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天の川は決して邪魔したいわけではない【暖乃香】

 いつからだろうか。私が凛に対して持っていた感情が、友情から恋情へと変化したのは。いや、恋情という感情ではあるのだが、恋情とだけで表現してしまっては語弊があるだろう。彼女に対してここまで保護的になってしまったのはいつだろうか。

 おそらく、中学のときだろう。誰とでも仲良く接しようとし、笑顔を絶やさずにしていた彼女は、少なからず男子からモテていた。まだこのときはそこまで保護的ではなく、むしろ、「凛に彼氏ができたらいいのにね」というような会話をしているくらいだった。その事件が起こるまでは。

 誰に対しても積極的に仲良くしようとするその凛の接し方が、凛にたくさんの友人を作った要因である。しかし、その反面、たくさんの誤解も生んでしまった。そういった、仲良くしようとするという行動を、気があると思ってしまうような男子がいたのだ。そうした誤解からこの事件は発生したのだ。

 その日もいつものように中学校に登校していた。しかし、下足室に着くと、そこで、いつもは見ないものを見てしまう。

「なんだろ。これ」

 凛が靴箱を開けるとそこには封筒があった。

「手紙……?」

 凛が首をかしげていた。


 放課後になっても、凛はこの手紙に応じるかどうかで迷っていた。手紙の差出人は、学年でもそれなりに人気のある男子で、当時の私は凛に彼氏ができることを願っていたこともあり、応じることを勧めた。しかし、私の中の奥底で、なぜかそれを止めようとする火も燻ってはいた。

 彼女を手紙に記された場所へと送り出した後も、なぜかこのことが気がかりで仕方がなかった。不躾とか、非常識とか言うことは分かってはいた。私は、彼女の後ろをこっそりと付けていた。

 しかし、結果的には、これでよかったのだと今は思う。

「あのさ、俺はお前のことが好きなんだ。もちろん、付き合ってくれるよな?」

 彼は、なぜか高圧的、いや、もっと一般的に上から目線というのにふさわしい言い方で交際の申し込み。交際の命令といってもいいかもしれない。これを行った。よほど自分がモテていると思っていて、自分自身に自信があったのだろう。そして、こういう者の自信が打ち砕かれたときという者は、とてもきけんなものである。

「あの、えっと、お断りさせて貰います」

 できるだけ丁寧に、相手の気を荒立たせないようにと気をつけたのだろう。しかし、この相手にとっては、断られたというその事実そのものが腹立たしいことだったのだろう。

「ああ? なんでだよ。俺に気があるからあんな態度取ってたんだろ? それなのによ。なんで断るんだよ」

 腹立たしさは怒りを呼び、口調も、態度も先程とは変わりきっていた。彼は蛇のように凛のことをにらみつけ、怯えたままの凛からの質問に対する答えを求めていた。

「その……好きな人がいるからで……す」

 怯えた声で告げられたその言葉は、燃えさかる彼の怒りにさらに拍車をかけた。彼は凛の肩を持ち、壁に押しつける。舌打ちをしながら怯える凛を舐め回すように見る。

「仕方ないな。予定が狂って順番が逆にはなるが、輪姦(まわ)すか。とりあえず人目につかない所に……」

 放たれた言葉に耳を疑い、一瞬理解が遅れる。

 えっと、どうすれば? ……あ、そうか、助けなきゃ。

 助けなければ、助けなければ私の大切な(友人)が犯されてしまう。でも、なのに!

「……なのに、なんでこの足は、この身体は動かないの!?」

 足がすくんで立ち上がることすらままならない。この間にも凛は恐怖に蝕まれている。大切な友人が失われてしまうときが刻一刻と迫っているのに……。

「どうした? 暖乃香」

 そのときだった。私が座り込んでいるところを見つけて彼がやってきたのは。

「光輝……お願い、助けてっ!」


 それからだった。光輝が凛のことを助け出した。私は救出された凛に、何度も何度も謝った。そう。このときに決意したんだ。次こそは守ろうと。凛を、二度と苦しい目に遭わせないために。

 次の日も凛は普段通りに登校してきた。気丈に振る舞っていたものの、あのようなトラウマはそう簡単には消えるようなものでもない。それから、私は凛について回るようになった。告白してきた男子や、その取り巻きが何度か来たこともあったが、全て弾き返した。そうやって常に行動している中で、私は変化に気づいた。凛が、以前よりも洒落っ気を出すようになった。光輝に積極的に接していくようになった。光輝の志望校を聞き、必死で勉強もし始めた。このとき私は気づいてしまった。あの事件の後、凛は抱いていた恋情を自覚したということを。自らを助けてくれた光輝に対しての。そして、私も……。


 そして、数日前。私たちのいた部室に流れたその会話が、空気をがらりと変える原因となった。

『好きな人っている?』

 きっと、何気ない会話のつもりで、また、いいえという回答を期待しての質問だったのだろう。それがまさか、

『うん……居るよ……』

 こんな回答が返ってくるとは思っていなかったのだろう。彼は絶望したかのように、それと対峙するかのようにして、彼女は顔を真っ赤に赤らめ、そして、自らの恋情がバレてしまったのではないかと無言であたふたしていた。そして、そうして生まれた軋轢が、このときにもまだ続いていた。

 この部室は、軋轢が生まれる以前と比べると、考えられないほどに静まりかえっていた。クーラーの音がうるさく聞こえるくらいだ。あの日以来、誰もあまり話そうとしていない。話すべきなのはおそらく二人とも分かっているだろうが、気まずいのだ。確かに私が話題を振ってもいいのだが、それによって二人の溝が広まるのはごめんだ。

 そんな部屋に一つの言葉が響いた。

「なあ」

 それまで静かだったこともあり、小さく言ったのであろうその言葉でさえ、大きく聞こえた。私と凛の視線が声の主、光輝へと向いた。

 光輝はそれを見て困った顔をした。きっと何か言わなければいけないけど何を言うことがあるわけでもなく、結果、声だけかけてしまったというところだろう。

「二人とも、クラスで何をやるの?」

 現在の状況から違和感のないことを言って何とか誤魔化しているつもりなのだろう。とてもほっとした表情になっている。私はそう確信し、少し疑念を含んだ目で光輝を見た。

「私はお化け屋敷をやるんだー」

 凛がそう答えた。普段通りとまではいかないが、その元気な声に私は嬉しくなった。凛が言い切ったのを見て私も言う。

「私は喫茶店をやるとか言っていたな。余り関心を持って聞いていなかったから、どのような喫茶店かは知らないが、食品取り扱いの申請は出していたから、飲食店をすることは確実だな」

 そう言った。そこで、またもや話題がなくなってしまう。しばらくの間、先程のようにクーラーの音が響いていた中、私はあることを思いだした。

「そういえば、光輝は何をやるの?」

 私がそう質問すると、光輝は一瞬戸惑った。しかし、少しの間考えた後に彼は答えた。

「劇だ。舞台発表で演劇をする」

 簡潔にそう伝えられ、「すごーい!」と、凛が感激の声を上げる。凛はそれだけでは止まらず、「何の役をするの? 主役? 主役?」続けて質問を光輝へと浴びせる。

「ただの脇役だよ……」

 光輝がそう答えると、彼女は「そっかー」と、少し期待が外れて残念そうだった。しかし、その回答のときに目をそらしていた光輝に違和感を持ち、私はさらに続けた。

「本当に脇役なの?私、見に行って脇役じゃなかったら何をしてくれる?」

 悔しそうな表情をして彼は渋々答えた。

「主役です。はい」

 とても嬉しそうな表情の凛がそこにはいた。


〈頑張ってね! 見に行くから!〉

 SNSの天文部のグループには凛が送ったメッセージが送られていた。私はそれを見て同じようにメッセージを送る。一分もしないうちに全員分の既読がついた。しかし、忙しいのか返信が来る様子はない。メッセージを送ってから私は少しせっせと急ぎ始めて。校門付近にいるであろう彼女のもとへと急ぎ足で向かう。

「ついに、七夕祭当日かー」

 彼女はそう呟いていた。八時二十分。七夕祭が始まるまでまだ少しある。そこにいた彼女はまだこちらに気づいていなかった。

「凛ー!」

 私は凛に向かって大きな声で呼んだ。それだけでは止まることができず、私は「おはよう!」と飛びかかりそうになるくらいの勢いで彼女に向かって行った。

「おはよう。暖乃香ちゃん。三十分前だけど、入場する?」

 もう、私の対応になれているのか、とても冷静に彼女がそう提案した。私はそれに同意しようと大きく首を縦に振った。


 体育館にはもうすでにたくさんの人が入っていた。たしか光輝たちのクラスは一番始めだったはずだ。演劇をすると知ったときに急いで私はクラスの子とシフトを交代して貰った。

「どんな劇なんだろうね」

 突然、小さな声で隣に座る凛が私に聞いた。私は「さあ?」と首をかしげて答える。

 開演十分前を知らせるブザーが鳴った。アナウンスが流れて、撮影の禁止などを注意していく。しばらくして、本格的に体育館中に闇が広がっていった。緞帳が上がっていき、その隙間から明るい光が漏れてきた。劇が始まったようだった。


「ねえ」

 隣から凛の小さな声が聞こえてきた。

「主人公役……なんだよね?」

 そう言うと、私は小さく頷いた。「どう見ても……違う人だよね?」彼女はそう言うと、再び私は頷いた。

 今、舞台の上にいる主人公と思われる王子を演じているのは、どこからどう見ても光輝とは似ても似つかない。そこにはどう見ても別の人物が演じている王子がいた。王子は光輝には見えないが、先程出てきていた衛兵が光輝に見えた。違和感を感じながら私はこの演劇を見ていた。


「どうして! どうしてなのですっ!」

 隣で納得したように小さく感嘆の声を漏らしている凛がいた。このとき、私の中で違和感が解決した。きっと凛も違和感を感じていたのだろう。先程まで主人公の用に見えていた王子は、実は魔女と手を組んでいたのだ。「せいぜい叫ぶがいい。そして私を楽しませてくれ」と、王子は余裕綽々の表情で、扉からフェードアウトしていく。牢に入れられた少女は牢の中に座り込み、一人で静かに泣き始めた。体育館にはしくしくという泣き声だけが響いていた。

 そんなとき、一人の衛兵が、牢に近づいてきた。

「大丈夫ですか?」

 その衛兵は、泣いている少女のことが気がかりで話しかけたのだった。「あなたは?」と、少女は泣くのをやめ、衛兵に聞いた。

 となりから、小さく「かっこいい……」という言葉が聞こえたことを私は聞き逃さなかった。


 凛と別れてから、シフトが入っている時間まで、しばらくの自由時間がある。私は何をするわけでもなく、手持ち無沙汰にしていた。そして、その暇の極まれりとして、部室へと向かった。どのみち、部室にいれば後から誰か来るだろうをそんな思いで。もちろん、凛の所に行っても良かったのだが、一人で入ることは少し遠慮したかった。

 しばらく座っていると、ドアの前に人の気配があった。しかし、開く気配がない。きっと光輝だ。

 ドアが開き、荷物を持った彼がその場にいることを確認できたら、私は弄りたい一心で面白半分で言った。

「お疲れさま。随分とドアを開けるのに時間がかかったのね」

 しかし、あながち間違いだったわけではなく。彼は、図星と言わんばかりの表情で固まっていた。以外と面白い。

 しばらくそのままでいた彼だが、気を取り直して質問をしてきた。

「暖乃香。どうしたんだ? 喫茶店だっけ? 店は良いのか?」

 彼は机の上に荷物を置きながらそう聞いた。「今はシフト外なの」私はそう言うと、立ち上がって彼のいるところへと行く。

「かっこよかったわよ。衛兵さん」

 胸を人差し指で突っつきながら私はそう言った。先程と同じように面白半分で言ったつもりだったのに、なぜだろう。顔の。いや、全身の血流が速くなったことが感じられた。赤くなったであろう顔を見られないように急いで反転する。扉の方へ二、三歩進んで行く間に心を落ち着かせる。

「ねえ、お化け屋敷だっけ?」

 私はそう言うと、くるりとその身を翻して彼のいる方向を見た。

「凛の様子、見に行かない? 丁度私と凛のシフト、劇の時以外は食い違っちゃっててさ」

 どのみちこのままで置いておくのもなんだし、丁度いいから少しだけ二人の関係の修復の手助けしてやるか。そう思いつつ言ったつもりだが、心のどこかがズキリと痛んだ。


「ここか」

 二年C組、お化け屋敷と書かれたその教室の前で、彼はそう言った。

「そうみたいね。凛はいるかしら?」

 入り口の前に立って、私たちは少しの間そこに突っ立っていた。別に入ってもいいんだけど、凛がお化け役で出ているかどうかを確認し忘れたから、もしお化け役でいなかったらただの時間の無駄になるのではないか。というか、居ないのならわざわざはいる必要など無くなる。そう思い、すぐに入る決断を下ろすことができなかった。

「とりあえず、入るか」

 このままでは営業妨害にしかならないと感じてしまったのか、彼はそう言って私に入場を催促する。彼は手早く二人分の入場料を払い、受付を済ませてしまった。「あ、お金」と、私は言ったが、彼には無視されてしまった。

 代金を渡せなかったことを少し不服に思いながら、私は教室へと入っていく。中は暗かった。しかし、暗すぎず、丁度いいくらいに周りを見ることができ、余計に不安感を誘ってくる。とりあえず光輝とはぐれないように彼の後ろについて行く。

 突然彼がその場に立ち止まる。気づくのが遅れた私は止まることなさができずに私は彼にぶつかる。私は、「ちょっと、いきなり止まらないでよ」と文句を言った。

「ここに雑巾が吊されてるから、気をつけろよ」

 告げられたその言葉に私は小さく「ありがとう」と言った。私は進もうとしている光輝の服の裾を掴む。周りは暗くてハッキリとは見えにくいだろうけど、振り向いてほしくない。今の私の顔を見てほしくない。不安の他にもそんなことを思いながら。

 しばらく進んでいくと、角にさしかかった。そのとき、ピチャリという水音がした。私は掴んでいた服をより強く握り、手元に引っ張った。絶対に気づかれているだろうが、もはやそんなこと気にしている場合ではなかった。

 曲がり角から何かが出てきた。しばらくして、それがなんなのかハッキリする。頭に矢の刺さった男性だった。それを見た私は思わず悲鳴を漏らした。


「大丈夫か?」

 光輝に声をかけられる。しかし、頭が上手く回らない。とりあえず「うん」とだけ答えた。しばらくして、頭が少しずつ回るようになりだした。「凛……いなかったな」と、光輝が言ってくる。

「うん」

 私はそう答えた。瞳には軽く雫が溜まっていた。

「元気出せっつーんだよ」

 光輝がそう言いながら頭に手を置いてくる。その手のひらを上下に動かし、頭を軽く撫でてくる。いつもならば不快に感じそうな行為だか、なぜがとても心地良い。きっと慰めてくれているつもりなのだろう。

「あ、二人とも来てたの?」

 突然、聞き覚えのある声がした。誰よりも速く私はその声に反応した。そこには、化粧か何かで顔まだ白っぽい彼女がいた。

「りーんーーー!」

 私は、その人物を目の中に捉えるや否や、襲いかからんとする勢いで彼女へと飛びかかる。勢いよく飛び出しすぎた私はそのまま廊下に彼女を押し倒した。

「なんでいなかったのよおおおおおお!」

 私は凛の上で泣きじゃくった。周りからの視線が痛い気もするが、気にしない。

「えっと、ごめんね。たぶんそのとき、丁度入れ替えで着替えてたんだと思う」

 状況を理解できていない様子の凛がそう言った。それに付け足すようにして、「ごめん、とりあえずどいてくれない?」と、彼女が言った。確かに重たいだろうし、さすがに廊下でこの体勢にはいろいろと誤解を生む可能性がある。

 立ち上がって、パンパンと服についた埃を払いながら凛が言った。

「私が上がったんだから、そろそろ暖乃香ちゃんのシフトじゃないかな?」

 私は「うん。そう」と答えて、教室へと向かおうとした。そのとき、「あ、絶対に見に来ちゃダメだからね」と忘れずにつけたした。

 来ないことを信じて私は教室へと向かっていった。


「お帰りなさいませ、ご主人様……」

 私は入店してきた人に向かって、機械的にそう言った。

 怠い。ただひたすらに怠い。どうしてこうなったのだろうか。私たちのクラスはメイド喫茶をやっていた。なぜ、ホールなのだろうか。キッチンの方が良かった。しかし、少し前にその事を他の人に言うと、『ダメに決まってるじゃない。女子がホール、男子がキッチンっていうかたちじゃないと女子の人数が足りないし、そうでなくても甘鷺さんはかわいいんだから、ホールでメイドをやって貰うに決まってるじゃない。』だそうだ。待ったもって理不尽だと思う。というか私はかわいくもないだろう。かわいいというものは、凛のようなこのことを言うんだ。私みたいな女子は、かわいくなんて…。

「甘鷺さん!次の人お願い!」

 そう言われて私は入り口の方へと向かう。扉を開けてマニュアル通りに対応しようとしたそのとき、私はそこで目を疑う光景を見てしまった。

「次のご主人さ……まっ!?」

 私は思わず声を荒げてそう言った。そこには光輝と凛がいた。

「ちょっと、見に来ないでって言ったじゃない!」

 怒り気味の声でそう言ったが、とりあえずマニュアルを遂行しようと、深呼吸をして冷静に言った。

「お帰りなさいませ、ご主人様」

 この際棒読みでもなんでもいいからとにかく迅速に。と思い、とりあえずマニュアル通りに進めていく。席へと案内して、メニュー表を渡す。メニューを渡してとりあえず裏方へと向かう。

「マジでなんなの……うう……」

 裏方で私は愚痴を漏らす。まさかこの姿を。メイド服を、凛に。いや、あろうことか光輝にまで見られるとは…。

 しばらくして、メニューを見ていた二人から注文のコールをされる。ガチガチの表情のまま、私は彼らのもとへ向かった。


 少し苛立ちを覚えながら私はそのドアの前へと立った。

 夕方になり、ほとんどの店が閉店となった時間、私は勢いよく扉を開けて言った。

「ちょっと! 来ないでって言ったのに!」

 顔を真っ赤にして怒りながら私はそう言った。しかし、帰ってきた返答には、一切の反省の色が見えなかった。それどころか、

「かわいかったよ。暖乃香」

「うん」

 光輝の言葉に凛が同意する。私は先程とは別の理由で赤面する。そんな私を置いておいて、光輝は口を開いた。

「三人揃ったことだし、そろそろ準備するか」

 彼はそう言いながら、まるで、私を待っていたかのようにして、近くに置いておいた天体望遠鏡の入った鞄を持って立ち上がる。私は顔を見られないように、反転をした。


「うわーー! 綺麗!」

 空は暗闇に包まれ、転々とした光がまばらに散っていた。それを見た凛は、まるで子供のようにそう言った。

「確かに、綺麗だな」

 天体望遠鏡を組み立てる手を止めて、上を見上げて光輝がそう言った。私たちが空に見とれていると、いつの間にか作業に戻っていた光輝が口を開いた。

「これでよし」

 組み上がった望遠鏡を横にして彼は言った。凛が「見せてー!」と、一番乗りは私だと言わんばかりのスピードで、望遠鏡へと向かっていった。望遠鏡を覗きながら、「綺麗ー」と彼女は言った。その近くでは光輝が凛の様子を見て笑っていた。私はそれを見て、少し安心する。これで、この二人の間の溝がなくなってくれれば……。

「ねえねえ、二人も見てみなよ……あっ!」

 彼女が望遠鏡から目を離して、突然驚いたような声を出した。

「流れ星っ!」

 その言葉に私たちは大きく反応した。急いで振り向いてみるが、もうすでに消えてしまった後だった。

「消えちゃったー」

 凛は残念そうに呟いた。その隣で複雑そうな光輝の様子もうかがえた。

 光輝ならきっと凛を幸せにすることができるだろう。その点において言えば、私はこの二人が付き合ってくれればいいと思う。光輝なら、凛にふさわしいと人物とも言えると私は思う。

 でも、私は決して邪魔をしたいわけではない。でも、けれども。好きな男子(ひと)と好きな女子(ひと)が付き合うというその事を、素直に応援できない自分がいる。その二人が両片思いをしているとしても。結果的に、付き合うことになった方がいいことだとしても。

 どうしても、応援できない。

 こんなにも苦しいことなのなら、こんな気持ち(光輝への恋情)、持ちたくなかった。抱きたくなかった。

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