五 ありえないから
この学校の誰にも言っていないはずの事実を知られていることに戦慄する僕に、ゼクスはとても嫌そうなため息交じりに教えてくれた。
「流くんが入院した病院の院長なのよ、うちの」
「うちのって……あ、お父さんとか?」
「……まあ、血は繋がっているわね」
やたらと歯切れが悪いのは、あまり仲が良くないからだろうか。だったら、下手に突っつかない方がいいな。家族の問題に他人が首突っ込んでも、ロクなことにならないのは目に見えてるし。
にしても、院長の娘とはこれまたすごい。だったら病院に用事があって来た時にでも、僕のことを見かけていたのかもしれない。下手をすると、挨拶くらいならしていたかも。それなら、今朝の会ったことがあるって発言も頷ける。
もしかしたら、男の子のことも知っているかもしれない。後で訊こう。個人情報だしプライバシー保護云々とかで、教えてもらえないかもだけど。
「そっかそれでか。って言うか、それならわかってたんじゃないの? 入院する時に手続きとかしたし、保険証も出すわけだし、僕がただの一般人だってさ」
「見た目が一般人だったとしても、人間何を隠してるかわからないじゃない。ねえ流くん、本当に何もないの? 何か、二次元的なこと。実は異能の力が使えたり、不思議生物が見えたり」
「そのパターンって、どっちかって言うと元々学校にいる側の話だよね。それで転校して来た方に、実はその能力は~とか、説明受ける系でしょ。ゼクスに超常の力の当てがないって言うなら、僕にそれを期待しても全くの無駄じゃないかな」
「これから能力授けてくれるタイプかもしれないじゃない!! でなければ、この後密かに戦う使命を帯びてる流くんが元人間の化け物的なやつと戦ってるところに私が遭遇して、巻き込まれた方である私が何かすごい力発揮するみたいな!!」
「ゼクスとしては残念だろうけど、本気で何もないよ。吸血鬼でもなければ魔法使いでもないし、超常の能力なんて何も持ってないから。人類の敵とかと戦う使命もないし、うっかり殺されてゾンビになったこともない。死んだことはないから、不死じゃないとは断言出来ないけど」
と言うか不死じゃないって断言するには、死ぬような目に遭って生還しないといけない。僕はただの人間なので、そんなことになったら普通に死んでる。
この三次元に、科学を逸脱したものなんて存在しないのだ。十四年も生きていれば、そんなのわかるだろうに。
ゼクスは、とてもわかりやすくがっかりしていた。漫画だったら、背景に縦線とか落ち込む顔文字が入りそうな感じだ。
「せっかくこんなろくでもない微妙な町に転校生が来たから、こんな超どうでもいい世界を変えてくれると思ったのになぁ……」
「三次元、買い被りすぎじゃない?」
そんなもん起こらないからこそ、小説や漫画のような二次元が売れるのだ。誰にでも起こるようなことなら、わざわざ漫画とかにする意味がない。日常系の漫画とかだって、どう頑張っても三次元じゃないようなことばっかりなんだから。
金髪の外国人がいきなりクラスにやって来る、くらいなら三次元でも起こるけど、その子が嫌な奴だってこともあるだろう。きゃっきゃうふふの百合百合空間が形成される可能性は、著しく低い。
と言うか共学なのに男子がほとんど画面に出て来ない時点で、相当ファンタジーじゃないだろうか。絶対何かしらの会話が男子とあるだろ、日直の件とかゴミ当番とかそういう必要最低限のが。
僕の冷静なツッコミがお気に召さなかったのか、机に半分突っ伏しているゼクスは恨めしげにこちらを見つめていた。
僕が悪いことをしたわけじゃないのに、そんな目で見られると謎の罪悪感が湧き上がって来るからやめてくれないかな……
「もうちょっとこう難易度下げるから、何かないの? 実は十年前とかにこの辺に住んでて、その時に同い年くらいの女の子と出会ってたり。そんで次に会った時の為に、何かロマンチックな約束してたり」
「だからね? そのタイプで行くと、ゼクスがその昔会った女の子になるんだけど。そっちにそんなことがあった心当たりは?」
「皆無よ」
「じゃあ僕も知ったこっちゃないよ」
と言うかそれ、女子側が覚えてないと意味がないパターンじゃないかな。どっちか覚えてないと、本当にあったかどうかすら曖昧じゃないか。
「そもそもの話さあ、三次元なんかに期待したって無駄じゃないかな? だって、三次元だよ? 普通に生きて、普通に死ぬのが僕達みたいな一般人の運命なんだよ」
「あなたね……一体いくつよ? 何その、すでにめっちゃ悟ってる感じの人生観。あ、まさかとは思うけど、実は謎の眠り病に侵されてて最近目覚めたから、実年齢は結構年上とか――」
「正真正銘十四歳だよ!」
失礼な! ただ僕は、期待なんてしても無駄だと言っているだけなのに。
結局その後も、宇宙人の知り合いはいないかとか、両親がどこか怪しげな環境団体で働いてたりしないかとか、およそ現実では起こらないようなことばかり訊かれれる羽目になったのだった。
昼休みがそれだけで終わってしまったので、次の五時間目の授業が遅刻ギリギリだったのは心の底からげんなりした。本当にもう面倒な子だ……