陽と月と星たちの小さな物語
――――むか~し、むかし、まだ月と陽が一緒に空に浮かんでいた時の、昼と夜がない世界のお話です――――
空に浮かぶ月は、いつも人の目を集める陽がうらやましくて、陽の横にうっすらと並ぶ自分を見る人がいないことが悲しかったのでした。
ある時月は気がついたのです。月はどこまでも白く、陽はつねに赤いということに。
「どうしたって目立つ色に人の目は向くんだ。赤い陽と白い自分、二つが並んでいるから、人は陽ばかりをみる」
そこで月は思いました。陽と自分が空にある刻をずらせば、人は自分だけを見るようになるのではないだろうかと。
その日も月は、どうすれば、陽と自分が見える刻をずらせるだろう? と考えていたのです。
月はちょうど流れてきた雲に聞きました。
「陽とボクが空にある刻をずらすにはどうすればいいだろう?」
雲は大声で笑って答えました。
「そんなこと簡単じゃないか。陽が出ている間、お前は寝ていればいいんだ。陽が寝たら起き、陽が起きたら眠ればいい。人は寝ている間は姿がみえないだろう? それと同じだ」
そうして雲はすぐまた遠くに流れて行ってしまいました。
月は雲が言ったとおり、赤く輝いている陽のとなりで、目を閉ざすことに懸命になったのです。陽も月も、今まで眠るということをしなかったからでした。
ですが陽はとなりから、「おーい、月、起きろ!」と、たびたび声をかけてきます。
月はその声が聞こえないふりをして、身じろぎひとつせず、目を閉じ耳をふさいだのでした。
返事をしない月に向かい、陽はいらだちながら、どんどん、どんどん、声をあらげ、自身も力んで、赤い色がますます赤くなりました。
やがて陽は、くたびれ果てて寝てしまったのです。
それを見た月は、喜びました。
「よしよし、陽が眠りについた。さて目を開けるとするか」
そうして、人々に白い自分をよく見てもらおうと、まんまるに自分を太らせはじめたのです。
赤い陽の方はといえば、眠ったとたんに体が傾ぎだしました。
傾いだ体は高い高い山の向こうに落ちてしまいました。赤い陽が山にかくれると下界は真っ暗になったのでした。
そうしたら、人々はなにもしなくなってしまいました。暗い中、手元も何も見えないようになったからです。やがて人たちは家の中に閉じこもってしまったのでした。
けっきょく、暗闇に浮かんだ白い月をみる人は一人もいなくなってしまいました。
それからというもの、人は一向に家から出て来なくなりました。
やがて誰一人外にいない暗闇の下界から、色と音が消えていきました。生み出す人が一人も姿を見せなくなったからです。
そうなってみて、月は自分のしたことの大ごとさに、ようやく気づいたのです。このままでは下界が無になってしまう。ということに。
月はどうしたものかと考えました。考えましたがいい知恵は浮かびません。
考えて考えて、考え続けているうちに、まんまるだった体が少しずつすり減っていきました。
月は、今度は周囲の星たちに聞いてみました。星の数は数えきれないほどだったので、良い知恵が出るのではないかと思ったのです。
「ボクの白い明かりだけでは、人を目覚めさせきれないよ。このままでは人の世が消えてしまう。人を目覚めさせるにはどうすればいいだろう?」
星たちは月と一緒になって、うんうんと考えました。
そして、自分たちも月と一緒に下界を照らすことにしたのです。ひとつひとつ離れているより、寄り集まって照らせば良いだろうと、一所にまとまりました。
ですが星の色も月と同じ白でした。どうしても赤い陽のように、下界のすみずみまでは照らしきれなかったのでした。
たくさんの星の中には偏屈者がいくつかおりました。
偏屈者は赤と青の星でした。色のついた星は白より少し明るかったのです。
白い星たちは赤と青の星に集まってくれるよう頼んでみました。けれど、色のついた星は白い星たちと一緒になろうとは言ってくれませんでした。
月と白い星たちは偏屈者だからとあきらめました。
次に月は、遠くの白い星にも集まってくれと声をかけて、白は白なりに光ることに専念することにしたのです。
やがて、暗い下界に一所だけ、ぼう、と鈍いながらも照らされる場所がようやく出来ました。
少し元気が出た月はそこをもっと明るくしようと、体をわずかずつ太らせていったのです。
月がまんまるになり、数えきれない星が集まった光の真下にある家から、ようやく人が外に出てきました。
それは一人の子どもでした。
「おや、あそこに丸い月がある。たくさんの星もある。真っ暗な空にある月と星はきれいだなー」
子どもは寝そべって長いこと空を見つづけました。そして、そのまま眠ってしまったのです。
それを見ていた月は悲しくなりました。人が外に出て自分を見て、きれいだと言ってくれても、眠ってしまっては、世界が動き出さないことに変わりないからです。
そうして月はようやく悟ったのでした。陽がいないことには、下界を動かす人を起こすことは出来ないのだと。
「一度だけ、一人だけだが、ボクを見てきれいだと言ってくれた子がいた。ボクの願いは叶ったじゃないか」
月はそれで満足しようと思ったのでした。
それから月は陽をさがし起こそうと決めました。
ですが、陽が落ちた高い山がどこにあるかわからなくなっていたのです。なにせ、下界は真っ暗闇です。おまけに月はたくさんの星を集めるため、ずいぶんと動き回っていたのでした。
月は途方にくれて星たちに再び頼んでみたのです。散らばって陽が落ちた山を探してほしいと。
星たちは月の気持ちが痛いほどわかりました。星たちも陽に起きてほしいと思っていたからです。
ですが星たちは精一杯光るために疲れきっていたのです。空をかけまわる力も残っていないほどに。
そんな時でした。あの偏屈者たちが動き出したのです。
色のついた星たちは最初から知っていたのでした。いくら明るいとはいっても月や星の光が、大きくて赤い陽に敵うはずがないということに。
疲れ動けない白い星に変わり、青と赤の星たちは世界の山々を照らしまわりました。そして高い高い山すそで眠っている陽を見つけ出すことができたのです。
知らせを聞いた月はさっそく陽を起こしにいきました。月は陽に全てを話しあやまってから、下界を照らしてほしいと頼んだのでした。
月を見た陽はおどろきました。まるい月がやせ細ってしまっていたからです。
「おれはおまえと並んで話すのが一番楽しかったのに、おまえはなんてことを考えていたんだ!」
陽はそうやって月に怒りましたが、月の気持ちも理解したのでしょう。
「刻をずらしたいなら、最初からおれに言えばいいものを」
そうして陽は月とある取り決めをしたのでした。
「おれは地の端から空に上がって反対の地の端に降りる。おまえはおれが降り始めたら空に上がり、同じように空をまわって降りろ。それを交互にくり返すんだ」
その日から、下界に昼と夜という刻が出来たのです。
下界は昼と夜が出来てから見違えるように活気づきました。人が陽の下で動き、夜になったら眠り、休んだ体は陽の下で前にもまして、動くようになったからです。
そんな中で夜になると、月と星をきれいだといったあの子どもが、夜空を見上げてから眠るようになりました。
月はその子を喜ばせようと日々形を変えてみせるようになったのです。
――――星たちは空のそこら中に散らばり、夜になるとほのかなきらめきでもって、空を渡る月を、終始見守っているのでした――――
(おしまい)