第三話
拝啓 寒冷の候、いかがお過ごしでしょうか。平素は皆様のご厚意により忙しながらも充実した毎日を送れています。
唐突ではございますが、私が現在の状況に置かれた原因を説明ができる方はいらっしゃらないでしょうか。もし、いらっしゃるのでしたら私のもとへ来ていただけると幸いです。
気温が下がりいよいよ寒さが厳しい季節となりました、ご健康にはくれぐれもお気を付けください。
敬具
はたして、救世主は来るのでしょうか。鬼が正義のヒーローを呼ぶのもおかしなことですが、
目の前にいる、桃色の下着を身に着けた獣から逃れるためなら仕方ないです。
この状況になったのはほんの数分前、小鳥遊さんと花咲ホールの楽屋に入ろうとしたときのことです。私たちはホール職員に私たちが利用する楽屋を教えてもらい、楽屋の扉を開けました。すると、中の様子よりも先に近づいてくるピンクの短髪が目に入り、続けて胸に衝撃が走ったのです。
「犬養さん、危ないので胸に飛び込んでくるのはやめてください。」
今私の胸に顔をうずめているの子は犬養 香身長は膝を45度になるか怪しい程度曲げると私の胸に顔が来るくらい。この体勢は重たいので嫌なんですよね。私の身体にしがみつき顔をうずめ、膝は力を抜いて屈曲。これ、体重はだれが支えていると思います。私ですよ、私。
「大丈夫ですよ、先輩。先輩がいつも支えてくれるじゃないですか。それに、この小さなふくらみで衝撃を抑えてくれますし。」
「違う人だったらどうするのでしょうかね、後輩君。」
「私が先輩の香りを間違えるわけがないですよ。ローズの香りです。」
どうしましょうこの変態さん。日に日に悪化しているようにも思います。海にでも沈めてやりましょうか。
「それよりも先輩。少し御胸が育っていませんか。3日前よりも少しクッション性が増したような気が、しませんね。下着を替えただけですね。私は騙されませんよ。」
決めました。屠ってやろうじゃないですか。海に沈めるなんて生易しいことしません。私が育てた後輩です。犬養さんの恥ずかしい過去を赤裸々にし、辱しめてやりましょう。そして顔を赤くして私に泣きつく犬養さんに笑顔で「因果応報」と応えてやろうじゃないですか。
「それくらいにしたら、香ちゃん。私たちも準備しないといけないしさ。」
私の心中を察したかのように小鳥遊さんが止めに入ってきました。これを聞くと犬養さんは手をほどき、姿勢を正し、笑顔を私たちに向けて口を開きました。
「それもそうですね。では、小鳥遊さん、先輩。今日はよろしくお願いします。」
なんて可愛い笑顔。純真無垢とはこのことを表すのでしょうか。でも、これは心を表す言葉、全く違いますね。
それにしてもですよ。この後輩、私への態度よりも小鳥遊さんに対しての態度の方が良いのはなぜでしょう。確かに私よりも小鳥遊さんの方が演技は一枚も二枚も上手、ミスを連続させる私なんかと比較するまでもありません。
でもですよ。鬼不足で後輩を育てるよりも身の保身に走る中で、この私が睡眠時間を削ってまで練習に付き合って、後輩を育てたのですよ。少しくらい敬ってくれてもいいのではないでしょうか。
ここはひとつ、この演劇で格好よく先輩の威厳というものを見せてやろうではないですか。