メイドロボ、ドロシー
スーツを身にまとった俺は、鏡の前であーだこうだしている。
大学の入学式以来……いや、前のコンビニでの面接で着たか。
しかし、あれはメイが同行してきた印象が強すぎてあまり覚えていない。
なんにせよ着慣れないものだな。
社会人の方々は、こんなものを毎日着ているのだろうか。
息苦しそうだ。
などと考えながら髪を弄っていると、金髪さんが声をかけてきた。
「ところで、あなたがさっきから言ってるメイって6873番のことなの?」
6873……ああ、メイの製造番号か。
そうだと答えてやると、彼女はさらに質問を投げかけてくる。
「それって必要なの?番号とか「メイドさん」でよくない?どうせ短い付き合いなんだし」
「呼びづらいだろ。それにメイとはもう長い付き合いだ」
3ヶ月以上は一緒にいる気がする。
最初は上手くやっていけるか不安だったがどうにかなるものだ。
「それが異常なのよね。普通1ヶ月くらいで支援は終わるし」
「それくらい俺がどうしようもないってことだな!わはは!」
胸を張って言った俺に、「なんでやねん」とツッコミを入れてくる金髪さん。
やはりノリはいいようである。
「ん?もしかして、お前もあだ名がほしいのか?」
「ちち、違うわよっ!気になったから、聞いてみただけ!」
顔を真赤にして目をそらす金髪さん。
ころころ表情が変わって非常におもしろい。
「むむ……メイドロボ……メイは使ったから、ドロボ、ドロ……ドロ……ドロシー。うん、お前今日からドロシーな」
欧州系の見た目をしているし、名前もそれっぽくていい感じだ。
きっと気に入ってくれるだろう。
「いらないって言ったでしょ!何勝手につけてんのよー!」
「落ち着け、ドロシー。ドロシーはいい子だから「シーッ」出来るよね?」
「うん♪ドロシーいい子だから静かにできるよー」
「って、ちゃうわーい!」
相変わらずのノリツッコミである。
「ドロシーは関西の事業所出身ですからね。ノリと青のりに人生掛けてます」
支度を終えたメイが話に入ってきた。
「掛けてないし、ドロシーじゃないから!」
「いいじゃないですか、ドロシー。可愛いですよ」
「同じメイドロボに言われても嬉しくないんだけど…」
「だ、そうです。ユーセイ」
「よしよし、ドロシー可愛いぞ、可愛い可愛い」
ドロシーの頭をぽんぽんしながら褒めまくる。
「~~~~~~ッ!やーめーろぉ」
足をじたばたして抵抗するが、やはり手をどけようとはしない。
可愛いやつめ。
ふと、時計を見ると、ちょうど11時を過ぎた頃だった。
そろそろ出発しよう。
ただし、俺はハロワの場所を知らない。
「メイ、例の場所への案内を頼む」
頷いたメイが一通りの確認をした後、俺たちは家を後にした。
・・・・・・
・・・
「はぁ……」
ドロシーの監視の下、なんとかハロワでの作業をやり終えた俺はため息をついた。
初めての体験だったし、ハロワのお姉さんにも迷惑かけたな。
もう、行きたくない。
顔覚えられていたらどうしよう。
変なあだ名とか付けられていたら嫌だな。
あのお姉さんがゴミを見るような目で『このヘタレニートが』とか罵ってきたら?
それはそれで有りかもしれない。
変なものが目覚めそうな俺だった。
「なんか普通ね。つまらないわ」
無事家へと戻って安心している俺とメイをよそに、ドロシーは少し不機嫌だった。
普通、ということはなんとか誤魔化せたってことで良いのだろうか。
昨日頑張って早寝した甲斐もあるってもんだ。
「こんな感じの毎日ってことだな」
「でも、こうなると、ますますメイドロボの入れ替えをする必要が出てきたわね」
「は? なんでそうなるんだよ」
「優秀なあたしのプロデュースが必要ってことよ。687……その、メイでは力不足ってこと」
「ちょっと待ってくれ。俺、メイがいないと死んじゃうんだが」
ニート生活的に。
もう普通の生活に戻るだんて考えられない。
「安心して。こう見えてあたしも家事とか得意なんだから!安心して就活できるわ」
「それにあたしが言うのもなんだけど、人間からすればメイドロボなんてどれでも一緒でしょ」
"どれでも一緒"
たしかに、少し前の俺ならロボットなんて、と思っていたかもしれない。
だが、俺はこの数ヶ月で、メイのロボットらしからぬ人間味にも触れてきた。
俺がメイと共に暮らしたいのは、ニート生活を続けられるから、それだけじゃないんだ。
「ドロシー、お前はすごく可愛い!」
「な、なな何よ、急に!」
「そして、ウチのメイも可愛い!しかし、だ。それは違う可愛さなんだ!」
「ユーセイ……」
メイとドロシーは黙って俺の話を聞いていた。
そんな2人に俺は感情のままに言葉をぶつける。
「この何ヶ月か、メイと一緒に生活を送って、こいつの良いところとか悪いところとか色々見てきた。優秀ですぐに仕事を終わらせるドロシーには分からないかもしれない。だけど……」
だけど……
「俺は、メイとの間に、なんか信頼感みたいなものを感じてるんだ。ドロシーなら俺を更生させられるかもしれない。それでも、俺はその信頼感ってのを大事にしていきたい。他の誰でもダメなんだ!」
「俺はメイじゃなきゃだめなんだぁぁぁぁ!!」
……
2人が照れた様子で俺を見る。
「これ、告白? あなた大胆ね」
「ユーセイ、そういうのはまだ早い……です」
足をもじもじしながらメイが追い打ちをかけてくる。
「な、な、な、なななな」
今更になって、妙に恥ずかしくなってきた。
心臓がバクバクして上手く言葉がでない俺だった。