十七話 まただよ……
「男女交際って難しいなぁ……」
盛大にため息を吐きながら、家への道を急ぐ。明日は休みだし、昨日買った漫画でも大人しく読んでいよう。
ってなわけで、僕はそこから真っ直ぐ家まで帰った――
はずだったのに。
「迷ったああああぁっ!!」
なぜか、僕、山、いた。
ガチでテンパっているせいか、片言になっていた。
普通に家に帰ろうとしたはずなのだが、行く道を一本間違えたらしい。一本隣の道を真っ直ぐ行けば着くはずと思い込んだため、なかなか着かなくても思ってたより遠いなぁと思っただけで、道を間違ってるとは思わなかったのだ。
「ってかなんでまた山……」
同じ間違い二度もやるとか、僕学習能力ないなマジで……前に同じことやったじゃん。転校前日にも
「高いところに行けば家見えるんじゃ?」
って失敗したじゃん!! 二の舞じゃん!! もう学習しろよ僕!!
「はぁ……」
落ち込む。超落ち込む。自分の馬鹿さ加減がほとほと嫌になる。
「とりあえず山降りなきゃいけないけど……」
ここ、どこ? 思いっきり獣道来ちゃってるんだけど……
完全に来た道見失ってる。足元道じゃなくて、なんだろうこれ。赤い松ぼっくりの親戚みたいな小さな実の生えた植物を、踏み潰して歩いている状態だ。もはや獣道すらなくない? ただの草の生えた斜面じゃない?
今から百八十度反転して山を降りたとしても、登った場所には着かないだろう。これは一人では帰れないパターンだ。
と、いう訳で。
「誰かー! いませんかー!?」
誰かに頼る、という作戦を実行してみることにした。
辺りはまだ明るい。五月も末となれば、かなり陽は長くなっている。ケータイは家に置いて来てしまってるので、連絡を取ることも時間を確かめることも出来ない。
まあもしあったとしても、ここ圏外なんだけど。この前はケータイを持っていたのに繋がらなかったから、よく覚えている。
木々が密集している地点は迂回して進まないといけないので、どんどん方向感覚が曖昧になる。
……どんな道だろうと、僕の方向感覚が当てになったことなんて一回もないけど。
山を登り始めて、僕の感覚だと大体一時間後。僕は頂上らしき場所に着いていた。
こんなに短時間で着くなら、山って言うより木の多い丘なのかも。
「ここどこマジで……」
三百六十度、どこを見てもまともに景色が見えない。周りの木が高いせいで、見通しが悪いのだ。木に登れば、あるいは見えるかもしれないけど。
生憎と、僕の運動神経はそれほどよくない。ギリッギリ県の平均値ではあるクラスだ。だからやってみれば登れるかもしれない。でもひと月前に盲腸の手術をしたばかりの身としては、無理は禁物だ。万が一落ちたりしたら、下手をするとまた病院のベッドの上で目を覚ます、なんてことになりかねない。
「だれかーいませんかーいませんよねー」
もはや投げやりにそう言ってみる。まあ後ろを向いても誰もいないだろう。案の定なんの反応も――
「……」
「おわぁっ!?」
なくなかった。あったよ反応。
いつの間にか後ろに無音無言で立っていたのは、どことなく見覚えのある子どもだった。
茶色い長袖のシャツの上に深緑色の迷彩ベストを重ね、黒の長いジーパンを履いている。身長は百四十台ってところか。背中には、グレーのリュックサックを背負っている。小さいサイズなので、探検に来た近所の子どもだと思う。オーバーサイズの緑色のキャスケットを目深に被っているせいで、表情はおろか顔すらわからない。
だが、この子を見るのは初めてではない。絶対、前にどこかで――
「もしかして君、救急車を呼んでくれたあの時の子?」
「……」
しばらく逡巡する子供。それから無言ではあったが、こくりと頷く。
「やっぱり!! あの時はありがとう。ずっとお礼が言いたかったんだ」
あの時もしこの子が僕のことを見つけてくれていなければ、僕は今頃この世にいなかっただろう。あのまま放置されていたら、盲腸が破裂して危険な状態だったかもしれないとお医者さんも言っていた。つまりこの子は、僕の命の恩人と言っても過言ではない。
「……迷子?」
とても小さくて聞き取りづらかったか、思っていたよりも低い声でそう尋ねられる。どうやら、前回と同じく僕が迷っていることに気付いたらしい。
「えぇとまあそんな感じ……」
苦笑いでそう言うと、男の子がため息を吐いた気配が伝わって来た。
そりゃ一回じゃ飽き足らず二回もこんなところに来た挙句、二回とも迷子になってりゃそんなリアクションになるのが当然だ。僕自身、情けなさで泣きそうなくらいである。
「ついてきて」
ぽそりまた小さな声でそれだけ言うと、男の子はこちらを振り返ることなく歩いて行く。
「あちょっ!」
慌てて呼びかけようとして、気合いを入れ損なったみたいになった。なに、あちょって。瓦でも割るの僕……
足場の悪い山の中だというのに、男の子はスタスタと慣れた足取りで先へ進んでいる。飛び出した木の根を華麗に避け、張り出した枝を最小限の動きで躱して行った。あまりにもスイスイ進むので歩きやすい道だと勘違いしそうになるが、そんなことは全くない。
木の根に躓いてスッ転び、頭上の木の枝に髪の毛を持って行かれる始末。僕としてはサバイバルやってるのと、そう大して変わらない。
僕がドジって遅れる度に、男の子は無言でちょっと先に立って待っていてくれる。愛想はよくないけど、根は優しい子なのだろう。




