文化祭の前
僕らの高校の文化祭は夏休み直前の七月中旬に行われる。僕と真司は、文句を言いながらも、文化祭に向けての雰囲気を楽しんでいた。そんな僕らのもとにクラスメイトの木村がやってきた。
「なあ、あの噂って本当なのか?」
「あの噂ってなんだよ」
「あれ?知らないのか?お前たちいつも一緒にいるのにな」
御前たち?いつも一緒にいる?つまり、僕ら三人のうちの噂なのだろう。しかも僕に話しかけてきたということは少なくとも僕以外の二人の噂だということだ。しかし、なんのことだが見当もつかない。
「だから、噂ってなんだよ」
僕の返答が、噂を隠すものではなく本当に知らないのだということが、伝わったらしく、木村は話をすすめた。
「ほんとに知らないんだな。俺も人づてに聞いた話だから詳しくは知らないんだけどさ」
自分から話を始めたくせに、言い訳のような言葉で話を濁す木村に、僕らは無言のプレッシャーをかけ、話を促した。ばつの悪そうな顔をしながら、木村は話を始めた。
「光の家って父親いないだろ?あれ、なんでか知ってるか?」
そんなこと知るわけはない。理由として・・・おそらく離婚だろう。今時、珍しくもなんともない。家に遊びに行ったこともあるが、仏壇らしきものがあった覚えはない。だから、父親が亡くなっているわけではないのだろう。
木村は獲物を狙うかのように僕らを見ている。僕らの返答や反応から噂話の真実や、そこへ到達するためのヒントを得ようとしているかのようだ。しかし、僕らは噂話はもちろん、光の父親がいないことについてさえ、詳しいことは何も知らないのだ。そんな僕らを見続けることに耐えきれなくなった木村が、小さな声でその噂話を教えてくれた。
「光の父親って刑務所に入ってるんだってさ。」
時間にすればおそらく5秒に満たないだろう。僕と真司は木村の言葉の意味が分からずに固まってしまった。正確には、言葉の意味が分かってしまったからこそ、その真偽やどんな理由で刑務所にいるのかなどを考えることに脳内の回路をすべて使っていたから固まってしまったのだ。
「なんだよそれ。」
真司が沈黙を破った。いや、破ってくれた。あの言い方や表情は、きっと精一杯の強がりだったのではないだろうか。それでも、固まったままだった僕に比べれば、立派な反応だった。それに、二人で固まっていたら、そのまま時間まで固まってしまったかもしれない。
「まあ、あくまでも噂だからさ。」真司の強がりを強がりとは感じられなかった木村は、そう言って、そそくさと文化祭の準備の喧騒の中に消えていった。
「なんだよ、あいつ。あんな中途半端に教えられたら、逆に気になっちまうよな。」
二人のやりとりを見ながら、少しずつ時の流れを感じ始めた僕は、真司の言葉でその流れを少し加速させた。そして、真司の言葉に同意して、うなずくことしかできなかった。
「噂が本当にしろ、嘘にしろ、俺たちの関係が変わるわけじゃない。カズもそう思うだろ?」
もちろん、その通りだ。しかし、親が犯罪者だからって関係は変わらないなんていうことを考えてしまっている時点で、差別的な目で見てしまっているのかもしれない。いずれにしても、噂は噂。気にしなければいい。そう思って、僕たちも文化祭の準備へと戻った。