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三十話 今ならわかるのに

 そこで、前にゼクスにまだ村上さんと付き合ってるのかと訊かれたことをいまさらのように思い出した。


 あんなことをいきなり訊いて来たのは、僕のことが気になっていたからとか、そんな浮ついた理由なんかじゃ全くなかったのだ。多分だけど、ゼクスは何かの拍子に知ってしまったんだろう。村上さんが、僕と付き合っている理由を。


 何がモテ期だよ。思い上がりもいい加減にしろ。ほんの一瞬でもそんなことを考えた自分を、出来るものなら本気でぶん殴ってやりたい。


 しかも、それに付随して気付いたことがある。


 ゼクスへのいじめが鈍感な僕にでも感じ取れるほどに酷くなったのは、あの質問の直後からだった。全部を知ってしまったゼクスは、それを気に病んで直接村上さんに抗議したのだろう。そんな理由で、僕と交際を続けるのはやめて欲しいと。そしてそれが決定的な原因となって、いじめは悪化した。


 つまり、全部僕のせいってことになる。僕が、村上さんに騙されたばっかりにこんなことになったのだ。ゼクスになんて言って謝ればいいのか、見当もつかない。


 これまでの人生で一度も感じた事のないほどの怒りが、ふつふつとこみ上げて来る。僕がもう少し手が早い性格をしていたら、村上さんをグーで殴っていたかもしれないくらいに。


 不機嫌そうに腕を組んだ村上さんは、僕のことを親の仇かと思うくらいに鋭い目で睨みつけた。この期に及んでここまで尊大な態度を取り続けられるというのは、ある種の才能ですらあるのかもしれない。


「あんたってさぁ、そんな正義くんキャラだったっけ? つい最近までなーんにも気付かないで暢気にお付き合いごっこしてたクセに、いまさらそんなこと言うんだ? 超遅くない?」


「そんなことはわかってる。それに僕は、気付いたところで何も出来なかったから――いや、違うか。出来ないじゃなくて、しようともしなかった、だ。どうにも出来ないと思ったから、何かをしようともせずに諦めた」


 僕なんかの力で、何かが変わるわけがないから。


 そう、勝手に思い込んでいたのだ。やってもいないのに無理だと言うのは、ただの言い訳に過ぎないのに。今なら、それがよくわかる。


 村上さんは鬼の首を取ったかのように勝ち誇ったような笑みで、僕のことを見下していた。


「なんだ、ちゃんとわかってんじゃん。わかっててスルーとか、あんただって充分クズじゃね? クズのクセして、あたしらにぐちぐち説教垂れる筋合いどこにもねーっしょ」


「筋合いがどうとか、そんなことは関係ない。間違ってることを間違ってるって言うのに、資格なんて要らないんだ」


 ようやく、そのことに気付く事が出来た。知らないことそのものが悪かったわけじゃない。知らなかったなら、知った時に言えばよかったんだ。いつ気付くかじゃなくて、大事なのはその後。気付いてすぐに、言えばよかったのに。それだけのことを、僕はやらなかったんだ。


 僕の言葉を、村上さんは鼻で笑った。きっとこの人は、僕が何を言ったところで変わることなんてないのだろう。それがはっきりとわかる。


「は、うっざ。まだ説教とか、あんたマジで何様なわけ? てかあんた、自分の立場わかってんの? 原なんかに構っただけじゃなく、あたしに盾突いて無事だった奴いないから。あんた、どんな目に遭うと思う?」


「どうとでもしなよ。どうせ、来年の三月にはいなくなるんだから」


「ぐっ……」


 前にそう言ったことを思い出したのか、ここで初めて村上さんが言葉に詰まった。


 最初から、そう言えていればどれほどよかったか。実際には、一週間もかかってしまった。もっと早く言うべきだったのだ。そうすれば、ゼクスは一人で抱え込まなくて済んだのに。何も出来なくてもせめて、一緒に背負うことくらい出来たはずだ。僕がもっと、しっかりしていれば――


「……あれ?」


 待って。変だ。何か、何かが、おかしい。何かなくちゃいけないものが、足りてないような……


 嫌な予感に背中を押されるように恐る恐る辺りを見回して、違和感の正体がなんなのかを遅まきながら理解した。


「……ゼクス、は?」


 どれほど見回しても、見える範囲にゼクスの姿がないのだ。


 そのことに村上さん達も気付いていなかったらしく、驚いた顔できょろきょろしている。つまりこの場にいる誰一人として、ゼクスがいないことに気付いていなかったのだ。


「さ、さっきまでここに……あいつどこ逃げやがった!?」


 考えてみれば、最初僕がここに突撃してから、ゼクスの姿を見た記憶が全くない。下手をすれば、村上さんが話し出した直後には行方を眩ませていたかもしれなかった。


「くそっ!」


 やばい。絶対にやばい。今のゼクスを一人になんてすれば、何をやらかすかわかったもんじゃ……!!


 さっきまでの、あの目。何かが抜け落ちてしまったかのようなあの目を思い出すと、頭の中で警鐘が鳴り響く。何もかもどうでもよさそうに見るあの目は、危険な兆候だとしか思えない。


 僕は三人のことなんて頭から放り出して、その場から駆け出した。


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