付き合いだしてからも、私たちはいつも三人一緒、休みの日には小旅行にも出かけた。


 付き合いを始めて一年半ほど経った後、私は世話になっていた兄の家を出て、彼のアパートで同棲を始めた。結婚の約束をし、彼は卒業後も日本へ帰らずに仕事も決め、私もそのまま大学に残り、勉強を続ける予定だった。


 結婚式の予定を具体的に詰めるために、一旦帰国する彼を空港で見送ったのが、顔を見た最後だった。


 帰国してからも暫くは、毎日何度も電話とメールがあったが、ある日を境に連絡が途絶えた。携帯の番号は無くなり、何通メールを送っても返事はない。そのうち、メールも戻ってくるようになった。


 啓も私を励ましながら、彼の実家や友達など、知っている限りの相手に連絡し、できる限りの手を尽くして、彼を探してくれた。そこで、勤務予定だった会社は、すでに辞退の連絡がされていることを知った。


 いつのまに解約されていたのか、一緒に暮らしていたアパートの家主からも退去の通告を受け、仕方なく兄の家へ戻った。


 彼を探すために帰国して、直接実家へも訪ねて行ったが、母親らしき人にインターフォン越しに彼はいないと言われただけで、消息を知る手がかりは一切得られなかった。


 そして、この五年間、彼がどこで何をしているのか、噂すら聞こえてこない。


 あの人にとって私はなんだったのだろう。彼と過ごした日々は、今ではもう現実だったのかすら怪しく思えるほど、記憶はぼやけ、思い出すこともできない。それでも何とか記憶の糸をたぐろうとすれば、心に小さな針先がチクっと刺さったような痛みを感じる。


 あんなことにならなければ、今ここでこの生活をしている私はいなかったはず。きっとあのまま彼と結婚して、カリフォルニアで平穏に暮らしていたのだろう。人生は、本当にいつどこで何があるのかわからない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ