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それが親友

作者: 灯宮義流

 私には最愛の友がいる。

 彼との付き合いは、小学校の頃からになるだろうか? 名前は柿屋 《かきや》という。

 常に微笑みを浮かべていて、それでいて小さい頃から山男のようにどっしりとした面構えをしていた。アドベンチャー映画なら、四番目五番目くらいに位置する大男のポジションといったところだ。


 奴と出会った小学校時代と言えば、私は毎日酷い虐めを受けていた。

 昨今聞くような陰湿な虐めではない。殴られたり蹴られたり、罵倒されたり、使いっ走りをさせられたり。人の尊厳を徹底的に貶め、傷めつける典型的なタイプだった。

 毎日、私は死を意識して生きていた。死んだ所でクラスメイトや先生はおろか、親も悲しまない。そう思いながらも、怖がって死を選べない自分のことを、私は何度も何度も詰った。

 自分自身すら味方ではなくなる中、柿屋はどこからともなく現れた。特に会話をする仲でも無かったのだが、彼は小学生離れした無骨な笑顔を向けながら、私に言った。

「食うか?」

 私は、彼の家の夕飯に誘われたのだ。言われるがままに付いていくと、美味しそうな牛鍋が用意されていた。

 柿屋の家は鍋料理屋で、いつも夕飯には残り物で作った鍋が出るという。毎日食べているからと、柿屋は俺に遠慮無く食べるよう薦めた。

 それは、一口食べるともう止まらなくなる美味しさだった。これが残り物であって良いのか? 野菜入りのダシ汁が、肉の中によく染み込んでいる。ヘルシーながら、白米と良く合うそれは、噛めば噛むほど味が口の中に広がっていって、どんどん次が食べたくなった。

 これ以来、柿屋は私が落ち込んでいると夕飯に誘ってくれた。用意されるのは、本当にタダでご相伴にあずかって良いのか、いつも気が気でなかった。

 しかし、彼はいつだって同じ言葉で私を誘うのだ。


 中学の頃、私は雀を拾ってきた。

 どこか怪我をしていて、羽ばたくこともままならないくらい弱っていた。連休だったこともあり、私は睡眠時間を削って面倒を見ることにした。

 少しだけ快方に向かってきた矢先、弟が僕が寝ている間に雀をベタベタ触ってしまったらしく、雀が一気に弱ってしまっていた。

 泣きながら謝る弟に、私は何も言うことが出来なかった。雀はその日のうちに息絶えた。

 弟を責めることが出来なかった私は、一人公園のベンチで泣き喚いた。私は長男であり、弟達の行う悪気のない行為を許さなくてはいけない、と祖父母から教わってきた。

 だから家で泣くのは我慢した。普段からあまり人の来ない公園は、一人泣きするのに都合の良い場所だった。

 が、そんな時にも、奴は僕の前に現れた。本当に笑っているのか、生まれつきなのかわからない微笑みを浮かべながら。

「食うか?」


 時は流れ、高校生の時。

 私は初めての彼女に半年もしないうちに振られてしまった。他に好きな男が出来たからという理由からだった。

 しかし、実際はそうではなかった。最初から、一度も付き合ったことのない私のことを、からかう意味で付き合っていたのだという。

 だから彼女は、恋人を気取っていた時、キスどころか手さえ握らなかったのだ。初心な少女を演じて。

 でも、私は恨むことが出来なかった。つまり私は、元の恋人から彼女の心を奪い取るだけの魅力がなかったということなのだ。

 そんなことはわかっている。でも、私は男としてとても悔しかった。

 あの娘の心に、何ら思い出を作ることが出来ず、玩具にされることしか出来なかった自分の無力さが。

 高校生にもなると、人前で涙を流すのがとても恥ずかしくなる。だから私は涙を堪えて、宛てもなくブラブラと歩くことにした。

 妙に鼻がムズムズするのは、木枯らしのせいでも花粉アレルギーのせいでもないことは、自分がよくわかっている。

 打ちひしがれる私の元に、やっぱり奴は現れた。

「食うか?」

 私は知っている。奴もこの間、クラスメイトに手酷い言葉で交際を断られたばかりなのだ。

 こんな気の弱い、情けない私のことなど気にかけている余裕などないはずなのに、奴は私のために夕飯へ誘ってくれた。

 二人で、失恋の憂さを晴らすため、鍋を食べながら無念を叫び合った。近所から怒鳴られるまで、私達は女への恨み言をぶちまけあった。


 大学を卒業し、社会人にもなると、あまり会うことはなくなってしまったが、家が近いので顔はよく合わせていた。

 奴は、やはり私が落ち込んでいる時にはすぐ気づいてくれた。

 入社した会社がいきなり倒産し、途方に暮れた時も、奴は親から継いだ鍋料理屋が大変な時に、私を救うために声をかけてくれた。

「食うか?」

 流石に雇ってはくれなかったが、食うのに困ったらうちに来ていいと、奴は言ってくれた。

 食費を削ろうと思っていた私に、その申し出はとてもありがたかった。でも甘えてはいけないと、大丈夫な振りをすると、奴はすぐに気づいて私の首根っこを掴んで夕飯に呼んだ。

 私の強がりなど、奴にはお見通しだ。親友の優しさに、私は引っ張られながら、薄っすらと涙を流した。


 奴と出会って二〇年以上。何度も何度も私は助けられてきた。

 この恩を借金として閑散したら、何世代に渡っても返せないくらいの借りを作っていることだろう。

 でも奴は、私に借りを返せなどと言わない。それどころか、事あるごとに奴は今でも私のことを夕飯に誘ってくれる。

 今日まで生きて来られたのは、奴のおかげだと言っても過言ではないだろう。私は、天使のような心優しい友人と出会えたことを、神に感謝している。

 アイツに対して、文句など言ったこともなければ、不満を感じたこともない。

 ただ、一つだけ……一つだけ彼に言わなくてはならないことがある。


 私の体重が、ついに一〇〇キロの大台を越えてしまったことだ。


「食うか?」

 体重の増加に悩む私の元に、また奴はやってきた。

 これ以上食べたら、いよいよ木造で揃えた自宅の家具を、押しつぶしてしまうかもしれない。

 床を踏み抜いてしまうかもしれない。また新しい服を買わないといけないかもしれない。大きな病気を患ってしまうかもしれない。

 私はそんな不安を脳裏に過ぎらせつつ。

「ああ」

 真顔のまま、また今日も彼に夕飯をご馳走になりにいくのであった。



久々に、頭に思い浮かんだ短編を書き記してみました。以前なろうでよく書いていたようなタイプの作品だったので、こちらに投稿させて頂きました。

楽しんでいただければ嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] すっきりとした文章が良いです。ややハードボイルドな文体です。 冒頭の出会いをオチで消化するタイプの笑いでギャグが無い分徐々に不条理さが引き立っていく構造だと思いました。 [一言] 久々のな…
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