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十三話 苦手

「いいのよ、そんな決まり切った未来なんてある価値ないもの。迷路に入れられたハムスターみたいに、決められた道しか進めないなんてゾッとしないわ。私なら、壁を齧ってでも脱出するわよ」


 僕としては、わかり切っていることの方が安心出来ると思うんだけど。不確定なことなんて、不安で仕方がない。


 けれど、ゼクスの言っていることはあながち間違っていなかった。確かにそんな世界はつまらないだろう。けど、限度ってものがある。もしも壁を齧って壊した先が、海のど真ん中だったら。成すすべなく沈んで、海の藻屑となるしかない。ルールとか決まりは、そんな風に致命的に間違わないためには必要だと思うのだ。


「……まあ、人それぞれだよね」


 こんな風に言ってしまったのは、ゼクスにその考えを曲げて欲しくなかったからだと思う。だってゼクスに、決まり切った未来なんて全然似合わないから。ゼクスに似合うのは、何にも縛られない自由な姿だ。


 これが自由に生きるゼクスへの憧れだということに、僕は気付いてなかった。気付いたところで、何が変わったわけでもないのだけど。


 空気が重くなるのが一番困るので、僕は強引に話を戻しにかかる。


「で、村上さん。強い子ってどういう風に?」


 辿り着いた本屋であちこち物色しながら訊くと、ゼクスはなんとも言えない複雑な表情になった。まるで、極悪人を天使だと思い込ませろ、と言われたみたいな。


「えーっと……うん。こう、意思が強いとか、決意を固めたら一直線、みたいな? 感じじゃないかな」


「自信なさげだね」


 人付き合いが得意ではないゼクスじゃ、これぐらいが限界か。


「……あの子、私苦手なのよ。だから出来るだけ関わらないようにしてるの」


 むしろ、ゼクスが得意な子っているの? とは、いくらなんでも訊かなかった。


 目当ての本をそれぞれ会計した僕らは、帰り道を歩きながらそのまま会話を続ける。二人でいると黙っているのが気まずいが、かと言って案内してもらって着いたからはいさようならって言うのは、ゼクスのことを利用するだけ利用して捨てるみたいで気が咎めるのだ。


 なので会話はまだ続く。


「まあ苦手な人なんて、世の中にはいくらでもいるもんね」


「勘違いしてるようだけど、逆よ?」


「逆?」


「あの子『が』私『の事を』苦手なのよ」


「そうなの?」


 そうなの? とか白々しく訊いているけど、そっちならすごく納得だ。だってあちこちから漏れ聞こえて来る話によれば、ゼクスは色々伝説を残している。こんな変人、一般人はわざわざ自分から近づこうとは思わないだろう。地雷原で運動会をするようなものだ。危険すぎてやろうとすら思わない。


「あなた、今そりゃそうだって思ったでしょ」


 ジト目で内心を看破されてしまった。声には出していなかったのだが、表情から読まれてしまったらしい。


 僕、もしかしてわかりやすい?


「まあ、正直なところちょっとは……」


 ちょっとどころじゃないが、敢えてそこまで言うこともあるまい。


 引き攣った顔の僕にゼクスはため息を吐いたけど、それ以上の追及はなかった。代わりにあったのは、村上さんに対するフォローだったのだから驚きだ。


「村上さんは私とはウマが合わないけど、根本的に悪い子ってわけじゃないと思うわよ。この前ボランティアの地域ゴミ拾いにいたし、積極的にそういう面倒事を持っていくタイプではあるの。ムラはあるけどね」


 そのムラ、というものがどんな種類のものかはわからないが、聞いてる限り確かに悪い子ではなさそうだ。


「ま、あの子が好きだって言うならそうなんじゃない? 大切にしてあげなさいよ」


「なんでゼクスからそう言われるのかは謎だけど、うん。わかってるよ」


 なんか保護者みたいことを言われた。ゼクスの立ち位置って、どこなんだろう。よく話す隣のクラスの女子? よくってほどは話さないなぁ。週に一回か二回くらいだ。初日以外、呼び出されることも教室に突撃して来ることもなくなったし。本気で空気が読めないわけじゃないみたいだし、ゼクスこそ悪い子じゃないんだけどなあ……変な子ではあるけど。


 とりあえず村上さんについて訊けたので、僕としては満足だ。


「まあなんにせよ……あれ? ゼクス?」


 数秒前まで隣を歩いていたはずのゼクスの姿が、唐突に消えた。


 おかしいな、今の今まで歩道橋の階段を一緒に登ってたはずなんだけど……


 何があったのかと辺りを見回してみると、やや後方に立つゼクスを見つけた。なぜか歩道橋から、ぼんやりとした表情で下を通る車を眺めている。その様子は、どことなく変だ。


「ゼクス? どうしたの? 急に立ち止まったりなんかして」


 声をかけてみると、どこか焦点が合わない目で僕の方を見た。


「大したことじゃないんだけどね。ただなんとなーく、今ここから飛び降りたらどうなるかなーって。高いところ登った時とか、そういうことない?」


「普通に怖くて目を逸らすよ」


 特に高所恐怖症ってわけでもないけど、景色がよくもないのに見ていたってつまらないだけだ。


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