四話 そんなことを訊かれても
僕の盛大なため息に、ゼクスは思案顔になる。呼び方が気に入らないのを察してくれて、別の呼び名を考えてでもいるんだろう。……だからホント、普通に呼んでくれないかな。最初の通り、苗字でいいから。
「じゃあ……流くん」
「……」
どうやら願いが通じていたらしく、至って普通の呼び方をされた。
普通と言うかその……自分で普通に呼べって言っておいてなんだけど、その呼び方だと恋人同士みたいでちょっとこそばゆい。うん。意外と呼び方って大事みたいだ。
僕のした注文は守って捻らず下の名前で呼んでいるようなものなので、まあいいかと思うことにした。
冷静になってよくよく考えてみると、会ったばかりの女子に下の名前で呼ばれるだなんて、十四年間生きて来て初めてじゃないだろうか。幼稚園の頃から、呼びやすいのか名字ベースで『くーちゃん』とか呼ばれていたし。
「それならまあ、いいかな」
「わかったわ、流くん。それで、ここに来てもらった本題なんだけど」
そんなわけで昼休みを十分近く使って、ようやっと本題に入ることが出来た。僕としては本題って何って感じなんだけど。すごくいきなり呼び出されたわけだし。
やたらと真剣な顔になったでゼクスに訊かれたのは、思いもよらないことだった。
「あなた、誰も聞いたことがないくらいマイナーなどこかの国の、王子だったりしない? あ、王子じゃなくて王位継承権があるだけとか、なんなら貴族でもいいわ!!」
「い、いや、ごく一般的な庶民だけど……?」
僕って、そんなに高貴な生まれに見えるんだろうか。運動苦手でなよっちいいから、たまーに女子と間違えられるようなもやしだけど、そんなことを言われたことなんて一回もないぞ? どこからそんな発想から出て来たんだ?
僕の返答に、ゼクスは不満そうだ。そんな風に不満がられても、僕としてはどうしようもないんだけど……
「なら、近所に仲が良くて朝起こしに来てくれる、可愛い女子の幼馴染がいるとか」
「引っ越して来たばかりの人に何訊いてるの? 前に住んでた場所に幼馴染はいたけど、男だよ? 前田陽大って名前の」
「その子、実は女子だったり!」
「修学旅行の時一緒にお風呂入ってるからそれはない」
「じゃあすごく慕ってくれる妹とか、成人してて色々出来るカッコいい姉とか!!」
「兄ならいる。今年就職したから、父さんの転勤に付いて来ないで社宅行ったけど」
「……そのお兄さん、超頭が良くて東大出てたりは」
「大学行ってないよ。勉強嫌いだから。どこかの印刷会社に就職したって言ってたかなぁ」
ここまで来ると、ゼクスが僕に何を訊きたいのか大体わかった。そして、どんな期待をしていたのかも。
「あのさゼクス。僕たまたま転校して来た時期が変な感じになっただけで、特徴も何も無い男子中学生だよ?」
「そんなことないわ!! 何かこう、ラノベとか漫画っぽいことが起こるはずなのよ!! 変な時期の転校生だなんて、フラグ中のフラグじゃない!!」
「ここ三次元なんだけど……」
やっぱり、そうだ。
ゼクスが僕に期待していたこと。それは、『非日常の世界へ誘ってくれる存在』だということだ。
妙なタイミングで転校して来る、と言うのは、ゼクスが言う通りライトノベルなんかでは定番のシチュエーションだ。僕の知る限りだと、宇宙人とか時空超えた妹とか、空から降って来た少女とか。大抵は何かしらの不可思議を連れて来ている。転校理由も、主人公側に何かしらの理由があって転校して来る事が多い。
だが、ここは残念ながら三次元だ。そんなこと起こるわけがない。
「僕が四月に転校して来れなかったのは、ちょっと入院してたからで……」
「知ってる。道に迷ってどうしてだか住宅街奥の山に登った挙句、途中で盲腸炎起こしてぶっ倒れたんでしょ。それで一週間も入院してたから時期がズレたのよね」
「なんで知ってるの!?」
まさしくその通りだった。
僕は昔から方向音痴で、転校初日も学校まで辿り着けるか不安だった。なので、その前日に学校への道を知るために出かけたのだ。
だが、僕は僕自身の方向音痴っぷりを舐めていた。あっさり来た道を見失った僕は、なぜか山にいたのである。方向音痴のくせに、近道しようとか思っちゃったのが間違いだった。
うろうろするうちに更に山奥へと迷い込んだ僕は、何か見えないかと辺りに目を凝らしていたところ急激にお腹が痛くなったのだ。そして意識が朦朧としたところを……ところを……
あ、れ? どうなったんだっけ?
よくよく思い出そうとしてみるが、細かいところが思い出せない。確か、誰かに助けられたと思うんだけど……身長が小さくて声の高い、小学生くらいの男の子だった、ような?
うっすら覚えているのは、それだけだった。多分その子が僕を見つけて、救急車を呼ぶなりしてくれたのだろう。お礼を言いたいのだけど、どこの誰か僕は聞いていない。誰が運んで来てくれたのか、父さんも母さんも知らなかったのだ。どうも僕のことを救急車に預けたあと、その子はどこかにいなくなったらしい。
今度探そうとは思うものの、方向音痴の僕には厳しいだろうと思う。