荒野の国・④
「五月蠅い、マキナども、やっちまえ!」
グランガの号令を受けて、一斉に機工兵士が動き出す。
三機の機工兵士は剣を構え、春秋目掛けて走り出す。
三機は手の平を春秋に向ける。すると装甲が開き、砲身が春秋を捉える。
三機は左に回り込み、他の三機は右へ回り込む。
どうあっても春秋を逃がさないつもりなのだろう。
だが春秋は口角を吊り上げると、ブレイズ・ギアをその場で振り下ろす。
「無駄だっつーの。そんな機械人形で俺を殺せるか」
一本角の機工兵士はものの見事に両断された。
崩れ落ちる一本角。バチバチと紫電を走らせ、力を失って地面に倒れ込む。
グランガは放り出され、呆然としつつ立ち上がる。
「な――」
グランガが叫ぶよりも、速く。
春秋は迫っていた機工兵士の頭部に立っていた。
機工兵士が反応するよりも速くブレイズ・ギアを頭部に突き立てる。
体勢を崩す機工兵士の上で、春秋は身を翻して引き抜いたブレイズ・ギアを投擲した。
さらに一機が沈黙したところで、春秋は炎を手に纏う。
そのまま迫る別の機工兵士の頭部へ拳を叩き込み、爆発させる。
立て続けに四機の機工兵士が破壊されたことにより、残された機体たちが身構える。
砲身を向けているから春秋の行動を待ち受けようと判断したのだろう。
だがそれこそが悪手であった。
倒れる機工兵士の上に立つ春秋の手には、いつの間にか投擲されたはずのブレイズ・ギアが握りしめられていた。
「ブレイズ・ギア・クロス」
春秋の言葉に応えるように、ブレイズ・ギアが可変する。
刀身が左右に開き、ブレイズ・ギアはまるでクロスボウのように構えられる。
その手に炎が握られる。春秋は炎を矢のように見立ててブレイズ・ギアに番えた。
刀身の先端同士が光によって繋がれていく。それはまるで弦のように。
一瞬の行動に機工兵士は対応できなかった。
番えられた矢が放たれ、最奥で構えていた機工兵士の胸部へ命中する。
刹那、さらに四つの炎が四機の機工兵士の胸部へ打ち込まれる。
グランガが何が起きたかを理解するよりも早く、春秋は開いていた拳を強く握りしめた。
「――爆ぜろッ!」
告げた瞬間、機工兵士たちの胸部が爆発する。
機械の破片が飛び散り、グランガの周囲に壊れた機工兵士の頭部が転がる。
炎と煙にむせながら、グランガは尻餅をついてしまう。
そんなグランガの目の前に、春秋が立っていた。
「き、九体の機工兵士が、一瞬で……」
「――まだやるのか?」
剣へと戻ったブレイズ・ギアを担ぎながら、春秋は冷ややかな眼でグランガを見下ろす。
喉元にブレイズ・ギアを突き付けると、グランガは「うっ」と声を漏らした。
目標である春秋のすぐ傍に管理者であるグランガがいては機工兵士たちも迂闊には攻撃出来ない。
管理者の安否を優先するようにシステムされているAIが、結果としてグランガの命を守っている。
「て、てめえはいったい何なんだよ! 見たことねえ武器や炎! 魔具も無しに魔法みたいなことしやがって!」
グランガの叫びを尻目に、春秋は真っ正面を見上げる。
否が応でも視界に入ってしまう、リスタリア。
塔から何かを感じて、春秋は忌々しく睨む。けれどもすぐにため息を吐いて、冷ややかな眼でグランガを見下ろした。
「この世界を終わらせる――化け物だよ」
自嘲気味に呟いた言葉の意味を、グランガは理解出来ない。
グランガは呆気に取られ首を傾げていると、春秋はブレイズ・ギアを担ぎ歩き出す。
あまりにも無防備な後ろ姿を、グランガは呆然と見送ってしまう。
『攻撃を再開します』
けれども機工兵士たちは先ほど受けたグランガの指示を忠実にこなそうとする。
他の機工兵士がどう破壊されたかを、AIは学習した。
春秋が自ら距離を取り、敵意を失っている今を好機と判断する。
両の手の平を広げると、迫り出してきた砲身が一斉に春秋へ向けられる。
「ま、待てマキナども――」
敵わない、と混乱しながらも判断したグランガはすぐに制止の命令を出した。
だが機工兵士たちは攻撃を開始しようとする。
しかし、開始しようとしたところで関節から煙を吹き出して沈黙してしまった。
立ち上がったグランガは急停止した機工兵士を見上げると、すぐに去って行く春秋の背中を見つめた。
機工兵士が急停止した理由はすぐにわかった。
先ほど五機の機工兵士を破壊した小さな炎が、残された六機にも放たれていたのだ。
春秋は敢えて爆発させずに、そのまま放置して内部から制御機関を破壊したのだ。
いつの間に、と考える余裕すらもう残っていない。
春秋を追って駆け出したサラーサを見逃しながら、グランガは突き付けられた実力差を前に、立ち尽くすことしか出来ないのであった。
街の外れまで来たところで、春秋は足を止めた。
追いついたサラーサは乱れた息を整えながら、再び空を見上げた春秋の背中を見つめていた。
「なあ、サラーサ」
「はい、どうかしましたか。春秋様」
「お前はこの世界を、どう思っている?」
先ほどの春秋の言葉を、サラーサは聞いていない。
だからサラーサは春秋の問いの真意がわからない。
ましてやサラーサにとって春秋は「この世界の神」だ。
そんな存在に、そのように問われて、サラーサは困惑するしかない。
「酒場でステーキを残したら、笑顔で捨てられた。ゴミ捨て場には直せば使える家具がいくつも転がっていた。塔が完成して、世界は活力を取り戻した。だがその所為で、この世界は、あまりにも、あまりにも……っ」
正面からその表情を見ているわけではないが、サラーサは春秋が寂しがっている、と感じた。
だからサラーサは、精一杯自分の思いを言葉にする。
「……私には、春秋様がお望みする答えは出せないと思います」
でも、とサラーサは続ける。
「私は、豊かになっていくこの世界が大好きです。いつかは私が暮らしている地域もその恩恵を受けられるのなら、酒場のおじさんの判断もその、間違っているとは、思わないです」
「……そうか」
サラーサの答えを受け取った春秋が振り返る。その顔は、あまりにも寂しそうで。
答えが間違っているかは、サラーサにはわからない。
わからないけれど、彼女の本心なのだ。
行方不明の兄・クロードが戻ってきて、そして今よりもずっと豊かに、飢えることのない生活を送ることが出来るようになれば。
それはサラーサにとって幸せなことなのだろう。
大切な兄が傍にいて、水も食事も望めば手に入る生活。
サラーサ自身に興味はないが、もっと学校などが増えれば喜ぶ子供もいるだろう。
時間は掛かる。
けれど、もう少し待てば叶う未来なのだ。
今よりも良い服を着て、楽しく過ごせると、サラーサは信じている。
それならば、不要になった物を捨てても"仕方ない"と割り切れる。
「……俺も豊かになることを否定するわけじゃない。人は豊かになって幸福を享受するべきだと思っている。誰も不幸にならない世界が来るのなら、俺もそんな世界を肯定したい」
「春秋様?」
意味ありげな春秋の言葉に、サラーサは首を傾げる。
春秋の視線は、塔・リスタリアへ向けられている。
ここからでもその巨大さが嫌でもわかる塔を、春秋はなおも忌々しく睨む。
その視線に込められた意味が、サラーサはわからない。
春秋は少しの間、塔を睨んでいた。
だがすぐにサラーサに向き直り、表情を明るくさせた。
「サラーサ、次の街へ行こう。さっさと塔の麓まで行って、クロードを見つけようぜ」
「はいっ!」
サラーサは春秋の数歩後ろの距離を維持し、追いかけるように歩き出す。
それが二人の立場だと無言で春秋にアピールするように。春秋は少々困った表情をしつつも、頬を掻いて受け入れることにした。
次の街までは適度に舗装された道路で繋がれている。
次の街までは、数時間も掛からないだろう。