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辺境貴族は旅に出た  作者: 江流グレコ
第一章.青天より旅立ち
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第一話 真夜中の逃走

それは真夜中のことだ。


まばらに若木の並ぶ急な坂道を二人の

男が駆け抜けていく。

その後を追って更に五人ばかりの男らが

坂を駆け抜けていった。


二人の男はフードのついた暗い緑色のローブを纏っており、それが丁度夜の闇と同化し保護色となっている。

二人は軽やかな足取りで追手から少し距離を

離すと近くの茂みへと身を潜めた。


それから間も無くして来た男らは皆

青銅でできた長剣と荘厳な鎧を身に付けていた。

その格好から男らは衛兵の様に見える。

しかし身のこなしはまるでなってない。

恐らく衛兵になってからろくに鍛錬もしてなかったのだろう。新品同然の綺麗な鎧がそれを物語っている。


「どこに行かれた!?」


「はぁ…はぁ…横腹痛い…」


「あっちだ!追え!」


一人の男が坂道の端にある脇道を指差して走り出す。他の四人もそれに続いていった。

男らが完全に見えなくなった後、二人はようやく茂みから抜け出した。


「やっと行ったか。しつこい奴らめ」


金髪の男が悪態をつく。身長百七十五くらいの中肉の男である。ローブの隙間からは高級そうな服の生地が覗いていた。貴族然とした立ち振る舞いからも男がそういった類の人間だという事は想像し難くない。

月明かりに照らされ、金髪の男の端正な顔が闇夜に浮かんだ。


男はため息を吐いた後、辺りを見回す。

衛兵たちの去った後の坂道は静まり返っていた。


「お怪我はございませんか?リトルテッド様」


しゃがれた声を聞き、その金髪の男ーーハルク リトルテッドは振り返る。齢は二十四だが疲れた顔のせいか、もっと老けて見える。


声の主であるもう一人のローブの男はフードを外し、ハルクを見る。白髪混じりの黒髪をオールバックにした初老の男だ。右頰の切り傷が印象的である。

それにハルクが不機嫌な声で答える。


「平気だ。それより俺のことを家名で呼ぶなシュダイ」


シュダイと呼ばれた男は失礼しましたと畏まる。

本名はシュガーダイン ブロンズ。かつては戦士として名を馳せていた男だが、今はリトルテッド家に仕えるただの使用人になっていた。


シュダイの仕えるリトルテッド家は代々、

ひなびた辺境の地を統治する貴族の家である。

国境付近にあり、危険な魔獣の生息域が多く存在するため執務の激しさは人々の集まる都会に勝らずとも劣らない。


そしてハルクは若くしてそのリトルテッド家を継いだ伯爵である。激しい執務に追われる忙しい日々に嫌気が差し、今は逃げ出している最中だった。


「追っ手も撒いたことだし、あとは坂を下るだけだな」


ハルクは少し表情を柔らかくしてそう言った。

声はどこか浮ついていて、動きも幾分軽やかである。

それは都会に初めてサーカスを見に行く子どものようであり、偶然街にて初恋の人に会った老人のようでもあった。


ハルクがこの脱走を企てるきっかけになったのは

リトルテッド家の書斎にあった一冊の本であった。

それはとある英雄が各地を巡り邪悪な竜を倒す

冒険譚で、ハルクは幼い頃にそれを愛読していた。

大きくなるにつれ読まなくなり、埃をかぶっていたのだが、ついこの間書斎で本の整理をしていた際に

偶然見つけたのである。


久しぶりに読んでみるとそれは少し幼稚にも思えたが

相変わらず胸は踊った。

話に出てくる英雄は少し向こう見ずな旅人で、

邪竜を追ってあてのない旅をするのだ。ハルクにはそれが羨ましく思えた。


それを読んだ日の晩から自分も旅に出たいと思うようになった。あの英雄のようにあてもなく各地を旅して回りたいと思った。危険もあるし辛いこともあるだろうが、ただ責務をこなすだけの単調な日々と比べたらよっぽど輝いてみえたのだ。


旅に出たいという気持ちは日に日に強くなり、そしてついに今日、ハルクは脱走をはかった。


「それじゃあ行くぞ」


二人は再び夜の坂道を駆け出した。

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