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宇宙へ

作者: 早田結
掲載日:2016/12/23

「苦しい・・」

 俺は喉を掻きむしろうとした・・だが出来なかった。

 腕が固定されていることを思い出した。

 記憶が途切れ途切れではっきりしない。

 ――なんでこんなところに居るんだ・・。

 そうだ、俺には任務があったんだ・・。


 ――しっかりしろ・・思い出せ・・。


 この機に乗り込むとき、彼らは口々に言っていた・・。


『これで全てが解決する』


 そうだ、俺には任務がある。

 ――思い出せ。俺の名前はサイラス。

 宇宙船の乗員だ。

 頭に靄が立ち籠めているようだ。意識がぼやけているのは、空気が薄いからだろう。

 酷いコンディションだ。

 俺は目の前の計器に視線を走らせる。

 視野もぼやけている。

 こんなはずではなかった。

 あの男、俺を騙したのか。

 俺は断ろうと思って居たのだ。

 あいつは言っていた、ほくそ笑みながら。

「嬉しいだろう。最新鋭の宇宙船だ」

 あの男・・。

 このプロジェクトの責任者と言っていた。

 俺は逆らえなかった。

 あいつは、俺の弱点を握っていた。

 あの強烈な匂い・・。

 あの匂いが、俺は苦手だった・・なぜなら、俺の体が余計に腐るような気がしてくるから。

 あいつらは、俺の弱点を知ると、あの匂う汁につけ込んだ服を着込み、俺を襲った。

 捕まった俺は、この宇宙船に乗せられた・・。

 そうだ、全てを思い出した。

 くそっ。

 俺は、体を縛り付けている鎖から逃れようともがいた。

 鎖はさらに体に食い込むだけだった。

 それに、もしも鎖から逃れられたとしても、俺の体は、さらに、強化ガラスのカプセルに入れられている。

 くそおぉ。


 しばらくすると、なぜか船内が異常に暑くなってきた。

 ――ヤバい・・。

 機はまっすぐに太陽に向かっている。

 俺は、死ぬのか・・。

 ――いや、俺は、もうとっくに死んでいたのだ。

 ――ようやく、本当に死ねるのか。

 妻に会えるだろうか。

 天国で・・。いや、地獄でか・・。


 その頃。

 NASAでは、宇宙船、Z1号が太陽に突っ込んでいくのを確認していた。


「たった今、Z1号は、無事、太陽に到着し、瞬時に消滅しました」


 アナウンスが鳴り響いた瞬間、NASAだけでなく、世界中が歓喜のどよめきに包まれた。


『うわぉー』

『やった!』

『成功だ!』

『すごいぞ』

『ようやく全てが解決した』

『良かった、助かったんだ』


 世界中の人々が、街中に繰り出して沸いた。

 プロジェクトはようやく完結したのだ。


「思えば、もう10年か。長かったな」

 プロジェクトチームのリーダー、日系米国人の葛山は、しみじみとつぶやいた。

 チームの本拠地であるNYのビル最上階からは、NYの中心街を一望できる。

 まだ街の中は荒れているが、ほどなく復興できるだろう。

「まったくです。

 ずいぶん、犠牲者も出ました」

 葛山の部下が応えた。屈強な男の右耳は千切れて半ば無くなっている。

「ああ」

 葛山は、自分の孫のひとりも犠牲になったことを思い出し、顔をゆがめた。

「ようやく終わった」

 葛山は振り返った・・その鼻に、シンクロナイズドスイミングを思わせるクリップが嵌めてある。

 部下の男は、ふんふんと自分の体の匂いを嗅ぎ、

「まだ匂いますか」と葛山に尋ねた。

「い、いや、もう、だいぶ良いよ。

 私は、ただ・・こうしてクリップを鼻に、はめてる方が集中して考え事ができるので、してるだけだよ」

 葛山は苦しい言い訳をしながら、にっこりと笑顔を作った。

「そうですか・・」


 ゾンビ騒ぎの発端は、10年以上前にさかのぼる。カスピ海で捕らえられた人魚を、某資産家が「不老不死の命を得るため」殺して食べたことだった。

 人魚の肉は、未確認の新種のウイルスで汚染されていたらしい――あるいは、人々が噂するように、「人魚の呪い」か。

 その資産家は、人魚肉を食してから苦しみ、もがきだし、数ヶ月後、一度死んだかと思ったら、司法解剖中にゾンビとなって蘇った。


 しかもそのゾンビは、燃やすとその灰を吸ったものまでゾンビ化するという、無敵のゾンビだった。斬っても潰しても死なず、燃やすとさらに仲間を増やす。ゾンビに噛まれた人間も、またゾンビとなる。

 人類が滅亡の危機に瀕したとき、ようやく、ひとつの解決方法が見つかった。

 それは、ゾンビを、ゾンビに食べさせる、という方法だ。

 まったくおぞましい方法だが、ゾンビは、ゾンビに体を食べ尽くされると、さすがに完璧に死ぬ。


 そこで、「ゾンビ殲滅プロジェクト」チームは、ゾンビを捕まえてはゾンビに食べさせる、という方法で、ゾンビを減らしていった。


 しかし、最後の最後で、問題が生じた。


 ある日、ゾンビ殲滅チームと地元警察は、激戦の末、森に逃げ込んだ最後のゾンビを捕らえた。すぐさま、そいつは研究棟に運び込まれ、「ゾンビ食べさせ用」に檻に閉じ込めているゾンビに与えられた。これで最後のゾンビが死んだのだ。


 さぁ、ようやく終わった・・と思われた。がしかし、最後のゾンビを食べ終わったゾンビが、世界にひとりだけ生き残ってしまった。

 もう、ゾンビを食べさせるゾンビは居ない。

 しかも、生き残ったゾンビは、ゾンビをたらふく食べ続けて肥え太った、最強のゾンビだった。

 ゾンビを「養育」していた研究棟は、チタン合金で補強に補強を重ね、なんとか、最後のゾンビ、サイラスを閉じ込めて居るが、こいつをどうすれば良いか。

 ゾンビには寿命はない。

 サイラスは、研究棟の中で、永遠に生き続けるだろう。


 幸い、長いことゾンビたちを観察しているうちに、人類は、ゾンビの弱点を知っていた。

 シュールストレミング。あの世界一臭い食べ物だ。

 ゾンビは、シュールストレミングの匂いが苦手だった。とくに、研究棟のゾンビ、サイラスは、シュールストレミングがそばにあると、のたうち回って苦しんだ。

 そこで、プロジェクトチームの研究班は、ふつうのシュールストレミングを、さらに10倍ほど臭くした「特別製シュールストレミング」を開発。その汁を衣服にたっぷりとなすりつけた隊員が、大勢で、よってたかって、サイラスを捕らえ、宇宙船に押し込んだ。

 宇宙船ごと、太陽に放り込み、呪われた灰さえも、全て残らず消滅させるために。


 宇宙船は、無事に太陽に到達した。

 これで、全てのゾンビが地球上から消えてなくなったのだ。


 しかし、偉大なプロジェクトには、後遺症が残った。もちろん、ゾンビが居なくなったのだから、そんな後遺症など、些細なものだが。


 ゾンビを捕らえるために捨て身の作戦に臨んだチームのメンバーは、体中になすりつけた特別製シュールストレミングの匂いを長く嗅ぎ続けなければならなかった。そのため、みな、鼻がバカになってしまい、体にまで染みこんだ匂いは、簡単には消えなかった――もしかしたら、一生消えないだろう。

 ・・まぁ、ちょっとした後遺症だ。


 とにかく、人類は、最強のゾンビに勝ったのだ。

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