閑話 ある少女の回想
「くっそーーー。やっぱりダメかぁ…」
私の目の前には10個もの魔力球を周囲に飛ばしながら、悲鳴を上げる男の子の姿がありました。彼の名前はフラン。このメディナ村の司祭であるミネルヴァ様の一人息子です。
「無茶苦茶ですよ…魔力球を10個も操るのは」
彼は現在魔力球の同時操作技術を身につけるべく、練習を重ねているところです。魔力球を同時に操作するというのは、人間の手が何本もあると仮定してそれを同時に操るようなもの。それを彼は現在10個もの魔力球の同時操作に取り組んでいるところでした。人間業ではありません。
「9個までは何とかいけそうなんだけどなぁー」
「…それもどうかしています」
本当に彼は昔から私を驚かせることをしてばかりでした。この前も、変な魔力球を作ったかと思えば、傍にあった木の幹を吹き飛ばしてへし折ってしまいました。本当にあの時は驚いたものです。
「もう諦めたらどうですか?」
「嫌だ!俺は自分の運命にはもう負けないって決めたんだ」
なんだか以前、自分の運命に負けてしまったかのような物言いですね。
それから、フランは何度も何度も魔力球の制御に挑戦し、ついに10個の魔力球の制御に成功しました。本当に昔から人を驚かせるのが得意な人です。
そう、初めて会ったあのときからフランはこういう人でした。
(あれは私たちが5歳の頃でしたね…)
私は目をつぶり、私と彼が初めて出会った当時のことを思い浮かべた。
「お前の髪の色、気持ちわりぃな?」
男の子がそう言うと、私を突き飛ばした。
「近寄らないで!不幸がうつる」
近くにいた女の子が私に石を投げてくる。石は私のおでこに当たった。あまりの激痛に私は思わずよろめいて転んでしまった。
「「ギャハハハハハハ」」
周りにいる私と同じくらいの年齢の子供たちが、転んだ私を見ながら笑っていた。
(私が一体何をしたって言うの…?)
原因は私の髪の色だった。お母さんが言うには、とても縁起のいい髪の色らしいけどそんなの知ったことじゃない。この小さな村には私のような青い髪の子供は私以外には誰もいなかった。
だから、私はよくこうして髪の色を馬鹿にされていた。
「あら、どうしたの?その顔の怪我?」
「なんでもないよ…」
他の子に石を投げられたなんて言えるわけがなかった。
「ちょっと、ミスティ?」
私はお母さんの言葉を無視して、自分の部屋に閉じこもってしまった。食事の呼びかけも無視して、一晩中自分の髪の色を恨めしげに眺めながら泣きつくしていた。
「えっ、これから司祭様の家に?」
「ええ。司祭様から頼まれてしまって。息子の遊び相手になって欲しいそうなの」
正直、私は気乗りしなかった。こんな髪の毛では嫌われるに決まっている。私もお母さんのような普通の銀髪が良かった。羨ましそうにお母さんの髪を見てしまう。
朝食をとると、私はお母さんに手を引かれて司祭様の家に向かう。司祭様であるミネルヴァ様の家は私の家からほど近いところにある。とても立派な家だ。前を何度も通ったことがある。
「ごめん下さい」
「はーい。ちょっと待ってて下さい」
お母さんが来訪の意を伝えると、すぐに中から人が出迎えに来た。人の良さそうなおじさんだったが…。
「赤い髪の毛…?」
「こら、ミスティ」
母が思わず私を咎める。
「ん?あぁ、この村じゃ珍しいよね。僕はもともと帝国の出身だから。初めまして、アルフォンスです。ネスティアさんもお久しぶりですね」
「ご無沙汰しています。うちの娘がとんだご無礼を…」
「いえいえ、全然気にしていませんよ。さぁ、入ってください。息子のフランは中で待たせています」
家の中もやっぱり広かった。私たちは玄関を抜けて居間に通される。そこには、一人の男の子が椅子に座っていた。
(…白い髪の毛?)
「あぁ、君がミスティだね?初めまして、フランです」
「あ…ミスティです。よろしくお願いしましゅ」
(か、噛んじゃった)
「ははは、面白い娘だね」
そういってフランは楽しそうに笑い出す。
「笑いすぎです…」
「ごめん、ごめん」
この様子は絶対に悪いと思っていない。
「じゃあ、フラン。あとは頼めるかな?」
「うん、任せておいて。ミスティ、俺の部屋に行こうよ!」
「えっ!?」
フランはそう言うと私の手を引っ張って、部屋の外へと出て行った。階段を駆け上がり、二階のとある一室へと入っていく。
「ここが俺の部屋だよ」
「ふわぁ…」
彼の部屋は非常にきれいに掃除されていた。しかし、部屋の片隅には錆びた剣や拉げた杖、何かの動物の骨などのガラクタがまとめておいてあった。そして、何よりも目に付いたのは机に積まれたたくさんの本だった。
「本がたくさん…」
「ああ、それは母さんの働いてる教会の書庫から無理言って借りてきたんだ」
「本を読むのが好きなんですか?」
「本を読むのが好きというか、この世界のことを知るのが楽しいんだ。この世界には俺の知らないことがたくさんある。俺はそれを知りたいんだよ」
彼の目はどこか遠くを見ている。その目はきらきらと輝いているように見えました。
「なんだか凄いですね…」
「そんなことないよ」
フランは少し照れくさそうに頬をかいている。そんなとき不意に彼の髪の毛が視界に入った。
「ん?ああ、この髪の毛ね!珍しい色でしょ?」
「はい…やっぱりフランも自分の髪の色は嫌いなんですか?」
「えっ?別にそんなことないけど…ミスティは自分の髪の色が嫌いなのか?」
「だって…みんなにいじめられるから」
私は昨日のことを思い出して俯いた。
「まぁ、確かに俺もよくからかわれたっけ?子供は自分たちと違うものを自然と嫌がるからね」
「子供って…フランも子供じゃないですか?」
「えーっと、俺は精神年齢は大人だから」
「精神年齢?」
「あぁ、なんでもないよ。でも、俺からしたらミスティの髪の毛は羨ましいけどね」
「えっ、どうして!?」
彼は何を言ったのか、その意味が分からなかった。この髪の毛が羨ましい?
「なんでって…それ色髪だよね?つまり、魔法の才能があるってことだもん。正直羨ましいよ。俺は珍しい髪の色をしているけど、これは色髪じゃないからさ」
「色髪?」
「色髪ってのはミスティみたいな属性色の髪の毛だよ。諸説あるけど、魔力光の色である赤、青、緑、黄色の色素が髪に浸透したものって言われてる。体と魔力の相性がいい証拠で、魔法の素質を図る目安になるんだよ」
「そうなんですか?でも、気持ち悪いって言われます…」
「気持ち悪いって…どこが?こんなきれいな青い色しているのに!?」
フランはすっごく驚いた様子だった。
「えっ…きれい?」
私は突然の彼の言葉に理解が追いつかなかった。
「誰が何と言おうと俺はミスティの髪の毛、すっごくきれいだと思う。俺は好きだよ、ミスティの髪」
「あぅぅ…」
私は自分の髪の毛をこんな風に褒められて、嬉しいやら恥ずかしいやらで顔は茹蛸みたいに真っ赤になっていたと思う。
「それにうちの母さんの髪もミスティと同じ青い色だよ」
「えっ!?ミネルヴァ様も青い髪をしているんですか?」
「うん。母さんの髪は吸い込まれるような深い青色をしているんだ。俺は母さんのあの髪の色が大好きだなぁ」
フランは楽しそうにそんな言葉をこぼす。
「フランはお母さんが好きなんですね?」
「まあね。あっ!でも、別に俺はマザコンってわけじゃないからな?」
「マザコン?」
「あー、やっぱり何でもないや」
フランはときどき難しい言葉を使う。
その後、私はフランから色々なことを教えてもらった。この世界のこと、魔法のこと、魔獣のこと。苦手だった文字や算術も少し教えてもらいました。彼の教え方はすっごく丁寧でとっても分かりやすかった。
しかし、何でもできるフランに私は憧れるとともに、寂しい気持ちでいっぱいになった。フランも私と同じようにみんなと違う髪の色をしているのに、落ち込んでばかりの私とは違って何でもできてしまう。
「フランはすごいです…鈍間な私とは大違いです…」
「そんなことないよ?俺だって昔はひどかったよ…」
フランは何かを思い出したのか、少しばかり寂しげな顔をする。
「そんな風には見えないですけど?」
「いやいや。昔は自分の境遇を呪って、腐ってたよ。こんな人生やってられるかって」
「そうなんですか?」
「まあね。そんなとき、一人の女の子に会ったんだ。彼女は俺なんかよりもずっと大変な事情を抱えていたのに、いつもにこにこ笑っていた。彼女の笑顔を見たとき俺は今までの自分が恥ずかしくなっちゃったよ」
そういってフランは笑った。
彼の笑顔を見たとき、私も自分自身が恥ずかしくなった。いじめられるたびにいじけて、周りを呪って泣いてばかりいる自分を彼に咎められた気がしたのだ。私は何をしてきたのだろう…そうだ、何もしてこなかったんだ。
「私もフランみたいになれますか?」
「俺だってなれたんだ。ミスティなら絶対に大丈夫だよ」
「ありがとう…。えっと、フランはその女の子が好きなんですか?」
「えっ!?いや…どうかな。もう二度と会えないだろうし」
そう言うとフランは悲しそうな目をした。私はそんな彼の顔を見るとなぜか胸が締め付けられるような気持ちでいっぱいになってしまった。
(なんだろう…これ?)
「おーい、フラン、ミスティ。ミネルヴァが帰ってきたよ。みんなでお茶にしよう」
下からアルフォンスさんが呼んでいる。
「じゃあ、ミスティ行こうか?」
「…はい」
「初めまして、私がミネルヴァだ。君がミスティだね?ネスティアから君のことはよく聞かされているよ」
そう自己紹介をした女性は長くて青い髪をした、凛とした雰囲気の似合うとびきりの美人だった。まつげは影が出来そうなくらい長くて整っていて、肌は純白。髪はフランが話していたように引き込まれそうなくらい深い青い色で、髪が流れるたびに銀色の光沢が光と戯れていた。
「は、初めまして」
「そんな緊張しなくてもいいよ。ふむ…ミスティもきれいな色髪を持っているね。将来は立派な水の魔導士になれるだろう」
私と同じ青い髪の女性。でも、私と違ってその自信と心の強さがひしひしと伝わってくる。すごいなぁ。そして、とっても美人で、フランの大好きなお母さん…。
「わ、私もミネルヴァ様みたいになりたいです」
「私かい?ふふ、嬉しいことを言ってくれるね」
「頑張ります!」
もう、いじけてるだけの子供は卒業です。私は心の中で誰にも聞こえない宣誓をした。
「よし!これで二桁到達だぁーーー!」
私の目の前には魔力球の同時操作に成功して小躍りする男の子の姿がありました。
「本当に…相変わらず呆れた人ですね」
あの日以来、私は彼に追いつこうと苦手だった文字や算術の勉強に真面目に取り組み、魔孔の開放が来てからは魔法の練習にも励みました。フランの好きなミネルヴァ様みたいになりたくて、口調なんかも少し真似ています。
少しずつ自信がつくにつれ、ただいじめられていただけのあの頃の私ではなくなりました。そして、今ではこの髪の色も好きになれました。
でも、私の目の前には私がいくら頑張っても、私の想像のはるか上を飛び越していく変な男の子がいます。
(まったく…これ以上、私を困らせないで下さい)
心の中でそんな愚痴を溢しながらも、いつも私を驚かせてくれる彼が私は大好きなのでした。