第5話 新たな脅威
グレイウルフたちを視界に捕らえた俺は一瞬で体内の魔力を練り上げる。
「やめとけ、出来損ないのお前に何が出来る」
そんなボルスの言葉を無視するように、俺は右手を横に払うと自分の周囲に魔力球を展開した。
「はっ!?」
俺たちの周りには白く輝く魔力球が浮かんでいる―その数およそ70個。
「なんだよ……この数は…」
ボルスが驚くのも無理はない。熟練した魔導士であってもさすがにこれだけの魔力球を一度に作り出すのは不可能だ。母さんでさえ一度に作るのは20個程度が限界と話していた。
自分が属性魔法を使えないと知ったあの日から、俺は自分にできることを突き詰めることにした。
俺の唯一の攻撃手段である魔力球による攻撃を鍛える。そのために、一度に作れる魔力球を増やす練習を重ねた。最初は5,6個が限界だったが、今の俺が一度に作れる魔力球は100を越す。
「…ぐるるる」
グレイウルフ達もさすがにこの光景に驚いたのか、後ずさりをしている。
「あっ!」
俺がそんなことを考えていると、群れの中から一匹のグレイウルフが飛び出し、俺の死角から襲い掛ってきた。ボルスが声をあげる。
しかし、狼に反応して俺の周囲に浮かんでいた魔力球のうち三つの魔力球が狼めがけて飛んでいく。そして、狼を捉えると――爆発した。辺りを凄まじい轟音と閃光が包む。
「はぁぁぁぁぁ!?」
ボルスは意味が分からないといった様子で叫んでいる。爆発に巻き込まれた狼は事切れた様子で地面に倒れ伏している。
「何度か見ましたが、相変わらず呆れた威力ですね」
俺の周囲に展開している魔力球はただの魔力球ではなかった。
俺は魔力球の数を増やす練習をする一方で、その威力を上げられないか考えていた。属性魔法に比べるとはるかに劣るその威力をなんとかする必要があった。そこで、俺が思いついたのは魔力球を圧縮して威力を上げることだった。
そこで、俺はある日ミスティを連れ、家の裏の林でその実験を行っていた。
「うん。いい感じだ!」
俺の手のひらの上には、通常の3倍に圧縮した魔力球―高位魔力球があった。いつにも増して煌々と光輝いている。
最初は難しかったがコツを掴んでからは早かった。比較する相手がいないから正確にはわからないが、俺の魔力は属性魔法が使えない代わりに色々と加工して使うのに適している気がする。ちなみに、母さんや父さんに聞いても、こんな風に魔力球を工夫して使う者はいないそうだ。まぁ、そんなことするくらいなら属性魔法の習得に時間を費やすよな。
「いくぞー、ミスティ?」
「どうぞ」
俺は高位魔力球を木の幹に向かって放つ。魔力球はまっすぐ木へと飛んでいき、木に衝突すると―爆発した。あまりの轟音と閃光に俺たちは飛びのく。木は爆発の衝撃でミシミシと音を立てながら折れていった。
「なんだこりゃ!?」
ミスティも隣で唖然としていた。通常の魔力球は対象にぶつかると霧散し、消える程度だ。しかし、俺が魔力を圧縮して作り出した高位魔力球は対象にぶつかると圧縮した魔力を瞬時に開放し、爆発を引き起こした。俺も予想していなかった結果だ。
突然の爆発に混乱したのはボルスだけではない。グレイウルフの多くが混乱の真っ只中にあった。次々と、我を失った狼が四方八方から俺へと飛び掛る。
全方位から飛び込んでくる狼に向け、俺は多くの魔力球を同時に繰りながら、その腹へとそれを放りこんでいく。一匹たりとも打ち漏らすことなく、周囲を閃光と轟音で包みながら俺は次から次へと狼の亡骸を地面へと横たえていく。
「あり得ないだろ…」
ボルスの呟きはもっともだった。普通、何個もの魔力球をこんな風に自由自在に動かすことは出来ない。例えば、両手でそれぞれ違う文字を書くのは非常に難しい。それが3本4本と増えていったらどうなるか。考えてみればわかるだろう。
実際、俺にも複数の魔力球を自在に操ることなんてできやしない。最初は魔力球の同時操作も練習していたが、途中で何がなんだかわからなくなってしまう。
しかし、その練習を続ける過程で俺はある事実を突き止める。俺の白い魔力球はある程度の自律性を持っていて、簡単な命令なら受け付けることが分かったのだ。ちなみに、ミスティにも同じことをやってもらったができなかったらしい。
(―対象は周囲に展開するグレイウルフ。俺の周囲5メートルに接近する対象を『迎撃』しろ!)
俺が与えた指示はこれだけだった。これにより近づくグレイウルフは自動的に爆殺されていく。その光景は圧巻だ。
「なんなんだよ…これは?」
すでにグレイウルフ達はその数を半分にしていた。目の前の餌が想像以上の強敵であると認めた狼達は、ここに至りようやく逃走の選択をする。
(逃がすかよ!)
俺は新たな指示を魔力球に伝える。
(―対象は固定。遠ざかる対象を追跡、『殲滅』しろ!)
周囲に展開していた魔力球は新たな指示により四方八方へと飛来していく。必死で逃げ惑う狼達を追尾する幾重もの光の線。そして、終にはその背中を正確に捉えると、白い爆発の閃光と衝撃が辺り一帯を包む。一瞬ですべての狼が骸へと変わり果てていた。
「はははは…なんだこれ?」
ボルスは乾いた笑い声をあげながら腰を抜かしていた。ミスティは隣で涼しい顔をしている。
「さすがに魔力を使いすぎたかな?」
俺は初めての実戦で緊張していたのか、20体のグレイウルフ相手に必要数以上の魔力球を作り出してしまった。しかも、3倍に圧縮した高位魔力球は通常の3倍の魔力を消費する。俺の魔力はあとわずかだった。
「三人ともー大丈夫かー?」
父さんと合流したジーノさんたちが、俺の撒き散らした閃光と轟音に導かれるように、声をあげながら俺たちのところへとやってきた。
「それにしてもさっきの光と音は…?そして、一体どういうことだ…この光景は?」
ジーノさんは俺たちの周りに転がる何体ものグレイウルフの死骸を見渡しながら、そんな言葉を漏らしていた。他の団員たちもその光景に驚きを隠せない。
「ボルスさん、さすがですね!」
「どうやったんですか、これ?」
ボルスの周りでは取り巻きたちがボルスの手柄だと誉めそやす。
「いや…俺は…」
ボルスはそんな取り巻きの反応に言葉を返せずにいるようだった。
「三人とも怪我はないかい?」
そんな中、父さんが俺たちに声をかける。父さんはこの光景を作り出した犯人が誰なのか分かっているようであった。
「うん、大丈夫。誰にも怪我はないよ」
「しかし、無茶をする。フランの実力だから心配はしていないが…まだ子供なんだから無茶をするんじゃない。ミスティもいいね?」
「「ごめんなさい」」
父さんの言葉に素直に頭を下げる。
「それからボルス。副団長の指示を無視して一人で飛び出し、他の団員の命を危険に晒す。許されない行為だ。村に帰ったら罰を言い渡すからそのつもりで」
「…はい」
ボルスの取り巻きたちは何か言いたげであったが、ボルスのしょんぼりとした様子に口を噤んでいた。
「よし!さぁ、みんな。狼の死骸に引き寄せられて他の魔獣や動物がやってくるかも分からない。死骸を一箇所に集めて燃やしてしまおう。あっ、その前にグレイウルフの毛皮を剥ぐのを忘れるなよ?」
団員の全員が狼の死骸を引きずって、一箇所へと集めていく。そして、すべてのグレイウルフの毛皮を剥ぐ。グレイウルフの毛皮はなかなかの高値で取引されるのだ。1時間ほどで狼の死骸の山が出来上がっていた。
「みんな離れていてくれ。『燃え盛る火炎』」
父の手から赤々とした火炎が噴き出すと、狼達の死骸を炎が包んだ。近くにいる俺たちにも容赦なく熱気が押し寄せてきてその熱量の凄まじさが伝わる。団員からは父さんの魔法に歓声があがる。
ものの30秒ほどで狼達は骨と灰へと変わり果てた。
「これでよしと。みんな、周囲にはまだ生き残りのグレイウルフがいるかもしれない。これから、また周囲の探索を…」
そんな父さんの言葉を遮るように、森から何かが飛び出してきた。
「これは、ハイオークか…?」
森から飛び出してきた物体は、豚の頭をした人型の大きな魔獣であった。身長は3メートル程だろうか。その腕には木をそのまま利用した棍棒のようなものが握られている。
ハイオークはグレイウルフ等とは比べ物にならないほど危険な魔獣だ。特筆すべきはその膂力と生命力だろう。やつらの棍棒での一撃は地を砕き、その生命力は大砲の一撃を受けても耐え抜いてしまうほどに厄介だ。
魔物の危険度を表す指標にランクというものがある。全部で9段階なのだが、グレイウルフがせいぜいランク8であるのに対して、ハイオークはランク4だ。ランク4というと魔導士が何人も束になってかかってようやく討伐できるレベルだ。その危険度の高さがうかがえる。
「なんで…こんなところに?」
そんな団員たちの疑問をよそに、俺たちの存在に気がついたハイオークは団員めがけて突進してきた。ハイオークは彼らのような強化魔法しか使えない一般人では全く相手にならない。団員たちの間に恐怖が伝播する。
「いけない!『飛来する炎の玉』」
父さんは咄嗟に手をかざすと、豚頭の化け物に向けて火の玉を放つ。ハイオークの顔に火の玉が直撃すると、炎が燃え盛りオークの顔を焼き尽くす。
「ぶぉぉぉぉ!?」
ハイオークは突然の攻撃に驚き、その足を止める。しかし、いまだにその命が尽きることはなかった。噂通りたいした生命力だ。
「みんな下がるんだ!この魔獣は僕が倒す」
父さんは団員を一喝して下がらせると、脇に下げた鞘から剣を引き抜いてハイオークの前へと躍り出る。ハイオークは顔の一部を焼かれ、怒り心頭といった様子だ。その棍棒を振り上げると、父さんめがけて振り下ろした。
「父さん!」
「むん!」
父さんは全身を漲る魔力で強化すると、棍棒の一撃を剣で受け止める。父さんの足が衝撃で地面にめり込む。さすがは元・帝国の帝都警備隊の隊長だ。その強化魔法も格が違う。
「『火を纏いし炎の剣』」
父さんが呪文を唱えると、その剣が炎で包まれる。炎を剣に纏い、その斬撃の威力を底上げする魔法だ。
父さんはハイオークの棍棒による攻撃を受け止め、または受け流していく。剣舞を舞っているかのような華麗な剣捌きだ。防御の合間に返す剣で少しずつダメージを与えていく。ただ、さすがの父さんもハイオークの頑強さには手こずっているようだ。
「さすがはアルフォンスさんだぜ!」
優勢な父さんの様子を見て、周りの団員も安堵の表情を浮かべる。少し焦ったけどこれなら大丈夫そうだな…
「ぎゃぁぁぁぁ」
安心していた俺の耳に叫び声が届く。驚いた俺が声の方に視線を送ると、そこにはもう一匹のハイオークがいた。
(そんな馬鹿な…こんなところにハイオークが二匹だって!?)
父さんの方に目をやるが、どうやらもう一匹のハイオークに手が離せないようだ。ハイオークは全身を切り傷と火傷だらけにしているが、まだまだ倒れる気配はない。まったくなんというタフさだ。
一方で、ハイオークは次々に団員達を棍棒で振り払い無力化していく。みな強化魔法で防御していたため死人は出ていないようだが重傷には変わりない、あれではしばらくは動けないだろう。
「仕方ない…ミスティ?」
「ええ」
ミスティが右手をかざすと、彼女の周囲から冷気が放たれる。
「『穿つ氷の槍』」
ミスティの呪文により彼女の周りに5本の氷の槍が現出する。そして、ミスティが右手を振り下ろすとハイオークめがけ、空中を疾走する。
「ぶぉぉぉぉ!?」
ハイオークの体に氷の槍が突き刺さるものの致命傷には至らない。氷の槍の一撃はその硬い皮膚の表面で止まってしまい、臓器にまでダメージが通らない。本当に出鱈目な頑丈さだ。まったく嫌になる。
突然の攻撃に驚いたハイオークが俺たちを見据える。俺たちを真っ先に倒すべき相手と認めたようだ。
「俺がやるよ、ミスティ。あいつの足止めをお願い」
「…わかりました」
ミスティが目をつぶり、精神を集中させる。
「『凍てつく氷の拘束』」
ハイオークの足元が凍りつく。突然の事態にハイオークは混乱して暴れるものの、足元の氷がその動きを阻む。しかし、その力は凄まじく、氷はミシミシと音を立てながらひび割れていく。
「フラン、長くはもちません」
「余裕で間に合うさ」
俺は両手を前にかざすとありったけの魔力を腕へと注ぎ込む。俺の魔臓が熱を放つのを感じる。俺の目の前には少しずつ白い魔力が球形を形作っていく。
「お前、どこにそんな魔力が!?」
俺の後ろにいるボルスが叫ぶ。無理もない。あれだけの魔力球を打ち尽くした後だ。普通なら魔力が切れて当然だろう。いや、実際、俺の魔力はほとんど残っていなかった。
「もう回復したさ」
「あり得ねぇだろ!」
普通、空っぽになった魔力が全て回復するまでには個人差はあるものの2,3日はかかる。しかし、俺の一番の異常性はその魔力の回復力にあった。俺の魔力は1時間もすれば空っぽの状態から全回復する。母さんや父さんがその事実を知ったとき、呆れていたのを思い出す。
「フラン、もうもちません…」
ハイオークの左足が氷の拘束から抜け出す。その両足が自由になるのも時間の問題と言える。
「ありがとう、ミスティ。もう大丈夫だ!」
俺の目前には白く輝く巨大な魔力球が浮かんでいる。
「すげぇ…」
その大きさは1メートルほど。通常の魔力球が10センチほどの大きさであることを考えれば異常な大きさだ。
魔力球200個分の魔力を注ぎ込んだ。もちろん、限界まで圧縮済みだ。白い魔力の奔流が魔力球の中で荒れ狂っている。俺は必死にそれを外から押さえ込む。
「喰らえ!!」
俺が目前のハイオークに向かって腕を振り下ろす。巨大な光の玉はその腹めがけて空中を駆け、辺りに轟音と閃光を撒き散らした。
「ぶぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」
ハイオークは一層甲高い断末魔を上げる。光の嵐が止み、視界を取り戻すとそこにハイオークだったものが横たわっているのが見えた。
「い、一撃で…」
その場の全員が言葉を失っていた。あの巨大な魔獣をただの魔力球で吹き飛ばす。そんな馬鹿げた事実を頭では理解しながらも、それを受け入れることを感情が否定しているのだろう。
俺のことを散々馬鹿にしていたボルスやその取り巻きたちも目の前で起きた事態に目を瞬かせて、腰を抜かしているようであった。
「本当に呆れた威力ですね」
ミスティは俺にそんな言葉をかけるものの、その無表情な顔はどこか誇らしげであった。
「ありがとう。フラン、ミスティ。団員に犠牲が出なかったのも二人のおかげだよ」
もう一匹のハイオークにとどめを刺した父さんが、こちらに戻ってきていた。向こうに目をやると黒焦げたハイオークの姿がある。
「父さん…まぁ、なんとか。そっちも片付いたみたいだね?」
「さすがに少し手こずったかな。二人とも、迷惑をかけたね?」
「全然だよ。ミスティもいたから」
「はい」
それから父さんは辺りを見回す。周囲にはハイオークの突然の襲来、そしてこんな子供がそのハイオークを魔力球の一撃で倒してしまうという異常な出来事の連続に放心状態となった団員達の姿があった。
「ハイオークが現れたのは完全に予想外だったけど、これでフランを無能と罵る輩もいなくなるかな?」
父さんはそう言うと、含みのある笑いを見せた。昨日見せたあの顔だ。
(父さん、俺をここに連れてきたのはそれが狙いか…)
属性魔法を使えない無能な魔法使いという悪評に苦労している息子のために、一計を案じた父さんの優しさに俺は嬉しくなって笑みをこぼしていた。