一話 運命の出逢い(一方通行)
「初めまして。今日からこのクラスで一緒に勉強する、空閑流星です。時期が時期なので部活などには入らないと思いますが、卒業までよろしくお願いします」
緊張しながらも頭を下げると、歓迎されているのかいないのかいまいちわかりづらい、やる気の薄い拍手が鳴り響く。
なんの変哲もない、普通の市立中学校。詳しい偏差値とかはよく知らないが、強いて言うならまあ普通よりちょい上って程度らしい。この全体的にどっちつかずの町そのもののようだ。通う生徒も不良とまでは言えないが、素行は良くはないとか。こうして教卓の横から見ている限り、そんなことはなさそうだけど。多分ただの噂だろう。
そんな挨拶に困る中学校に、それも三年の四月末という変な時期に転校して来てしまった僕は、何とも言えない気分だった。
「ねえねえ、どこから来たの?」
「なんでこんな時期に転校して来たの?」
「空閑くんって趣味とかないの?」
「部活入らないって言ってたけど、人数合わせで入ってくれると嬉しいんだが」
朝のホームルームが終わるなり、僕の周りには人だかりが出来た。そんなにいっぺんに喋られても、どこから返せばいいのかわからない。別に人と話すのは苦手じゃないのだが、こんな風に目立つことは早々ないからちょっとパニックになっているのもある。
何も言わないのも感じ悪いので、とりあえずは聞こえた順番に返す。内心のパニックが伝わらないといいんだけど。
「前住んでたのは東京の方。こんな時期になったのは、ちょっと色々あって入院することになっちゃって。本当だったら、初日に来るはずだったんだけど。趣味ってほどじゃないけど、漫画はよく読むかな。部活は幽霊でよければ入ってもいいよ」
返答の中で、一番反応がよかったのは東京に住んでたって辺りだった。ちなみに僕が住んでいたのは東京の方、であって、東京そのものではない。けどまあ、割と近所に東京って名乗ってる夢の国があったんだから、あながち嘘ってわけでもないだろう。ちょっと盛っただけで。
転校生と言うのは、良くも悪くも目立つ。しかも四月も末と言う、微妙な時期に転校して来たのだから尚更だ。僕としては注目を集めるのはあまり得意じゃないので、早めに馴染みたいのだけど。
なんて、思ってた時だった。
「見つけた!!」
教室の後ろのドアがガターンと大きな音を立てたかと思うと、そこに一人の少女が立っていた。
烏の濡れ羽色の長い黒髪を、頭の上の方で二つに結っている。いわゆる、ツインテールと呼ばれる髪型だ。横というか斜め上に向かって縛っているので、尻尾と言うよりはウサギの耳とかの方がイメージ近いだろう。三次元で髪が腰まであるのなんて初めて見た。しかもそれをツインテールにしているだなんて、二重に驚きだ。
あの髪形、見ている分にはいいけど実際にしたら耳の横でファサファサして邪魔そうだし、あちこち引っかかりそうで実用性0だと思っていたのに。
身長は百四十ちょっとと、中学生としては若干小さい。そんな身長でツインテールになんてしているもんだから、着ているのが制服でなければ小学生だと思われるかも。
リボンの色が僕のネクタイと同じ赤なので、これで同級生なのだから更に驚きだ。しかもそれが、目の覚めるような美少女なんだから驚き過ぎて言葉が出なくなっても仕方がないんじゃないだろうか。
まさか僕、実は入院したまま夢でも見てるんだろうか。僕の本体は退院なんて出来ていなくて、手術した後目が覚めずにずっと昏睡状態で……とか、想像したらあり得ないとは言えなくなったので考えるのをやめた。ぶっちゃけ怖いし。
でもそんなことを思ってしまうくらい、可愛らしい女の子だったのだ。
バカなことを考えていたもんだから、ポカンと口を開けたまま固まって動くのを忘れてしまう。そんなアホ面で硬直する僕に向かって、少女はツカツカと一直線に歩いて来た。モーゼのごとく、海ではなく人垣を左右に割りながら。
「名前は!?」
「え!? く、空閑流星ですけど……? あの、一体どちら様……」
少女の迫力になぜか敬語で返してしまうが、向こうはそんなこと全く気にしていない。
「なんで空閑くんは隣のクラスに転校して来てるの!? 普通ここは私のクラスに来るべきでしょ!! お約束ってもんをわかってないでしょあなた!!」
「ふへ?」
うがー! といった調子で怒る少女の言っていることが、さっぱり理解出来ない。辛うじてわかったのは、この少女が隣のクラスで何か勘違いをしている、ということだけだ。まあこの学校二クラスしかないから、僕と同じじゃないなら隣の三年二組でしかあり得ないんだけど。
「せっかくこれは運命の再会だと思ったのに……!! 空気読みなさいよあなた!!」
「ご、ごめんなさい……? え、って言うか会ったことあったっけ?」
こんな印象に残る見た目の少女を、忘れる方が難しいと思うんだけど。
僕の質問に、一瞬だけ少女はたじろいだように見える。が、すぐに勢いを取り戻した少女は、ふふん、と胸を張って宣言した。
「あれよ、前世って言うか別の姿だった時に会ったのよ!! 私が前、男だった時に!!」
「ごめん、妄想なら他のところでやって」
「ずいぶんバッサリ切り捨てるわね!?」
いやだって、これはなあ。