壱
お月見。十五夜に行われる月を眺める行事である。
月上夕はそんなお月見が大好きだ。単に月を眺める行事でありながらも古くから伝わり、未だ残る伝統なのだ。少なくとも、1000年近くは続く。伝統あるものはかっこいいと思うのが夕の思考だ。
単に団子が食べれるからとかは絶対違う。友達がいないからでもない。少なくとも後者は間違ってないのだが。
ふぅ、と一息を付くと、今日の月を見る。
うん、綺麗だ。お月見は明日だ。これなら、お月見当日には近年一番の月が見れるだろう。と、テンションが上がって行く。
夕の家は、所謂和風で、縁側からは月がくっきりと見える。まさにお月見をするための家である。
「今年はどんな団子が食べれるかなぁっと」
月から目を逸らし、台所に目を向ける。お月見のために材料はあらかじめ買い溜めてあるのだ。彼ほどお月見に用意周到な人間はいないだろう。いるとしたら兎くらいだ。
「まぁ、いるわけないけどね、月に兎なんて。そもそも生き物がいるわけないし」
と、欠伸を噛み殺しつつ、呟く。もう今日は寝ようと、二階の自分の部屋に向かう。眠るなら、翌日のほうがよく眠れたであろうことはこの時気付きはしなかったが。
地球から少し離れた場所。地球のくっつき虫なことから、地球の衛星と言われている星。地球では『月』と呼ばれている場所だ。
月には兎がいるとか、地球では言われている。最近ではいるわけないとかませた子供もいるが、しかし兎ではないが、確かに生物は存在する。地球人の兎から貰い、『兎人』と呼ばれる種族だ。
そんな兎人達の住まう、町。名前はないが、そこに兎人達はいる。そこに存在する城。これも名前はないが、名づけるなら兎人城といったところだろうか。
「お待ちください! 王女様!」
「うるっさい! じじいは杖付いてよぼよぼしてろ! 走るな!」
恐るべき速度で、城の通路を駆け抜ける兎人族の少女、とそれを追いかける兎人族の老人。少女のほうが圧倒的に速く、差は開くばかりだ。ただし、老人も、人間と比べれば相当に速い。たった一歩で、10メートルは進んでいるのではないだろうか。
「何故、こんなことを! 城内でする鬼ごっこなどじいやは教えておりませんぞ!」
「鬼ごっこする年齢に見えんのかくそじじい! そもそも、今更与える側面するな、老害が!」
走る兎人の少女は、兎人の老人に散々な暴言の数々を吐き散らしながら走る。『王女』と呼ばれている事から、彼女はこの城の主の一族なのだろう。それにしては口が悪い。親の顔が見てみたいとはこの事だろうか。
「お、王女様!」
「アンッ!? 今度は何!?」
「前!」
「前? ってうわああああああああああ!」
兎人の少女が、前を向けばあるのは壁。足で歩くわけがない壁だ。だが、少女が今急ブレーキをかけて衝突を免れるだろうか。答えは3つ。無理、無謀、無駄だ。それもそうだ、F1カーが猛スピードで急ブレーキをかけて、目の前の壁への激突を避けられるものか。可能ならば、部品会社に賞を送りたいが、生憎そのスピードで走るは、少女の足だ。
「王女様、危なーい!」
「うわああああああああ! も゛う゛知゛る゛がー!」
と、若干涙ぐんだ声で、少女は加速する。そのスピードは、もはや、F1カーなどの目ではない領域だ。壁激突直前に、ジャンプし、壁へ足を突き出す。言ってしまえば、飛び蹴りだ。しかし、速度があれでは当然威力も、段違いだ。
結果、彼女の飛び蹴りは壁をぶち壊し(ついでに言うと、当たり一帯の壁が吹き飛んだ)、月の表面にふわりと着地した。地球と比べて引力が小さいので、落下の衝撃の心配はない。そこからは青い地球がよく見える。
「よっしゃー! この私に不可能はない! 見たかクソジジイ!」
ついさっきの涙声の彼女はどこ言ったのだろうか。清々しいほど、男らしくガッツポーズを決めた彼女には、女性らしさの欠片はないのだろうか。ないに決まってる。
「これでこのクソ惑星とも今生の別れだああああああああ!」
と、男らしく叫びながら、彼女は力いっぱい跳躍した。月の引力ではおよそ引っ張りきれる力ではない。高く高く飛んだ彼女はやがて別の力に引っ張られ始める。地球だ。地球の引力にはさすがの彼女も抗うのは楽じゃない。
「アイキャンフラーイ!」
などと、最近覚えた、地球の言葉を元気いっぱいに叫ぶ彼女は本当にバカっぽい。むしろ生粋のバカだ。
などと、言っているうちに、大気圏突入だ。普通燃え尽きるはずが、彼女は無傷。身につけた服に関しては何も言うべきではない。
地球。
夜が明け、夕は目を覚ました。欠伸を掻くが、即座に窓に向けられた望遠鏡を覗く。朝、この時間のその方向からは月がかすかに見えるのだ。夕はそれを毎朝欠かさず見るのだ。年中お月見とは、レベルが高い男だ。
「今日も、月が浮かぶ空はいいなぁ。隕石とか振っててさぁ……は?」
ほのぼの呟いた直後自分で何を言っているのか、猛烈に疑問になった。急いで、望遠鏡を再度覗けば、やはり隕石が降り注いでいる。隕石というにはもの凄く小さいが。
「な、なんだあれ!?」
わかるわけのない、疑問を呟いている間に、徐々に隕石は、地面との距離は縮まる。
やがて、もう言葉で表現できるかわからない爆発音を奏でて隕石は、近くの山で落下した。やけに、爆発が小規模に見えるが、気にしている暇はない。
あんぐりしていた、夕はわけもわからず、駆け出した。階段を全段一飛びで飛び降りる。痛いが気にしない
うわあああああああああああああああ、と叫びたくなるほど、夕は走る。とにかく走る。
10分程だろうか。やがて夕は、山に到着した。一時的に忘れていた疲れを一気に感じるが、それでも隕石落下地点へ足を進めるのをやめない。何故、そこまでするのか自分でもわからない。ただ無我夢中だった。決して、隕石発見の第一人者になりたいとかそんなではない。と必死に内心否定する。
と、そんなこと考えている間に、焦げ臭い臭いが近付いていく。隕石落下地点を近くと感じ取った彼の足はまたも速まる。
「ここだ! 隕石は、どこ……だ?」
唖然とする。何故だ。何故、クレーターの中心には、女の子が一人ポツンと立っているのだろう? 真っ白な髪が腰の辺りまで伸びていて、目が赤い。そして衣服がない。
「いや、なんで服着てないんだよぉ! というか隕石どこ行った!」
「はぁ?」
白髪の女の子は、不快そうに口を開く。
「なにそれ? 服着てない? なんですか? あんたは人間以外にも欲情すんの? 人外フェチですか? 地球で流行ってるの? 隕石は私だけどさ」
「うぐー……」
つらつらと、傷つく言葉は夕に突き刺さるようだ。夕の残りHPはどのくらいだろうか。さっき走ったばかりだから余計にダメージが響く。
「って、待て! 隕石がお前!?」
ようやく思考が正常化した夕は疑い100%の目で少女を見た。どこが隕石なのだ。ただの変態少女ではないか。少女であることがかなりの問題だが、そこは置いておこう。
「はぁ? 私が嘘付いてるって目だね? 私が嘘言うわけないじゃん」
「そもそも、お前のことを知らないよ」
はぁ……と、心底めんどくさそうな声でため息をつくと、少女は言った。本当に可愛げがない。
「私は、月からやってきたルナだ!」
ピキッ
空気が言ったのだろうか。空気が凍った音がした。
お月様大好きと公言する夕も、月からやってきたという言葉には引いてしまう。むしろ、変態にプラスして、電波とは。救いようがない。
「なんだお前? 人様が名乗ったのに無言とは失礼な」
「お前の口調のが失礼だ! そして謝れ! お月様に謝れ!」
こいつの発言は月への侮辱だ、と受け取ると夕は全力で言葉のマシンガンを放つ。
「はぁ? 事実を言ったまで。というか、え? お月様? ないわー、あんな変態惑星に様付けとか。変態じゃん」
マシンガンは、マシンガンでもあちらのは破壊力も高い最新式らしい。夕の錆びたマシンガンなど無駄であった。
「へ、変態に変態と言われたくない! そして月の悪口言うなぁ!」
と、必死に言い返すが、涙目だ。だが僕は悪くないぞ。月を侮辱したこいつが悪いんだ! と、もはやヤケクソ状態だ。
だが、変態電波少女ルナに夕の言葉は届いていない。どころか
「はぁ、お腹空いた」
などと、呟く始末だ。もう駄目だ。救いようがなさすぎる。
「もういい。隕石なんかどうでもいいや」
と、力の抜け切った身体を動かして、夕は町への道を戻り始める。どういうことだ、まだ朝八時頃だろうに、眠気が込み上げてくるとは。人間が眠るのは頭を休ませるためだったはずだが、この数十分で、それだけ疲れたのだろうか。
「おい、待て」
「ん?」
急に呼び止められる。その偉ッそうな声からさっきの変態電波少女ルナだろうか。
「私は、腹が減ったのだ。何か食べ物を寄越せ!」
「……は?」
なにを言っているこいつ? 腹が減ったから食べ物寄越せ? 冗談はほどほどにしてほしい。面倒くささの境地に達した夕はその言葉を無視。早足でその場を離れる。
「待てや、コラァ!」
鬼の如く、恐ろしい声でルナは夕の前に回り込んだ。怖い。今にも口から炎を出してしまいそうではないか。夕の中で、ルナのあだ名には、般若が追加された。何故、般若をチョイスしたのかは、今世紀最大の謎だ。変態電波般若少女に進化したルナは唸り声を上げつつ、夕に近付く。逃げられないように、ジリジリとゆっくりと。完全に狩る目だ。
今逃げても無駄だろう。疲れた今の状態で、変態電波般若少女ルナから逃げ切れるとは到底思えない。
「わ、わかったから、近付くな! 怖い!」
夕の了解を聞くと、変態電波般若少女ルナは、飛び跳ねるよう喜ぶ。ただ飛び跳ねてるだけなら可愛いものだが、着地する度に地面にひびが入っている。どういう脚力ならこうなるのだろうか。
「というか、服どうすんの変態電波……ルナさん?」
「はぁ? あー、そっか。適当に買ってきて。私お金ない」
「あー……そう」
もういい。こいつと早く別れるためだ。多少のお金は勘弁しよう。と、未だやけくそ状態の夕は早足で、ユ○クロに向かった。この時間にユニ○ロがやってるかは知らないが。
「なんだと!? それは本当なのか!?」
「は、はい! 申し訳ありません!」
兎人城の中心。王の間にて、玉座に座る男が声を荒げて、目の前で深々と頭を下げる老人に問いただす。老人の報告を聞き終えた男は、ふぅとため息をつく。
「まさかついに、月から抜け出すとは……。我が娘ながら恐ろしいものだ」
「お、王! 現在ナロウ騎士団が王女様を追い、地球へ向かいました。連れ戻せるのは時間の問題かと」
「うむ、だが、もしものこと考え、ニジファン騎士団も待機させておけ」
「ははっ!」
男――王の指示を受けると老人は素早く、行動を始めた。年老いてもなお、行動に迷いがない。現在は王女ルナの世話係とはいえ、元々は一流の騎士である。だがしかし、そんな彼ですらお転婆――どころか破天荒――な王女を抑える事ができないのだ。王の言う恐ろしいとはそういう意味も持っているだろう。