出会い
入学式。つい先日、中学の仲間たちと感動的な卒業式を終えたばかりだというのに、もう次の場所にやってきてしまった。僕の進学した高校は、家から少し離れている。そのせいか、中学で同じクラスだった友達はおろか、同じ学校だった生徒も少ない。そんな場所での入学式当日は、人見知りの僕にとって憂鬱この上ない一日だった。
昇降口で渡された資料を頼りに教室を目指す。高校見学の時に来てから半年以上経っている。見たことのあるような、あるいは初めて見るような、不思議な感覚のまま、気が付けば教室に着いていた。教室の中では何人かの生徒がすでに席に着いていた。どうやら座席は決められているようだ。探してみると、僕の名札が乗った机が見つかった。窓際の後ろから二番目の席だ。悪くない。贅沢を言えば、もう一つ後ろの席なら最高だった。しかし、決して悪い席ではない。なんといっても、窓際の席だ。ぼーっと窓の外を眺めることができる。それだけで授業中はもちろん、一人ぼっちになったとしてもなんとかやっていける。新たな生活の初日にそんな寂しい妄想を始めてしまうあたり、なんともいえない寂しさがある。しかし、早くも“ぼっち”になりそうな僕の妄想は唐突に終わりを告げる。
肩を叩かれた。
「お前、どこ中?」振り返るとさっきまで空席だった席(そして、僕にとっては最高の席)に男子生徒が座っている。そして、彼の隣にも男子生徒が着席している。僕が自分の世界に入っている間に教室に入ってきたようだ。声をかけてきたのは僕の後ろの席の男子のようだ。見るからに、スポーツのできそうな雰囲気である。知らない人にもすぐに話しかけられるあたり、きっと友達も多い社交的なタイプだ。苦手とは言わないまでも、あまり得意なタイプではない。そんな彼が、僕の答えを待っている。
「僕は桜第一中。」
「桜第一?お前も珍しいな。」素直な答えだ。この高校には僕と同じ中学出身はほんの一握りしかいないのだから・・・ん?お前も?
「君はどこ中?」
「俺は清滝中。」
清滝中学校は、この高校の最寄りの中学校で、珍しくはない。僕の疑問は無意識のうちに顔に現れていたのだろう。彼は「あぁ、珍しいのはこっち」と隣に座る男子を指さす。
「どうも。」もう一人の男子が軽く会釈をする。
彼を見てみると・・・イケメンだ。決して派手なわけではないのだけれど、人を惹きつける魅力がある。ヒマワリではないけれど小さな菊の花のような美しさがある。自分でも不思議だが、花に例えたくなるようなイケメンっぷりなのだ。これは、さぞモテるのだろう。
「俺は、篠木中。だけど、中学三年の途中で引っ越してきたから、あんまり前の学校になじんではなかったけどね。」少し寂しさを覗かせながら笑った彼は、やはりかっこよかった。
僕ら三人の関係はこの日のこの会話から始まった。偶然にも同じクラスで、入学初日の座席が近かった。そのままなんとなく一緒に過ごすようになり、それが毎日続き、気付けばずっと一緒にいるようになった。
光は、いわゆるイケメンで、すごくモテる。高校で告白されているところを何度も見聞きした。そしてそのモテっぷりは今に始まったことではなく、中学校の頃からずっと続いているらしい。中学校になじんでいなかったとは思えなかったが、本人が言うのだから、本人なりの思い描いた中学生活は送れなかったのかもしれない。光は県外から転校してきた。当然ながら、中学ではイケメン転校生としてもてはやされたらしい。しかしながら、僕の知る限り、光に彼女がいたことはない。理由を聞いても、「いや、今は彼女とかいらないかな。」としか答えない。前の学校も含め、多くの女子にちやほやされ、色恋沙汰が面倒になってしまったのかもしれない。いずれにしても、僕にとってあるいは僕らにとって、光に彼女がいないことは好都合でもある。
真司は、頭がよくてスポーツ万能、おまけに口も達者な、クラスの中心的な人間だ。好奇心旺盛でいろいろな話に首を突っ込んでいくのに疎まれない。それどころか、相手に受け入れられる。でも真司のすごいところは、男女問わず、大人にも子どもにも、どんな生き物にも素直でフラットな姿勢で接することができるところだ。そういう素直なところが、真司のあらゆる能力の高さを嫌味に感じさせないのだと思う。真司の周りにはいつも人が集まってくる。それなのに、光はまだしも、僕とまで一緒にいたがる、そんな不思議な友達だ。
僕は、二人に比べればはるかに平凡で、一般的な男子高校生だ。名前は佐藤和彦。成績は中の中。体力テストをやれば、見事なまでに平均的な結果を残す。顔は可もなく不可もなくという薄味の顔だ。母親からのお墨付きだから間違いないのだろう。そんな僕が、光や真司と一緒にいるのだから、周りには不思議な光景に見えるのだろう。おかしな噂がたったことも一度や二度ではない。しかしながら、期待にそえるような面白い関係性ではない。僕ら三人はなんとなくくっついたら意外としっくりときた、そんな三人組なのだ。