十八話 道案内
山を下り始めてから、およそ三十分後のことだった。
急激に視界が開け、住宅街が見えて来たのだ。どうも僕は山の中でもその方向音痴っぷりをフルに発揮し、真っ直ぐ登れていなかったらしい。
でなきゃ登って来た時の半分くらいの時間で、下山出来てるはずがない。どこをどう登ったら、頂上までかかる時間が倍を超えるんだろうか。自分で自分の方向音痴っぷりは、呆れるくらいだ。
そしてその住宅街の入口で、僕のことをここまで案内して来てくれていた男の子はどうしてか立ち止まった。そのまま何かを言う様子もなく、ただ立っているだけだ。
「どうしたの?」
気になって声をかけてみると、数秒の沈黙の後に男の子は口を開いた。
「ここを、道なりに真っ直ぐ」
そう言って指さしたのは、三差路の右の道だ。つまりここを真っ直ぐ行けば、帰ることが出来るということなのだろう。
あ、よく見れば目の前の家って、さっき送った村上さんの家じゃん。てことは僕、帰ろうとして行った方向が真逆だったのか……
なんかもう、今度からは行こうと思ったのと違った方向に行ってみた方がいいんじゃないか? ここまで方向違うと。もしかしたら、今より迷子率下がるかも。いやでも僕の場合、そういう時に限って正しい道から離れそうだよなぁ……
ピタリと立ち止まっている男の子は、その場から動く気配が微塵もない。どうやら、この子が案内してくれるのはここまでのようだ。
冷静に考えればこの子に僕の家を教えてないんだから、案内は必然的にここまでになる。ここは山の出口と同時に住宅街の入り口だし、ここまで案内すればあとは知っている道くらいあるだろうという判断だろう。
僕としては、ここからでも絶対に家に辿り着けるかって訊かれたら断言出来ないんだけど……まあ、これ以上を望むのは贅沢過ぎるもんな。
「本当に、ありがとう。二回もお世話になっちゃったね。君がいなかったら、今頃僕生きてなかったかもしれないよ」
「……別に」
その声からは、感情が感じられなかった。何がとは言えないけど、どこかが妙だ。
山を降りてこうして明るいところで見ると、男の子がどことなくおかしなことに気付く。どこがおかしいかと訊かれても言葉にすることは出来ないのだが、どこかがおかしいのだ。
「……なに?」
「え? あ、いや……」
僕があまりにもじーっと見つめるもんだから、気になったらしい。いくら相手が子供でも、見つめるのは失礼だよね。
「ごめんね。ちょっと考え事をしてて……あ、そうだ。確か鞄の中にいいものがあったはず……」
持っていた鞄をごそごそと漁ると、ポケットから目的のある物を取り出す。
僕が取り出したそれを見た瞬間、男の子のまとう雰囲気が目に見えるくらいガラリと変わった。
「そ、それ……!!」
「僕はあんまり興味ないんだけど……なんか、レア物らしいから」
それは、小さな猫のようなウサギのようなちんちくりんの生物を、無理矢理デフォルメさせたような謎生物のストラップ。オンラインゲームのではなく、リアルの方のガチャを回して出て来るやつだ。今年の初めからやってるアニメのもので、なかなか出ないことで有名なシークレットである。
ちなみにこれ、夜光塗料が塗ってあるらしく暗いところだと緑色に光るのだ。一回見たことあるけど、超不気味だった。
なぜこんなものを持っているかと言うと、ただ単に前住んでた場所のスーパーにあって引いたところ、運よく当たったのだ。僕が欲しかったのは、このキャラじゃなかっただけのことで。
「ホ、ホントにいいの!? こんないいものもらっちゃって!!」
はしゃぎ過ぎたのか、声をずいぶんと高くして喜んでくれた。安物のストラップ一つでここまで喜んでくれるなんて、あげてよかったと思う。
「いいよ。僕が持ってても付ける場所ないし、このキャラ別に好きでもなんでもないし」
確かにレアではあるのだが、あんまりと言うか全然興味の無いキャラなのだ。だってこんな可愛い顔して敵キャラだし、語尾は『だりょん!』とか言う、オリジナリティを求めすぎてぐだぐだな感じになってるし。女子や子供には見た目の可愛さから人気なのだけど、僕としては見た目重視過ぎて鞄に付けるのは正直恥ずかしい。
前に学校帰りに引いたのを入れたまま、特に出す理由がなくて入れっぱなしでよかったよ。……あ、前の学校のプリントまであった……訂正。入れっぱなしよくない。たまには鞄整理しないと、そのうち虫とか湧いて来そうでやだな……
僕が当たり前の反省をして、ため息を吐いた時だ。
「まあ、大事にしてくれる、なら……? あれ?」
さっきまで目の前にいたはずの男の子が、跡形もなく消えていた。いっくら辺りを見回しても、それらしき人影はない。後ろは山だし、左右はどっちもやたら立派な二階建ての誰かの家だ。そこの家の角を曲がった? それにしては消えるのが早過ぎるような……
「え、ウソでしょ……?」
ほんの少し目を離しただけで、男の子は姿を消していた。まるで、幽霊のごとく。




