二十二話 思わせぶりはたいていろくでもないこと
この前たまたま一人で外出した時は、たまたま出くわしたパトロール中のお巡りさんがいたから帰って来れたけど、今日はもしゼクスに会ってなかったらまた迷子だったってことになる。ゼクスが近所に住んでてホントよかった。でなきゃ、本気で迷子になってたかもしれない。迷子どころか失踪クラスだってありえた。
「まあ、空を指して地図だと北って上だから上とか答えられなくてよかったわよ」
「あのね、三次元でそんな人はいないから。二次元にしかいないから」
「けどさ中途半端じゃないかしら? いっそのこと突き抜けて、目を離さなくてもいなくなるレベルを目指しなさいよ」
「それ、三次元で起こったらただの失踪事件だからね?」
て言うか僕としては、そんなステルス性能持ちたくない。むしろ普通に目的地辿り着ける、普通の人間になりたいのだ。
……こうなってしまえば、もう他に手はない。
「あの、ゼクスさん。お願いがあるのですけども……そのー、長崎んちまで案内してもらえないでしょうか……」
「特に用事もないし、私は別にいいけど……ケータイを持っているなら、今すぐ長崎くんに電話して、返すの明日にしてもらえばいいだけじゃないの?」
「あ」
言われてみればそうだ。長崎とは、明日学校で会える。長崎のことだから、今日じゃなきゃダメだとは言わないだろう。期限を決めて借りたわけでもないし。
という訳で電話してみると、長崎はずいぶんとあっさり快諾してくれた。
「まあ、元から期待してなかったしな」
って最後に言われたんだけど、あれって僕が今日長崎んちに着かないって思ってたから出た言葉なわけだよね? 僕って、そこまで方向音痴だと思われてたのか……
そして、悔しいことにそれはとても正しかったのだけれども。
「しょうがない。長崎んちに行くのやめたから、僕はもう家に帰るね。ここから本屋が見えるから、いくらなんでも迷わないし」
すぐ目の前に本屋へ行くための横断歩道が見えているのだから、僕でも辿り着ける。これで道が見えなかったり、目的地の一部しか見えてないと辿り着けない恐れがないでもないんだけど。
「あ、ちょっと待って」
とっとと本屋に行って目当ての本を買おうと踵を返すと、なぜかゼクスに止められた。振り返ってゼクスの方を見ると、どうにも気まずそうな顔をしている。ただ、なんでそんな顔をしているのかはわからない。
「どうしたの?」
「えっと、その……村上さんとは、まだ付き合ってるのかしら?」
「へ? なに、急に。そんなこと訊いてどうするの?」
「……ちょっと気になっただけよ」
「ふーん……?」
気にはなったけれど、特に隠すことでもないし問題もないので正直に答えることにした。
「まあいいや。うん、付き合ってるよ。予定が合えば一緒に帰ったりしてる。休みの日にどこかに行こうとか、そんな話にはなったことないけど」
ていうか、話自体あんましないけど。
あの後も何度か村上さんと一緒に帰っているのだけど、やはり丁度いい話題ってのが見つからないのだ。大体僕が話を振って、というか質問をして、村上さんが答える。で、終わり。
村上さんから話を振って来たことは数えるほどしかないし、喋るのが苦手なのかと思えばそういうわけでもないっぽい。この前昼休みに、全体的に派手な雰囲気の女の子達と三人できゃいきゃい楽しそうに話しているのを見かけたことがあるのだ。
僕と二人きりの時とはテンションにえらい落差があって、驚いたのを覚えている。付き合い始めてもう一か月が経つわけなのだが、未だに緊張しているのだろうか。だとしたらわかりすいのだけど。
僕も僕で距離感がわからないから、話しかける度に緊張する。必死で何か話題がないかって探すから、結構疲れるし。最近なんか、逆になにも話さない方がいいんじゃないかすら思えて来たんだから、どれだけ行き詰ってるかわかるだろう。
でも、向こうが何か具体的なアクションを起こしたり、別れたいって言い出すことはないんだよなぁ……
不思議と言えば不思議だが、たまにお菓子なんかを作って来てくれるし、嫌われてはないと思うのだ。お菓子の味は……まあ、言わぬが花か。
僕の返事を聞いたゼクスの表情が、にわかに曇る。
「そう。やっぱりまだ付き合ってるのね……」
「え、うん……」
なんだろう。僕と村上さんが付き合ってたら、何か問題があるのだろうか。
「あ、今年度いっぱいしかこの辺にはいないって話ならしたよ?」
「そう、言うんじゃ……いえ、いいわ。今の聞かなかったことにして?」
「? いいけど……」
なんでゼクスが、僕と村上さんの仲を気にするんだろう? まさか、ゼクスも僕のこと――
いやないない。
冷静な自分が、即ツッコミを入れてくれたお蔭で正気に戻った。危ない危ない。危うく、自分がモテモテだと勘違いする、イタイやつになるところだた。
でも、じゃなかったら、なんで?
その疑問をぶつけようにも、僕の返事を聞いたゼクスはすでにそそくさとその場を後にしていたので、ぶつける相手がいないまま頭の片隅にしまい込まれたのだった。




