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 夕はとにかく叫んでいた。自分より後方をふらつきながらも走るルナを導くように。自分でわからなかった。ルナが鎧の男に首を絞められた時。逃げ出せばよかったものを。何故、警察呼ぶなんて真似してるんだろうか、なんで助けてるんだろうか。バカなのか? バカに決まってる。

 気付けば、夕の自宅の目の前に到着していた。後は力いっぱい叫んで誘導していくだけだ。

 自分の目の前でついに倒れこんだルナを支えつつ、家の鍵を開く。恐らく、もう家族は外出した時間だろう。いてくれた方が助かった気がするが。


「んぬぬ~!」


 自分の部屋に連れて行こうと2階への階段を登るが。さすがに同年代ほどの女の子を抱えながらはきつい。

 その場は火事場の馬鹿力で何とかなったわけのが、あとは、自分のベッドで寝かすだけである。階段に比べれば楽なものだ。


「あー、もう……」


 なんでこうなった。と続ける。月を眺めていたら、隕石が降ってきて、隕石の正体は女の子で、その女の子は月からやってきたとか言いやがって、その女の子を連れ戻そうとやってきた鎧男。


「意味がわからん……」

「それはこっちの台詞だ。コノヤローめ」

「……は?」


 突然、言葉を挟みこんできたのは、不機嫌そうに枕を齧っているルナだった。多少ほっとしつつ夕はルナに話しかけた。


「なんだ起きてたのか――」

「意味がわからん。なんで私が、お前なんかに助けられてるんだ? ここはどこだ。なんでこのベッドはこんなふかふかなんだ」

「……」


 呆れて言葉も出ない、とはこのことだろうか。そもそも、最後の質問は必要だろうか。とは言っても答えられる質問は、後者二つになってしまうな。ルナが一番気になるはそれだろうに。


「僕の家だよ。ベッドは洗濯したばっかだから」

「……ああ、そう」


 案外、簡単にルナは夕の返答に納得した。なんだか、今のルナは弱弱しく感じる。先ほどまでの、ストレスばかりを発生させるよりかはマシなのだが。

 それより、と、夕は思考を切り替える。最初は信じていなかったが、今は聞くしかないだろう。先ほどの出来事を。


「なぁ、お前、本当に月から?」

「そうだって言ってるでしょ?」

「じゃあ、さっきの鎧男はなんだ?」

「月の騎士団のリーダー。私を連れ戻そうとしてるんだよ。ふざけたことに」


 とても、信じようと思える話ではないだろう。だが、目の前でルナが酷い目にあったのも確か。そこは納得する他ない。だが、結局全てを信じられない。あの騎士は隕石の如く現れたが、考えればルナもそうだ。あんなの人間に可能なわけあるだろうか。それにルナの服がなかったことも納得がいってしまう。燃え尽きたのだから。だが、無傷なことに納得できない。それは宇宙人だからで納得するしかないのだろうが。


「でも、お前王女なんだろ? そんな奴がいなくなったら連れ戻そうと思って当然――」

「それが嫌なの!」


 ルナの言葉がせまい部屋に反響する。それ以上に心に響いた気もする。意味がわからないことを考えるなと自分に言い聞かせる。

 その間に、ルナは吐き出すように言葉を零していく。


「王女王女。月ではそればかりだったよ」

「……?」

「私には王女であることしか、存在価値を与えられなかった。いつも王である親父からは、王家としての誇りを持てだのなんだの。アカだって姫らしくだの。慕ってくれる友達も、どこか遠慮してた。町の大人達は怯えるか、ゴマをすることしか考えちゃいない。でもそれは私が王女だから。王女でなければ、みんな私を私として扱ってくれた。だから私は粗暴な振りをした、汚い言葉を使った。自分らしくあろうとした。王女であることなんか忘れさせたかった。でも駄目だった。だから月が嫌いだった」

「……」


 納得できた。月云々ではなく、彼女のことだった。彼女は求めてたのだろう。自分を理解してもらえる事を。


『なにそれ? 服着てない? なんですか? あんたは人間以外にも欲情すんの? 人外フェチですか? 地球で流行ってるの? 隕石は私だけどさ』


『はぁ? 私が嘘付いてるって目だね? 私が嘘言うわけないじゃん』


『私は、月からやってきたルナだ!』


『ふむ、理解している。貴様程度の人間の財布の衰弱具合など把握している』


 思えば、ルナは自己の主張が多かった。それは、自分をアピールしたかったのだろう。

 思えば、ルナの言葉の数々には違和感を感じた。彼女は話すごとに、口調が崩れている気がした。それは彼女が彼女らしくしようとしたがために逆に自分がわからなくなったのだとしたら。自分らしくするために、自分ではなくなくなってしまうとは、なんたる皮肉。

 こうして考えると、多分、こいつは自分と近くて遠いのだろう。

 夕は、尋常じゃないお月様病だ。それを理由に彼から人は離れていった。最初は悲しくも感じた。だけど、自分はお月様が好きなだけなのだから、別に変わるつもりはなかった。むしろ、それだけの理由で自分から離れた人間のほうが、わからなかった。真正面から、「俺は違う」と言えばいいのに、なんで自分の意見をそれだけで捨てたのだろう。それだけで、何かは変わったろうに。

 自分の気持ちを、真正面から見てもらえなかった。それがルナと夕の共通点であり、違いだった。ルナは生まれもって与えられたもののせいだが、夕は自分で決めたことだった。


「……どうせ、理解できないよね」

「うん、全部は無理」

「そう、ごめん」


 今、素直に謝るルナが本当のルナなのだろう。正直、色々推測したはいいが、全部本当だとは思えない。今の推測だって、無理矢理ピースをはめ込んだ不恰好なパズルみたいなものだ。

 でも、これはよくわかった。


「お前は月が嫌いだよな?」

「? うん、消えてなくなってほしいほど」

「僕は、月が大好きだ。お月見という行事は最高だ」

「……喧嘩売ってる?」

「それでお前は、「私は嫌いだ」と言いたいよな?」

「うん」


 それならいいんだよ。と、夕は安心したように言った。夕は立ち上がって、ルナを真っ直ぐ見据えて言った。


「僕は月が大好きだ。明日のお月見が楽しみすぎて世界一と言われる自信があるほどの速さで準備した。それが自分の考えだから曲げない」


 夕の言葉を聞くと、ルナは少し考える素振りを見せると、『自分』の言葉を口にした。


「私は……月が大嫌い。地球のくっつき虫で衛星な月が嫌い。お月見という行事は、人類史上最悪の発想だと思う」

「んじゃ、簡単だ。「月が大嫌いなんだ、バカ野郎!」と言ってしまえばいいんだ」

「簡単に言うね……」

「でも、そういうことだろ? 自分を伝えるって」


 まぁね、とルナは笑う。まったく、なんでこんな真面目な話をしてるんだ自分はと内心呆れる。でも、まぁ、結局夕も嬉しいのだろう。求めてた真正面から意見を言ってくれる人間と会えたのだから。


「そういえば、名前聞いたっけ?」


 ふと、ルナが言ってきた。そういえば、ルナが一方的に名乗った形になる。


「月上夕。まぁ呼びやすいように」

「んじゃ、衛星男ね」

「なんでだよ」

「地球の衛星な月が大好きな男。略して衛星男」

「せめて月をいれてくれよ」

「無理、私、月が嫌いだもの」

「ああ、そっか」


 なんてことのないくだらない会話だ。だが、こんな会話をしたことがない夕なのだ、恐らくルナだって同じだろう。案外面白くもないな、と呟く夕。直後ルナに頭を叩かれる。兎人間なので地獄耳だ。






 ナロウ騎士団は、全員が同じ場所に集まっていた。そこはルナが墜落した山である。その山は隕石(実際はルナ)飛来のため現在立ち入り禁止となっているが、彼らにとって侵入は容易、むしろ絶好の隠れ場所だ。


「王女様は見つかったのか?」


 アカは、部下の団員に問う。部下はそれが……と自信のない声色で答える。


「未だ、見つかっておりません。公共施設に姿が見えないことから、民家に隠れた可能性が高く」

「そうか……。つまり協力者がいるのだな?」

「はい、恐らく」


 ギリッ、アカの歯軋りが響く。どこか忌々しそうに、焦っているように感じられる。その様には思わず部下も後ずさる。


「で、ですが、団長は一度王女様を捕らえたのでしょう? 今度はさらに人数もいますし。時間をかけて探していけば」

「それでは遅い」

「……どういうことですか?」


 アカは言う。焦りの浮かんだ顔には何かを認めたくないような否定的な感情が混ざる。


「くやしいが、王女様は私などよりも遥かにお強い。あの時私が追い込めたのは、王女様が地球の引力への不慣れ、そして手を抜いていたからなのだ」

「そんなことがあるのですか? 王女とはいえ所詮は少女。我々騎士に勝るとは思えません」

「ならば王が何故、我々全員を派遣した?」

「……」


 部下に反論の余地はない。信じられないが上司である彼が言うのだから間違いではないのだろう。確かに、安全にことを運ぶなら、騎士団である必要はないのだから。

 確かに王女であるルナは、生身で大気圏を潜り抜けたと言う。いくらなんでも規格外だ。


「ですが……」

「文句を言う暇があったら捜索を再開しろ」


 アカの赤く鋭い眼光が部下の騎士を射抜く。部下はそれだけで気圧され、無言で走り出した。アカはやれやれと肩を竦める。ルナの保護は一刻も早く達成すべき目的なのだ。それが騎士団リーダーとしての使命なのだから。


「王家を守るのが我らが使命!」


 突然の風音。風でも吹いたのか、と気にはしなかった。葉と葉の擦れ合う音を耳にいれるだけで、それ以上の意識はなかった。だが、しかし

 それは、突風などと、生易しいものではなく、荒れ狂う烈風であった。それが接近することに気づく時には遅い。

 接近する烈風の中心、そこにいるのはナロウ騎士団が捜し求めた少女であった。恐るべき事に、ただ走るだけでこれほどの烈風を生み出しているのだ。少女はアカに到達する直前で、また強く一歩を踏み込んだ。


「縛ってんじゃねぇよ!」


 少女の拳は、アカの背中に叩き込まれ、アカの鎧を粉砕し、そのままアカを吹き飛ばす。あまりの威力に、アカは数十メートル単位で飛んでいく。

 だが、しかし、若干の受身を取り、素早く着地する。それでもダメージがあるのは確かで、片膝をつく。


「わざわざ、来てくれるとは姫様」

「姫とか呼ぶな」


 少女――はルナは、アカに指先を突きつけて言う。


「私は私だ」

「……」


 アカは拳を握り締める。目の前の王女の目は本気だ。本気で抵抗する気だ。少なくとも、辺り一体が消え去ってしまう。この場が人気のない、山であることが幸いした。

 そして、先ほどとの状況の違いも幸いした。

 アカが手を挙げることで合図する。すると、幾百もの鎧の騎士が姿を現す。彼らはナロウ騎士団同様派遣されてきた、ニジファン騎士団。成果においてはナロウ騎士団に劣るが、実力に関しては申し分ない。さらに言えば、ニジファン騎士団の真髄は一人一人の力ではなく、圧倒的な数。実力ではなく数なのだ。質より量とはまさに彼らのことだろう。


「姫様。いくらあなたと言えど、この場にいる七百六十一人を相手にできますか? 諦めてください」


 ルナは思わず笑みが零れた。あまりにおかしくて、腹を抱えて笑ってしまいそうだ。さすがの騎士達にも癇に障ったのか、苛立ちを顔に浮かべる。 


「私は帰らない。月が嫌いだから。それが私が決めたこと」

「そういうわけにはいかないのです。この数では怪我では済まないかもしれませんよ」

「……ぷっ」


 もう駄目だ! あははははは! と、大爆笑のルナ。そんなにおかしいのか、地面を蹴り続け、目に涙を浮かべる。さすがにアカももう話しても無駄と判断したのか剣を抜いた。それを皮切りに次々と、剣を抜く騎士達。それに気づいているのかいないのか、ルナはなおも爆笑中。未だ地面を踏み続ける。

 笑いが収まりつつ、ある時。また一度、地面を踏みつけた。

 謎の衝撃が巻き起こる。その衝撃波に騎士達は抵抗する間もなく、吹き飛ばされる。発生した衝撃波の中心はやはりルナだった。彼女は地面を踏みつけた。それだけだ。それだけの衝撃で吹き飛ばしたのだ。至極簡単だ。


「私を相手にするなら単位が足らないんじゃない?」


 息苦しそうに、笑いを堪えるルナ。平然と言ってのけてくれる。実力は特別高くないとはいえ、ニジファン騎士団は兎人族の精鋭ばかり。それを物ともしないどころか地団駄で倒してしまうのだから恐ろしいばかりだ。

 残るはアカ。彼のみだ、ルナの地団駄に耐えることができたのは。だが、それでももう足を動かすことはできないだろう。


「ひ、めさま……」

「姫と呼ぶなって言ってる。言ったよね? 「縛ってんじゃねぇよ」って。そういうことだよ。私は、姫でも王女でもない。私だ!」


 そのままルナはアカの左頬を殴り飛ばした。首の骨が危険と感じるほど。手ごたえは十分。もし気絶しなくても、動くなど不可能だ。


「……終わったけど?」


 その場から多少離れた場所で、姿を隠す夕にルナは呼びかける。ルナの言葉を聞くと、夕は頭を掻きながら、姿を現す。


「なんだ、言えるじゃん」

「わざわざ危険地帯までついてくるなんてさすが衛星男」

「月が大好きだからな」

「関係ないね」


 結局他愛のない話だ。まったく、仕方なく着いて来た自分がアホらしい。と、ため息を吐く夕。


「さて、ご飯食べよっか」

「はい? また兎餌フードですか?」

「もちろん」


 即答かよ、と突っ込みをいれる夕。まったく、結局お金出すのは僕なのに、と呆れる。


「お待……ち、ください」


 背後からの声にルナは振り返る。夕も反射的に振り返る。声の主はアカである。まだ来るか、と警戒したが、アカは首を動かすで精一杯のようだ。


「何故、月から……?」

「さっきも言った。月が嫌いだから」

「それでは理由になりませぬ。民のことをお考えください。姫のしていることは姫を信じるものへの裏切りです」

「そうだね」


 ルナの声は淡々としてた。わかりきったように、とても冷めた言葉で答えた。その様に夕は若干ぞっとする。


「でも、あなたたちにとって私は姫で王女。それだけでしょ? 私一人の存在を見てるんじゃない」

「そんなことは……!」

「先行ってるよ、衛星男」


 そう言って、ルナは地を蹴って、木々の先へ消えていってしまった。残った夕が、アカを視界の隅に映しながら、言った。


「あいつはただ寂しがってるだけなんですよ。一人ぼっちで」

「……? あの方には一緒にいる、ご友人も部下もたくさん……」

「違う。一緒にいてくれても、自分を見てくれなかったんだよ。みんな王女なんて光で、あいつの姿に目が眩んでるんだ。あいつ自身の光なんて誰も見ちゃいなかった」


 あいつの言う月が嫌いと言うのは、太陽おうじょという光でしか輝かせてもらえなかったじぶんのことなのかもしれない。


「だからって僕がなってやるなんていうつもりはないですよ? あいつはお月様を侮辱するから」


 そう言って、夕はその場を去った。何ともくだらない話だった。

 ふと、空を見上げた。気付けばもう夕方。お月見の準備を済ませなければ。ルナはどこ行ったのか、よく考えたら聞いてなかった気がする。でも、まぁ仕方ないか。あいつ自分の意見伝えるの苦手だし。

 と、いつの間にか、山を下り終えていた。お月見が楽しみなおかげか、足が進むのが速い。団子を作るイメージトレーニングをしながら歩いていく。

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