七話 いいこと教えてあげるって言われても……
「いいかい、ゼクス。僕には不思議な力なんて何もないしそんな存在に心当たりはこれっぽっちもないし、ごくごくありふれた平均的な中学生なんだよ。だからそんなことを話されても、いい加減迷惑なんだ」
「ごくありふれた平均的な中学生は、道がわからなくなったからって山を登ろうだなんて馬鹿な真似、しないと思うんだけど……」
「うぐぅっ……」
た、確かにそうだけどさ!! 僕の方向音痴は平均の範疇から逸脱してるけど!! それは認めるよ認めざるを得ないから!!
痛いところを突かれ黙り込む僕に、ゼクスは難しい顔で訊いて来る。
「一つ訊きたいんだけど、流くんこれから帰るのよね?」
「え? うん」
「ちなみに、寄り道をする予定は?」
「ないよ」
だから、今すぐに帰りたいんだけど。
口に出さなかった言葉は通じなかったようで、ゼクスは難しい顔で何かを考え込んでいた。
「んー……じゃあこうしましょう。今からすごーく有益な情報を教えるから、私と一緒に帰らない?」
「お断りします」
「即答!? どんな情報だか気にならないの!?」
だって、ねえ……こういうのは、大抵どうでもいいことだ。どうしよう、近所にいい感じの廃墟があるとかそんな情報だったら。教えられても困惑するだけなんだけど。
僕が素気ない対応をしたからか、ゼクスはわかりやすくふくれっ面だ。
「いいじゃないの別に。一緒に帰るくらい、減るもんじゃないし」
「絶対意味不明な会話とセットでしょ……」
あと、SAN値が減りそうだから嫌だ。
それに、あまりゼクスと一緒にいるのを目撃されたくはなかった。この話が広まったりなんかすれば、後々厄介なことになるのは目に見えている。別に僕は、この世界に不満はない。だから波風立たずに平凡な生活が送れれば、それはそれでいいのだ。
……まあ、刺激的な日常、ってのも、悪くはないと思うけど。
ふくれっ面のゼクスは少しの間辺りに視線を彷徨わせていたが、不意にポンと手を打って余裕の表情になった。まるでいいこと思い付いた! と言わんばかりで、僕としては不安しか感じない。
「ならこうしましょう。私が先に有益な情報を教えてあげるから、その情報が本当に有益だったら私と一緒に帰って。それでどう?」
「えぇー……」
これなら僕が損をすることはない、かな? 聞くだけ聞いて有益じゃなかったって言えば、なんだっていいわけだし。
別に流されたわけでも、ずっと立ちっぱなしのゼクスが可哀想だなーとか思ったわけじゃない。有益な情報とやらは聞くだけならタダだし、それに早めに帰りたいが帰って特にすることがあるわけじゃない。強いて言うならゲームか読書くらいだ。だったら聞いておいてもいいかなと思ったのである。
「それなら、まあ……」
あからさまに気乗りしない僕の返事にもゼクスは余裕な態度を崩さず、勝利を確信した目を向けて来る。ここまでされると若干天邪鬼ぎみな僕としては、なんとしても有益だと認めないようにしようという捻くれた決意を固めたくなる。
よし、どんな情報でも一蹴してやるぞ!
「この道の先、隣町よ?」
「ごめんなさいとっても役立つ情報でした!!」
会心の手のひら返しが炸裂した!!
だってしょうがないじゃん。これ超有益だよ。隣町ってことは、僕んちと方向全然違うじゃん……
本気で有益な情報を与えられて落ち込む僕とは対照的に、ゼクスはとても嬉しそうだった。そんなに僕を二次元からの使者に仕立て上げたいんだろうか。
ため息を吐き大人しく一緒に帰ろうとした時、ふと気づいたことがあった。
「あれ? ここが隣町へ続く道なら、なんでゼクスここにいるの? 僕のこと待ち伏せしてたんじゃあ?」
だからこんなところで突っ立ってたんじゃないの?
僕の問いに、ゼクスはキョトンとした顔を返した。
「え? なんで私があなたのこと待ち伏せするの?」
「むしろしてないのになんでいるの!?」
え、待って待って。こっちが隣町へ行く道なら、ここで立っていても僕が通ることは普通ない。というかよく考えたら、僕今朝は裏門まで父さんの車で送ってもらったから方角間違えたんだ。冷静に考えると、今は正門から出ちゃったもんな。
とすると、もしもゼクスが僕が来るのをたまたま見ていて方向を知っていただけだとしても、待つなら裏門で待つべきだ。僕の方向音痴を知っていてこっちから来るだろうと思っていたなら、正門前とかで待つべきだし。こんなところに立っている理由がさっぱりわからない。
ゼクスは更にキョトンと首を傾げると、本気で不思議そうな目でこちらを見て来た。わかりやすく言うと、『こいつ何言ってんの?』って顔だ。
「私はただ、たまには遠回りして、帰りがてらモンスターをゲットしようとしてただけよ?」
「それでスマホ……」
それで、か……それによくよく考えてみたら、僕は長崎に誘われて職員室に行っていたので、放課後になってからそれなりに時間が経っている。待ち伏せなら、もっと効率良く帰る時に直接教室まで来ればよかっただけの話だ。クラス隣なんだから。