二話 呼び出し
どうやらこの美少女、頭に残念とか付く感じの美少女だったらしい。うん、これは美少女じゃなかったらいじめられて迫害されてるようなタイプだ。
厨二病の中でもポピュラーというか、わかりやすい邪気眼を患っているらしい。前世がどうとか言ってるし。厨二病の中でもわかりやすく最も面倒なタイプであり、設定を盛られると後々厄介なことになりかねないのが特徴だ。
救いなのは、この子が末期の本気で自分のことを特別だと思っているタイプではないということだ。そのタイプなら、妄想と言われて怒るか理解が足りないと馬鹿にするかの二択だ。この子は怒ったのではなくツッコんで来たので、まだマシな方だ。と、思いたい。
どっちにしろ、もうすぐ一時間目が始まってしまう。少女の剣幕に押されたのか僕の周りを囲っていた人達も黙り込んでいるし、何にせよ一度帰ってもらうのが得策だろう。
そう判断した僕は、まだ怒っている様子の少女に出来るだけ丁寧に言った。
「申し訳ないんだけど、邪魔だから自分のクラスに帰ってくれないかな?」
「物腰柔らかそうに言ってるけど、はっきり邪魔って言っちゃってる時点で酷い言い草だからね!?」
あれおかしいな。僕としては丁寧に言ったつもりだったんだけど。
と言うかこの子、ボケキャラと言うかツッコミ待ちキャラかと思いきや、そうでもないらしい。割とスムーズに会話が成立していることからもわかる通り、言うほど変な子ではないのかもしれなかった。
さっきのは、この子なりの冗談だったのかも。前にどこかで挨拶したとかなのをこの子だけが覚えていて、僕が覚えてなさそうだから気を使わせないようにしたとか。
だとしたら、忘れてた僕が悪いってことになる。けど本気で思い出せないし授業の邪魔になってしまうのは本当なので、今度こそ丁重に帰ってもらうことにしよう。
「えっと、本当に授業もう始まっちゃうんだ。君も自分のクラスに戻らないと、先生に怒られるよ」
今回は丁寧に言う事に成功したらしく、少女は深々とため息を吐いてから頷いた。
「まあいいわよ。今は帰るけど、次は話聞かせて。絶対よ?」
「空いてる時なら別に構わないよ。昼休みとか」
「昼休みね」
言うが早いか、少女はスタスタと扉まで歩いて行くと、入って来たのと同じように勢いよく扉を閉めて帰って行った。あの様子だと、昼休みにまた来るのは確実だ。
台風のような少女の来訪にため息を吐く僕に、みんなが同情的な視線を向けて来る。その中で身長が高い体格のいい男子が、肩をポンと叩いた。
「空閑、って言ったよな。災難だったな、あいつに目ぇつけられるとか」
言い方からして、あの子の残念っぷりは有名らしい。
「えっと……」
「俺は長崎慶壱だ。よろしく」
「よろしく。じゃあ長崎。あの子って何と言うか……有名な子?」
僕の質問に、長崎は苦い顔で頷いた。この様子だと、絶対好かれてないなあの子。
と、そこで一時間目の授業の先生がやって来てしまったので、話は強制的に中断されてしまった。後で訊こう。
――と、思ったのだけど。今日は移動教室だらけで、休み時間がほとんど潰れてしまった。訊こうと思えば訊けたかもしれないけど、僕としてはそれよりも次の授業の場所へ行くことの方が重要だったのだ。この学校生徒数の割には地味に広くて、どこになにがあるのかわかりづらい。
というかこの学校って全学年二クラスしかないけど、ちゃんと学校としてやっていけてるんだろうか。まあ、僕が気にすることじゃないから、別にいいんだけど。潰れるにしても、流石に僕の在学中にはないだろうし。
そんなわけで何の予備知識もなく、僕はまたあの女の子と話すことになってしまった。給食の時間と昼休みはきっちり分かれているので、こっちが食事中に突撃して来る、なんてこともなかったし。
よく考えると、給食の時にでも前の席に座っている長崎に訊けばよかったかもしれない。漫画の話なんてしている場合じゃなかった。
昼休みの開始を告げるチャイムとほとんど同時、滑り込むようにして今朝の女の子が僕の元にやって来た。ちなみに、今回もモーゼ状態だったので、多分この子友達いない系の子だと思う。
「空閑くん、ちょっとこっち来て」
「それは教室じゃダメな感じかな?」
「ダメではない、けど……出来れば場所を移してくれるとありがたいわ」
そう言うのであれば、僕が拒否する理由はない。なんとなく移動するのが億劫だったたけで、別にどうしても教室で話したかったわけでもないし。
小さい割に歩くのが早いお蔭で、僕の方から特別歩幅を合わせたりしなくて済んだ。楽でいい。
辿り着いたのは、屋上の手前の踊り場である。階段の途中じゃないので、ここを踊り場と言うかどうかはわからないけど。普通屋上って立ち入り禁止だからどうするのかなーと思いきや、屋上に入るのではなく積まれた予備の椅子の一つに座ったのだ。
どうやらここは通過点とかではなく、目的地だったらしい。予備であまり使われていないはずなのに埃が積もっていないのは、この子が綺麗にしたからだろう。
向こうが立っているのに僕が立っているのもなんかもやもやするので、同じく適当な椅子に座る。間に予備の机を挟んでいるせいで、雑談とかではなく面談っぽい雰囲気だ。妙に緊張してしまう。