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 気付けば、もう家の前。どれだけ浮かれているのだろうか。お月見だから仕方ない。


「遅かったね衛星男」

「なんでいるんだよ」


 なんで自分の家の前でルナが立っているのだろうか。待っていたと言わんばかりに声をかけてくるのだろうか。


「お腹空いた」

「あー、はいはい」


 頭を掻きながら、家の鍵を開けた。ルナを置いていくように、どんどん前に進む。といっても、ルナは余裕で着いてくるのだが。やがて到着したのは、台所である。


「何を作るんだ?」

「団子」

「なんで?」

「お月見だから」

「じゃあいらん」

「じゃあやらん」

「腹減った」

「団子しかないぞ?」

「食べる」


 ただの漫才ではないか。天然の会話でこのレベルだ、漫才師になる道を考えていいかもしれない。調理の邪魔になるので、しっしっとルナを退けさせる。ルナはぶすっとしながらもフラフラと、居間に向かっていった。すると、人の声が居間から流れ出す。テレビでもつけたのだろうか。月から来た割には、地球に慣れている気がする。


「え、えいえいえいえいえい衛星男ー!」

「……はぁ?」


 えいだか、いえいだか、わからんという突っ込みは置いておくとして、一体どうしたのだろうか。かなり慌てていたようだが。仕方なく、作業を途中で放棄し、ルナの元に向かう。


「どうした?」

「こ、これ」


 ルナが指差すはテレビの画面。今はニュースが流れているようで、アナウンサーが淡々と言葉を発している。これがどうしたのだろうか? と首を傾げたが、すぐさま、背筋が凍った。液晶にでかでかと書かれた文字。


『月へ隕石接近』


 アナウンサーの言葉に耳を傾ければ、書かれた通り、隕石が月へ接近しているらしい。それも真正面に、衝突は不可能。地球と比べれば大した規模ではないらしいが、少なくとも月は消えてしまう。とのこと。

 愕然とする。嘘だと信じたい。月が消える? 自分の大好きなものが? そんなの……、


「生きる理由なくなるようなものじゃないか」


 それほどに、夕にとって月という存在は大きい。そんな夕をルナは無言で見つめる。放心状態な夕にはそれにすら気付かない。ルナは何度かテレビの画面と夕を交互に見ると、言った。


「私にとっては、月が消えるなんて嬉しさの境地なんだけどさ。ざまあみろとすら思う。隕石には賞をあげたいほど」


 でさ、とルナは続けて言う。


「あんたは、それでいい?」

「……」


 夕は唇を噛む。もしかしたら、これで自分が変われるんじゃないかと。バカみたいなことが浮かんだ。周りと違った自分が周りと同じになれるんじゃないだとか。何を考えてるんだ。さっきルナに偉そうなことを言ったのはどこの誰だ。でも、ルナだってそれは同じなのかもしれない。月がなくなれば、王女じゃなくなって、普通になれるのだから。

 周りと違うからなんだ、と思っていたのに、周りと同じになれる。なんなんだ。大事な一つを失うだけで、ここまで崩れてしまうのか。

 ……でも。


「月が大好きだ。これからも未来永劫眺めるつもりだ。死のうとあの世から月を見てやる」


 月が好きなのは、変わらないんだ。もしかしたら、月がなくなることで性格が変化して、友達ができるかもしれない。でも、月が好きであったことに変わりはないじゃないか。


「あっそ。んじゃ」


 と、言ってルナは立ち上がった。夕は、は? と間抜けな声を漏らした。凝った首をコキコキと鳴らすルナの背中を呆然と眺めている。


「私ちょっと、食事前の運動してくるから。団子よろしくね」

「は、ちょ、お前!」


 声をかける前にルナは跳躍していた。開かれた窓から外に出ると、次々に高い場所へと上っていく。家の屋根から、煙突へ、煙突からマンションの屋上へ、屋上から高層ビルへと飛び移っていく。やがて、姿が砂粒ほどしか見えなくなるほどの高さまで上りきると、ルナは思い切り跳躍した。あっという間に、雲の存在する高さまで飛んでしまった。さらに雲の上でさらなる跳躍でさらに高く飛ぶ。




 現在月は大パニックだ。月に近付く隕石。当然、地球人より気付くのは早かった。だが、しかし、兎人族に隕石を止める術などあるはずもない。どこに行こうと無駄だろうに、兎人族達は無我夢中で逃げ出した。中には諦めてその場に立ち尽くすものまでいる。兎人族の頂点の王ですら、諦めていた。彼の力が、衰えていなければ。

 兎人族にあるのは、絶望と死の恐怖となった。隕石が徐々に近付くにつれ、恐怖が悲しさが増していく。後悔もあった。やり残した事があった。ただ死にたくなかった。そんな思いでいっぱいの兎人族達は徐々に目を閉じていった。

 ただ、全員共通の願いがあった。それを言葉にしたのは王だった。


「もう一度、ルナと会いたかったの……」


 全員共通の願い。それがルナとの対面であった。彼女の気持ちを察しきれずとも、彼女を大事に思う気持ちは皆持っていたことだったはずだった。なのに、どこでこうなったのだろうか。

 いや、そんなこと今更悔やんでも、遅いのだろう。今更彼女が来るわけがない。むしろ地球で無事でいてくれたほうがいいではないか。

 最後に王も目を閉じた。娘との別れを口にして。


「さらばだルナ……」

「勝手言うなぁ!」

「!?」


 何故。何故この声が聞こえる? もう聞くはずも聞く資格もない声なのに。

 兎人城の上。そこに彼女はいた。そこで彼女は叫び続けた。


「私に勝手に勝手なものを押し付けといて! 勝手に死ぬなんてふざけんなぁ!」


 そう言って、彼女はまた跳んだ。強く捻った上半身を思い切り振り回した。彼女の拳は、隕石と激突し、凄まじい衝撃波を巻き起こす。ただの王女は隕石と張り合った。大嫌いなものを守るために。そんなことをしても反吐が出る。彼女はそう言い張るだろう。でも、嫌だった。大好きだったのに大嫌いになったみんなが死ぬのは。消えてしまえばいいと思う故郷が消えるのは。正反対の意見の奴が悲しむのが。嫌だった。それだけだ。

 やがて、彼女の拳の衝撃は、隕石内部へ波紋状に広がり、亀裂を作る。後一押し。それを直感的に感じ取った彼女は左拳をも隕石にぶつけた。結果、亀裂だらけの隕石は崩れ去り、バラバラになって落ちていった。

 全部の力を使いきって、月を守った彼女は力尽きたように落下していった。






 地球。夕はルナを心配しつつも、作業を続けていた。何をするつもりなのか、予想できないわけではない。むしろ予想したものが完全な正解だろう。なんでかわからないけど、多分わかった。あいつは多分、優しい奴だと思っている。だから今日まで、月で我慢していたんだ。月のみんなが自分に気付いてくれると信じてたんだ。


「はぁ……」


 一度テレビの前に戻った。ニュースは続いているようで、未だに長々と地球への被害影響を話している。虫唾が走る。月が消えると言うのに、なんで自分達のことしか考えれない。なんであいつが頑張ってるのに……。

 諦めたように、テレビを消そうと、チャンネルに手を伸ばした。が、テレビからの音声はそれを許さなかった。突然アナウンサーの声が上擦ったのだ。余程信じられないことでもあったのか。先ほどまでの淡々とした様子はない。


『速報です! 月に衝突予定の隕石が破壊されたと思われます!』


 何を言った? 思わず手に取ったばかりのチャンネルを落としてしまう。破壊? なんで? どうやって? 誰が?

 そんなこと疑問に思う必要もないことにすぐに気付く事になる。自分はわかるはず。自分だけはわかるはずだ。あいつがやったのだ。なんで?


「なんで、大嫌いな月を守るなんて?」


 これも疑問に思う必要もない。さっき思っていたじゃないか。


「優しすぎだろ……」


 呆れどころか怒りを覚えるレベルだ。なんでそれだけで……。それだけで自分の全てを尽くせるんだ。窓の外を見た。すると、砕け散った隕石と思われる流星群が降り注いでいる。遠くに一つ落ちたのが確認できた。視線を移動させれば、月が見える。まんまるで綺麗に輝くいつものお月様。あいつがやれることを尽くした結果だ。

 気付けば、台所に立っていた。自分もやれることをやる。これくらいしかできない自分が情けない。






 あれからどのくらい時間が経っただろうか。いつまで経っても夕は団子を食べなかった。張り切って作った御手洗も放置している。月を見ても心が晴れない。びっくりするくらいここ数年で一番綺麗なのに、何とも感じない。月を見るだけじゃ今感じている心の穴は埋まらないのかもしれない。もしかしたら、自分はただ失っただけなのかもしれない。心のどこかで手にいれたがっていたものを。自分から失ったのかもしれない。


「……アホらしい」


 そう自分で吐き捨てると、団子に手を伸ばした。忘れてしまおう。食べて月見て忘れよう。どうせ明日になれば、そんなこと忘れてるに決まってる。だから……。

 が、夕の手は空を切っていた。団子は動いてなどいない。夕が自分で外しただけだ。そしてその手は床に叩き込まれた。


「ふざけんな!」


 気付けば叫んでいた。近所迷惑かと、一瞬考えたが、結局怒りが勝って気にしなくなった。どこからか自分でもわからない怒りが湯水のように溢れ出していく。多分、ルナへの怒りではなく、自分への怒りなのだろう。ただ言葉を伝える事しかできなかったではないか。ただ、ルナを死なせにいかせただけではないか。


「何してんだろ、僕」


 もういい、本当に忘れてしまおう。これ以上は辛いだけではないか。団子に再度手を伸ばした。

 が、またも夕の手は空を切っていた。慌てて目を向けると、そこに団子はない。ただし、代わりに別の奴がいた。夕が待ち望んでいた少女だった。


「結構おいしいね。この団子」

「な、んでお前、生きて?」


 確かに目の前にいるのは本人である。でも何故だ? なんでここに? なんで生きて?


「はぁ? 私が死ぬわけ無いじゃん」


 相変わらずいつものむかつく口調でそいつは言った。


「私は約束は守るよ?」

「約束?」

「団子よろしくって頼んだでしょ? そっちが守ったんだ、こっちも守らなくちゃ」


 そんなことかよ。と呆れる。でも、なんで無事だったんだ? それを考える前に聞いていた。


「むかつくことにね、あいつらに助けられたんだ」


 あいつら、恐らく月の人達だろうか。ならばかなりの屈辱だっただろう。そして助けられたということはルナをここへ送ってくれたのも月の人達なんだろう。

 そう思うと笑みが零れた。嫌いな人達のために動いてその人達に助けられて、酷く滑稽だ。


「んで、どう? 月は」


 夕は確認や嫌味を込めてこの言葉を送った。ルナは、はぁとため息を吐いて答える。


「大ッ嫌い」

「ああ、そう」

「でも……」


 ん? 続けて言うルナの言葉に耳を傾けた。


「こっから見るのは綺麗なんじゃないの? ほんの微粒子レベルで」

「そっか。それはよかった」

「なんでにやけてんの? 衛星男のくせに」

「うるさい、衛星王女」


 今年のお月見は、近年一番綺麗で、一番楽しかった。多分団子が美味かったからだ。

 おしまい。短いながらもお付き合いありがとうございました!

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