表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

宇宙へ

作者: 早田結

「苦しい・・」

 俺は喉を掻きむしろうとした・・だが出来なかった。

 腕が固定されていることを思い出した。

 記憶が途切れ途切れではっきりしない。

 ――なんでこんなところに居るんだ・・。

 そうだ、俺には任務があったんだ・・。


 ――しっかりしろ・・思い出せ・・。


 この機に乗り込むとき、彼らは口々に言っていた・・。


『これで全てが解決する』


 そうだ、俺には任務がある。

 ――思い出せ。俺の名前はサイラス。

 宇宙船の乗員だ。

 頭に靄が立ち籠めているようだ。意識がぼやけているのは、空気が薄いからだろう。

 酷いコンディションだ。

 俺は目の前の計器に視線を走らせる。

 視野もぼやけている。

 こんなはずではなかった。

 あの男、俺を騙したのか。

 俺は断ろうと思って居たのだ。

 あいつは言っていた、ほくそ笑みながら。

「嬉しいだろう。最新鋭の宇宙船だ」

 あの男・・。

 このプロジェクトの責任者と言っていた。

 俺は逆らえなかった。

 あいつは、俺の弱点を握っていた。

 あの強烈な匂い・・。

 あの匂いが、俺は苦手だった・・なぜなら、俺の体が余計に腐るような気がしてくるから。

 あいつらは、俺の弱点を知ると、あの匂う汁につけ込んだ服を着込み、俺を襲った。

 捕まった俺は、この宇宙船に乗せられた・・。

 そうだ、全てを思い出した。

 くそっ。

 俺は、体を縛り付けている鎖から逃れようともがいた。

 鎖はさらに体に食い込むだけだった。

 それに、もしも鎖から逃れられたとしても、俺の体は、さらに、強化ガラスのカプセルに入れられている。

 くそおぉ。


 しばらくすると、なぜか船内が異常に暑くなってきた。

 ――ヤバい・・。

 機はまっすぐに太陽に向かっている。

 俺は、死ぬのか・・。

 ――いや、俺は、もうとっくに死んでいたのだ。

 ――ようやく、本当に死ねるのか。

 妻に会えるだろうか。

 天国で・・。いや、地獄でか・・。


 その頃。

 NASAでは、宇宙船、Z1号が太陽に突っ込んでいくのを確認していた。


「たった今、Z1号は、無事、太陽に到着し、瞬時に消滅しました」


 アナウンスが鳴り響いた瞬間、NASAだけでなく、世界中が歓喜のどよめきに包まれた。


『うわぉー』

『やった!』

『成功だ!』

『すごいぞ』

『ようやく全てが解決した』

『良かった、助かったんだ』


 世界中の人々が、街中に繰り出して沸いた。

 プロジェクトはようやく完結したのだ。


「思えば、もう10年か。長かったな」

 プロジェクトチームのリーダー、日系米国人の葛山は、しみじみとつぶやいた。

 チームの本拠地であるNYのビル最上階からは、NYの中心街を一望できる。

 まだ街の中は荒れているが、ほどなく復興できるだろう。

「まったくです。

 ずいぶん、犠牲者も出ました」

 葛山の部下が応えた。屈強な男の右耳は千切れて半ば無くなっている。

「ああ」

 葛山は、自分の孫のひとりも犠牲になったことを思い出し、顔をゆがめた。

「ようやく終わった」

 葛山は振り返った・・その鼻に、シンクロナイズドスイミングを思わせるクリップが嵌めてある。

 部下の男は、ふんふんと自分の体の匂いを嗅ぎ、

「まだ匂いますか」と葛山に尋ねた。

「い、いや、もう、だいぶ良いよ。

 私は、ただ・・こうしてクリップを鼻に、はめてる方が集中して考え事ができるので、してるだけだよ」

 葛山は苦しい言い訳をしながら、にっこりと笑顔を作った。

「そうですか・・」


 ゾンビ騒ぎの発端は、10年以上前にさかのぼる。カスピ海で捕らえられた人魚を、某資産家が「不老不死の命を得るため」殺して食べたことだった。

 人魚の肉は、未確認の新種のウイルスで汚染されていたらしい――あるいは、人々が噂するように、「人魚の呪い」か。

 その資産家は、人魚肉を食してから苦しみ、もがきだし、数ヶ月後、一度死んだかと思ったら、司法解剖中にゾンビとなって蘇った。


 しかもそのゾンビは、燃やすとその灰を吸ったものまでゾンビ化するという、無敵のゾンビだった。斬っても潰しても死なず、燃やすとさらに仲間を増やす。ゾンビに噛まれた人間も、またゾンビとなる。

 人類が滅亡の危機に瀕したとき、ようやく、ひとつの解決方法が見つかった。

 それは、ゾンビを、ゾンビに食べさせる、という方法だ。

 まったくおぞましい方法だが、ゾンビは、ゾンビに体を食べ尽くされると、さすがに完璧に死ぬ。


 そこで、「ゾンビ殲滅プロジェクト」チームは、ゾンビを捕まえてはゾンビに食べさせる、という方法で、ゾンビを減らしていった。


 しかし、最後の最後で、問題が生じた。


 ある日、ゾンビ殲滅チームと地元警察は、激戦の末、森に逃げ込んだ最後のゾンビを捕らえた。すぐさま、そいつは研究棟に運び込まれ、「ゾンビ食べさせ用」に檻に閉じ込めているゾンビに与えられた。これで最後のゾンビが死んだのだ。


 さぁ、ようやく終わった・・と思われた。がしかし、最後のゾンビを食べ終わったゾンビが、世界にひとりだけ生き残ってしまった。

 もう、ゾンビを食べさせるゾンビは居ない。

 しかも、生き残ったゾンビは、ゾンビをたらふく食べ続けて肥え太った、最強のゾンビだった。

 ゾンビを「養育」していた研究棟は、チタン合金で補強に補強を重ね、なんとか、最後のゾンビ、サイラスを閉じ込めて居るが、こいつをどうすれば良いか。

 ゾンビには寿命はない。

 サイラスは、研究棟の中で、永遠に生き続けるだろう。


 幸い、長いことゾンビたちを観察しているうちに、人類は、ゾンビの弱点を知っていた。

 シュールストレミング。あの世界一臭い食べ物だ。

 ゾンビは、シュールストレミングの匂いが苦手だった。とくに、研究棟のゾンビ、サイラスは、シュールストレミングがそばにあると、のたうち回って苦しんだ。

 そこで、プロジェクトチームの研究班は、ふつうのシュールストレミングを、さらに10倍ほど臭くした「特別製シュールストレミング」を開発。その汁を衣服にたっぷりとなすりつけた隊員が、大勢で、よってたかって、サイラスを捕らえ、宇宙船に押し込んだ。

 宇宙船ごと、太陽に放り込み、呪われた灰さえも、全て残らず消滅させるために。


 宇宙船は、無事に太陽に到達した。

 これで、全てのゾンビが地球上から消えてなくなったのだ。


 しかし、偉大なプロジェクトには、後遺症が残った。もちろん、ゾンビが居なくなったのだから、そんな後遺症など、些細なものだが。


 ゾンビを捕らえるために捨て身の作戦に臨んだチームのメンバーは、体中になすりつけた特別製シュールストレミングの匂いを長く嗅ぎ続けなければならなかった。そのため、みな、鼻がバカになってしまい、体にまで染みこんだ匂いは、簡単には消えなかった――もしかしたら、一生消えないだろう。

 ・・まぁ、ちょっとした後遺症だ。


 とにかく、人類は、最強のゾンビに勝ったのだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ