第四話
拝啓 寒気きびしき折柄 あわただしい師走となり、何かとご多用のことと存じます。私は自身の間抜けさに傷心しております。
さて、先輩の威厳を見せようと鼓舞したばかりでありますが、演技の冒頭でミスを連発してしまいました。幸いにして目立つようなものではありません。この演劇での役は鬼の下っ端。セリフも少ないです。そのような役なのに失敗してしまいました。やはり、変に意気込むと思いがけないミスをしてしまうものです。皆様も十分にお気をつけてください。
正月に向けての大掃除等、なにかと忙しい年末ですが、体に気をつけてお過しください。
敬具
非常に恥ずかしいですね。後輩への示しがつきません。しかし、これはプロが行う演劇、他の方が私のミスを客へ気付かれないように振る舞い、一つのアクセントに仕立て上げます。ミスをした私の役割は、カバーのために入れられたアドリブに合わせながらも台本の内容へ軌道修正していくことです。
皮肉なものです。舞台を騒がす常習犯である私は演技が下手でも話の軌道修正には慣れてしまいました。このような技術、磨きたくなかったのですがね。こんな役者だから犬養さんも見切りをつけたのかもしれませんね。
劇は一寸法師です。本来の一寸法師は、村で産まれた一寸法師が針の刀とお椀の舟で京へ行き、春姫の家来になって、都を騒がしている赤鬼を胃の中で突いて倒すという話です。しかし、劇の場合、とても短く、迫力がないのです。なので、様々な変更があります。
例えば、一寸法師が都に着く直前に鬼が暴れているところを入れ、一寸法師は鬼が去った後に惨状を見て心を痛めるシーンが追加、本来、春姫の家来になる理由は「元気な一寸法師を気に入った」ですが「鬼に荒らされた結果、戦力が不足したため」に変更、オリジナル作品では赤鬼は春姫をさらう前に倒されていますが、本劇では成功し一寸法師が助けに旅に出るように変更、などなど。
「どんなミスをしたのか」ですか。私の失敗を聞きたいのですね。
隣の貧乏は鴨の味とも言いますし、滑稽な私を見て優越感に浸ってください。そして優越という海に溺れてしまえばいいのです。
序盤、一寸法師がまだ来ていない都で、鬼が暴れているシーンの時、私は悪さをしようとしたのですが、つまずきました。ええ、盛大にこけましたとも。ど派手に転びました。見事な顔面着地ですよ。膝に擦り傷ができましたし、とても痛かったです。しかも、怪我とミスの誤魔化しに気を取られて、鬼にとって大事な金棒を舞台に忘れて捌けてしまったがために、下手から再び顔を出して取りに行く始末。
事態はドジな鬼という設定にして収まりましたが、春姫というヒロインを誘拐するボスの鬼よりも下っ端の鬼が目立ってしまう、なんてことになりそうで恐怖でしたよ。
中盤の春姫をさらうために都へ押しかける場面で、次こそこけないぞと足元に気を付けた結果、他の鬼とごっつんこ、尻餅をついてしまいました。足元ばかりに気を取られて、前を見ていませんでしたね。前方不注意です。車の追突事故だと安全運転義務違反で加点されますよ。大切なお金をとられますよ、お金。
終盤、一寸法師と鬼の決戦です。盛り上がるところです。ここで、なんと、私、ボスのセリフ奪っちゃいました。
幸い、誰が言ってもおかしくないものなので大した問題になりませんが、役者としてどうなのか。お客さんはどうであれ、ミスに気づいた役者は一気に興醒めしますよね。
私のミス、最悪です。慰めてください。意気込むのはいいですが、ほどほどにしておくべきでしたね。勉強になりました。皆さんも気を付けてください。
さてと、これだけミスをしたのですから、楽屋で小鳥遊さんと犬養さんからどんな目で見られるのでしょうね。私、とても楽しみです。えっ、「顔からして、楽しみではないだろ」って。そんな訳、あるはずがないですか。今なら大声で笑うこともできます、から笑いじゃないですよ。絶対です、絶対ですからね。