第二話
拝啓 時下ますますご清祥の段、お慶び申し上げます。いつもお世話になっております。
さて、監督に怒られていた件ですが、あれからも監督の怒りが収まらず、小一時間正座させられましたが、無事に舞台「桃太郎」の練習が終了しました。
説教の最後に自身の髪の毛事情の原因が私だと濡れ衣を着せられたことが癪ですが何とかやってのけました。
引き続き倍旧のご厚情を賜りたく、願います。
敬具
はてさて、皆様への報告も終えましたが、今の私が言えることは「足が痺れた。」
そうです、正座で膝裏の大きな血管が強く圧迫されることで起こるあれです。
そもそも、あの人の説教は長すぎです。次の舞台に遅れたらどのように責任を取ってくれるのでしょうか。
でも今回の桃太郎は練習だったからこれで済んだのです。本番では失敗しないようにしないと。
すみません忘れていました。
皆さんこんにちは
突然ですが、皆さんは「鬼」というものを知っていますか。角を持ち悪さをする者です。おとぎ話に出てくるあれです。
しかし、この世界では「敵」という意味で使われてます。
物語では主人公とヒロインがいますよね。でも、それでは話が成り立ちません。必ず敵がいます。といっても、ほのぼのとした話で敵がいないものもあるようですが。そういった話が増えると私の仕事が減るのでつらいものがあるんですよね…
失礼、話がそれました。
何が言いたいかというと、私は舞台の役者で敵役専門なのです。
「しーちゃんお疲れ様。今日も怒られてたね。」
衣装から私服に着替え、次の公演がある一駅離れた花咲ホールへ向かおうとしたときに声をかけられました。着替え姿を見たかったとか言われても知りません。見せるわけがないですよ。
「小鳥遊さん、お疲れ様です。セリフを間違えるつもりはないはずなのですが。」
この子は小鳥遊 水鶏。いつもタオルを頭に巻いているので、褐色の髪は見えません。上下ジャージで身長は私の目線下。そして鬼役です。ちなみに、同年齢です。詳しくは言いませんよ。
「仕方ないよ。失敗は誰にでもあるし、それにほら、私たち鬼だし。」
そういうと小鳥遊さんは苦笑いする。冒頭で言った通りこの世界は鬼不足です。
質問です。皆さん世界を救う英雄に憧れたことはありますか。ありますよね。あると言ってください、話が進みませんので。
それはそれとして、舞台役者になれば憧れの英雄になれます。主人公ですね。
でも、進んで悪役になろうとする人がいません。結果として、主人公役が過剰になり鬼役が不足。
この状況は好ましくなく、鬼役は休日返上で舞台に出演するためミスが連続する。
なので、桃太郎での失敗は社会状況が引き起こしたものです。決して私の責任ではありませんよ。絶対にないです。言い訳ではないですよ。
「しーちゃん、この後も公演あるよね。」
私が口を開くのを遮るように拍手を一丁。そして、無理やり話を変えられました。
「ほらほら、遅れないためにも早く行かなきゃ。私も同じ公演だし一緒に行こうよ。」
次の公演が始まるには時間は十分にあるのに、小鳥遊さんは私の手を取り外へ急がせる。きっと、暗い雰囲気になりかけたのを小鳥遊さんなりに止めたのでしょう。その気遣いは有難いのですが、小鳥遊さん靴を履き忘れていますよ。